003
朝。それは新しい日の始まり。何かが始まることを期待させる、あるいは昨日までの嫌なことを「終わったこと」として処理してくれる、1日で最も清々しい時間帯。
朝。ここに居るのは3人。女と男と女だ。ベッドを共にしただけに、仲むつまじい様子を見せている。懐かれている方はやや鬱陶しそうだが、懐いている方……夜魔族の女性はとても楽しそうだ。きっと充実した夜を過ごせたんだろう。
朝。普段と変わらぬ状態の俺は、テーブルで一人グラスを傾ける。中身は水だ。流石に朝から酒は飲まないし、今は飲みたい気分じゃない。そもそも朝食に出てくるトーストだの目玉焼きだのに酒が合うとは思えなが。
朝。目の前の状況に、俺はただ呟くことしか出来ない。
「どうしてこうなった……」
俺の前で、マリィちゃんとパレオがいちゃついていた。正確にはパレオの方が一方的にじゃれついている感じだ。マリィちゃんはベッドの中では情熱的だけど、外に出ると割とドライな関係を好むともっぱらの噂なので、終始困ったような笑みを浮かべている。それでも邪険に振り払ったりしないのは、流石に関係を持った直後だからだろう。
「ほらパレオ、そろそろ離れなさい。食事が食べづらいわよ?」
「えー? もうちょっとくらいいいじゃないですかー。私もっともーっとお姉様と仲良くなりたいですー」
「もう、仕方ない娘ねぇ。また夜にでもたっぷり可愛がってあげるから、昼間は離れてなさい。じゃないと指一本触れないわよ?」
「そ、それは嫌です-! わかりました。おとなしく食事します……」
「うわ、『指一本触れない』って台詞をそう言う使い方するんだ。やっぱりマリィちゃんは流石だねぇ」
「あらDD、そんなこと言うなんて、ひょっとして惚れられちゃったかしら?」
「駄目です! お姉様はドネットみたいな糞虫には絶対渡さないです!」
いつもの俺の台詞を取られて思わずひるんだところに、間髪入れずにパレオが切り込んでくる。何かこう……いたたまれない気分だ。
「はぁ。本当に何でこんなことに……」
「何でって、ちゃんと説明したじゃない。そんなに自分の傷をえぐりたいなら、もう一回説明してあげましょうか?」
ニヤリと笑うマリィちゃんに、口いっぱいに豆を詰め込んでいたパレオがもぎゅもぎゅと口を動かし、しっかり飲み込んでからジト目で俺を睨みつつ言葉という名の刃を放つ。
「そうですね。何度でも説明してやりましょう! 私がこのヘタレ糞ヘニャチン野郎をベッドに押し倒して、夜魔族流瞬間脱衣術にてあっという間に素っ裸にしてやったところ、コイツのヘニャチンがヘニャチンだったのです。まあ流石にいきなりでしたし? 私の方はとっくに準備万端で大口開けてウェルカムだったけど、そこは我慢して前技をしてやったのです。
私の超絶テクによってヘニャチンがバキチンに成長して、これはなかなか楽しめそうだと涎を垂らしてお待ちかねの下のお口に入れるべく手を添えたその時! まさにその時です! この超絶ソーロー野郎が肝心なところで暴発しやがって、あっという間にヘニャチンに逆戻りしたのです!
勿論、私はそのくらいじゃ諦めません。明日の元気をちょこっと前借りして連射を可能にする秘術から、未来の寿命をちょびっと借りて一時的に絶倫状態にする禁術まで使ったのに、このヘタレソーロー野郎はどうやってもヘニャチンのままだったのです!
落ち込みました。私は凄く落ち込みました。魔法まで使って男をその気にさせられないとか夜魔族の沽券に関わる大失態です。部屋の片隅で膝を抱えて落ち込んでいたら、ノックと共にお姉様が部屋にやってきて、私を優しく慰めてくれました。そしてそのままヘニャチンを放置してお姉様の部屋に行き、二人でベッドに腰掛けて……きゃっ。その先は秘密ですー!」
いやんいやんと恥ずかしそうに顔を振るパレオ。だがちょっと待て。今聞き逃せない事実がいくつか追加されていた気がする。
「な、なあ? さっき聞いたのとちょっと話の内容違わない? 俺が堕ちてる間にマリィちゃんがパレオを連れていったのは聞いたけど、その前に魔法とか使われてたの? というか寿命を借りるって何さ!?」
「細かいことに拘るとか、器もアソコも……いやそっちは別に小さくは無かったですけど、とにかくちっちゃい男ですね。私と組んず解れつできるなら、寿命の5年や10年くらい別にいいじゃないですかー」
「良くねぇよ!? え、そんなに!?」
思わず声を荒げる俺に、パレオはニヤリと笑って答える。
「ふっ。流石にそれは嘘です。まあ精々1日か2日くらいですかね? 私を期待させるだけさせておいて駄目だったんだから、そのくらいは諦めて下さい。どうせ誤差ですよ誤差」
「お前がそれを言うのか……まあ、もう取り返せないんだろうしなぁ……」
これが完全にパレオの独断だったならもっと本気で怒るところだが、俺自身を奮い立たせて再戦できるようにというのは間違いなく俺の願いでもあるので、これ以上追求することもできない。
「そもそも寿命なんてそんなカッチリしたものじゃないですからね。不摂生してれば縮みますし、野菜でも食って昼も夜も元気に運動してれば適当に延びます。ヨボヨボのおじいさんが最後の一発みたいに使うか、あるいは何年もかけて恒常的に使い続けるとかじゃなければ、本当に寿命に影響があるのかどうかすらわからないですし」
「それは、まあ……そうだな」
確かに寿命に影響したかなんて、よっぽどアホみたいな回数を連続で使われない限り調べようが無い。何十年かして今際の際にこのことを思い出し、これが無ければあと1日生きられたかも……とか思うくらいだ。まあ掃除人なんてやってればその前に死んでる可能性の方がよっぽど高いが。
「私としては、むしろそこまでやってもDDを復活させられなかったことの方が気になるわね。それって良くあることなの?」
食後の珈琲を飲んでいたマリィちゃんが、ふと疑問を口にする。それに答えるパレオは、眉根を寄せて首を傾げる。
「むー。私の知る限りでは無いです。精神的な問題で勃たない人はたまにいますけど、夜魔族の魔法は肉体に対して物理的な干渉を行っているので、効果時間内で勃ちもしないというのはちょっと考えられないです。最初から勃たなかったならわかるんですけど……」
「そうなの? うーん……例えば怪我で指を失った人の手に回復魔法をかけたら再生するのを拒むことはできないように、健康な人の手に回復魔法をかけても6本目の指を生やすことはできない、みたいな感じかしら?」
「ああ! それはわかりやすいですね。そういうことです。ドネットの場合は普通に勃つし発射も出来るので、魔法が効果を示さない理由が全くわからないのです……うぅ、何という敗北感……」
ガックリとその場でうなだれるパレオに、マリィちゃんが背中を撫でている。何だかんだで面倒を見てしまう辺りマリィちゃんの情の深さも大概だ。
「さて、それじゃ飯も食い終わったし、そろそろ依頼掲示板でも見に行くか」
「そうね。行きましょうか」
そう言って俺たちは席を立ち、次いで立ち上がろうとしたパレオをマリィちゃんが手で制す。
「貴方は別に掃除人じゃないんだし、一緒に来ても仕方ないでしょう?」
「でも、私はお姉様と一緒に……」
「さっきも言ったでしょう? 私も夜はまたここに泊まるんだから、今はお別れよ」
「うぅ、わかりました……じゃ、適当な男を引っかけて夜に備えて体力を補充しておきますね」
名残惜しそうにするパレオにマリィちゃんが笑顔で手を振り、俺たちは宿に併設された食堂を後にした。




