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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第四章 稲妻の大怪盗

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017

 その日から1週間ほど様子を見たが、ジェシカの母親が蘇る兆候は無かった。というか未だ体の生成すら始まってなかったので、ある程度長期的に見る必要があるのは間違いなさそうだ。まあ、その間にも着々と魔石が運び込まれてきていたので、太陽光発電機ソーラーパネルの寿命が来たとしてもエネルギー問題は大丈夫そうだ。


 そして、今日はジェシカが旅立つ日。ジェシカは当然今も賞金首なので、このままここに留まるのは誰にとってもリスクが高い。ここは人目に付かない郊外であり、だからこそ見知らぬ他人は目立つのだ。既にジェシカを認識している俺たちにはわからないが、今もしっかり認識阻害はやっているはず。それでも痕跡は出来るだけ残さない方が良いに決まっている。


「ソバーノ、後は頼むわね」


「お任せ下さいお嬢様」


「だから口調を……あ、もういいのか。どのみちアタシと一緒にいないなら関係無いし」


 ジェシカの言葉に、パリッとした黒スーツに身を包む白髪の老人が朗らかに笑う。


「そうですな。ソバーノ・BBブラックブラザーとして活動するのは、おそらくこれで最後でしょう。奥様がお目覚めになったその時には、再び以前の名でお仕えさせて頂きたく思っております」


「そうね。その時は頼むわ。お母様のこと、くれぐれもお願いね」


「この身に代えましても」


 恭しく頭を下げる老人を前に、ジェシカはその手を固く握りしめ、それでもその場から歩き出した。本来なら自分こそがずっとここに残って、母親の様子を見たいのだろう。だが、その我が儘が自分のためにすらならないことを理解する知性と、その気持ちを抑えつけられるだけの理性をジェシカは備えている。子供にしか見えない彼女が、子供ではいられなかったが故だ。


 そんなジェシカの後を追うように、俺とマリィちゃんも歩き出す。俺たちこそこれ以上ここに留まる意味が無いので、見送りに来てくれていたダレルとサンティに手を振って別れ、すぐにジェシカに追いついた。追いかけた理由は、まあもうちょっとジェシカと話してみたかったとか、その程度の理由だ。深い意味があるわけじゃないし、ジェシカもマリィちゃんも何も言わないので、ここは俺が口火を来ることにする。


「で、これからどうするんだ?」


 俺の問いに、ジェシカは顎に指を当て首を捻る。実にあざといポーズだが、美少女といって差し支えないジェシカがやると実に絵になる。天然なのか計算なのか……まあ結果が同じならどちらでも一緒か。


「そうね。とりあえずライトニング・ジェーンの名前はそのままにしておくつもりよ。非合法な力で無理矢理問題を解決出来るっていうのは、やっぱり便利だもの。お金と力の両方があるなら、大抵のことはどうとでもなるしね」


「それでいいのか?」


「勿論。お母様が目覚めるまでに何があるかわからない以上、選択肢は残しておきたいわ。もし万が一ここの施設が変な貴族に目を付けられたりしたら、ジェシカでは何も出来ないけど、ジェーンならサクッと殺しちゃえばすむしね」


「そいつぁ豪快だな。まあ気持ちはわかるが」


 もしダレルが再生してる最中に馬鹿がちょっかいをかけてきたら、俺だって似たような選択肢は考えるだろう。背負うリスクと実現性の問題があるから同じ選択肢は選ばないだろうが、金とコネがあるならそれ・・が一番手っ取り早い。率先して法を破るほど落ちてはいないが、法のために身内を差し出すほど、俺は善良な人間バカではない。


 それに、この技術(テクニカ)の有用性がもし外部に漏れれば、そういう自体は十分に起こりうることなのだ。まあ俺が知らないだけで本当の権力者なら同じような技術(テクニカ)を所持している可能性もあるが、そういう奴らは逆に無茶はしないので対応し易いし、そのレベルなら情報の隠匿もほぼ無意味だから対処しようが無い。俺たちが警戒すべきは情報網も権力も半端にもってる中級貴族くらいまでなので、だからこそジェシカのやり方も通じるのだ。


 ちなみに、ならなんでジェシカに情報を公開したのかと言えば、黙っていればしつこくつきまとわれる可能性が高く、そのうえ相手の方が強いとなれば明かしてしまった方が安全だからだ。勿論最大の理由はジェシカが話の通じる悪党であり、かつ母親を蘇らせるというのが目的だったからだが。ダレルが使用中だったり、売って金にするとかだったら俺が言うことは無かっただろうから、まず最初にジェシカが腹を割るというのは実に正しい選択肢だったわけだな。


「さて、それじゃこの辺でお別れかしら?」


 そう言って、不意にジェシカが立ち止まる。道からは大分離れ、周囲に広がるのはだだっ広い草原。


「こんな所で? 町まで一緒に行くとは思わなかったけど……何、森にでも潜伏するの?」


「しないわよそんなこと。そうね、ドネットたちには特別に見せてあげるわ」


 そう言って、ジェシカが右手を頭上高く上げ、パチンと指を鳴らす。すると青空を切り裂くように稲妻が一筋立ち上り、次の瞬間。


「うぉぉ!? うっそだろ、飛行船!?」


 バチバチと青白い閃光を放ち、何も無かったはずの空に真っ赤な船体に金の装飾が成された飛行船が現れた。


「嘘!? 空を飛ぶ乗り物なんて……」


 あまりにも予想外すぎる光景に、流石のマリィちゃんすら絶句する。だが、それも当然だ。この世界に空を飛ぶ乗り物は存在しない。正確には作ろうと思えば作れるが、そんな実用性の無いもの・・・・・・・・を誰も作らないのだ。


「どう? これがアタシの秘蔵の船、その名も『スカーレット・アルカディア号』よ! ケスーノが持ってる強力な認識阻害能力とアタシの稲妻の力を利用して、短時間だったらドラゴンの目だって誤魔化せる世界唯一の飛行船なんだから!」


 どや顔でここぞとばかりに胸を張るジェシカ。だがその気持ちは痛いほどわかる。空を飛ぶドラゴンの感知能力と縄張り意識は恐ろしい程強い。一人乗りの熱気球どころか、個人が魔術(マギ)技術(テクニカ)で空を飛ぶだけでもどこからともなくやってきて、確実に破壊をもたらす。それを避けられないからこそこの世界では誰も空を飛ぼうと思わないわけで……それを誤魔化せるなんて、まさに世界がひっくり返るくらいの事実だ。


「なるほど。魔導列車から消えたのって、これで外に出たからなのね?」


「あーら、察しがいいわねマリィ? これがあれば本来居られるはずの無い場所にいることができるし、大量の物資をこっそり運んだりもできるわ。誰も知らないアタシの秘密を教えたんだから、感謝してよね」


「うわー、凄ぇなぁ……乗ってみたいなぁ……」


「う、ド、ドネットにはお世話になったけど、でも、流石に乗せるのは、その……」


 憧憬のまなざしで飛行船を見つめつつ、思わず本音をこぼしてしまった俺にジェシカが困った顔で答える。


「ああ、いや、すまん。こんな重要な物に乗れるとは思ってないから大丈夫だ。むしろ見られただけでも大満足だしな! ありがとなジェシカ」


「ふっ、ふんっ! そ、そんな感謝とか、べ、別にいいわよ! 今回はアタシの方が助けて貰ったんだしね! えっと……と、トブーノ! 回収!」


 ジェシカの叫び声に、上空で待機していた飛行船からはしごが落ちてくる。背を見せたジェシカがそれを掴むために歩き出し……だが、不意に立ち止まると、稲妻の如き素早さでこちらに向かって走ってきた。


「っ!?」


 小さな体が飛び上がり、その唇が俺に重なる。その動きは、まさに電光石火ライトニング


「か、勘違いしないでよね!? お礼! あくまで今回のお礼なんだから! アタシの唇を奪ったんだから、生涯の自慢にしなさい! じゃあね!」


 顔を真っ赤にしたジェシカがはしごを掴むと、今度こそ飛行船が飛び立って行った。後に残ったのは突然のことに動けなかった俺と、そんな俺をジト目で見つめるマリィちゃんのみ。


「夜の列車で口説かれて、命がけの勝負で引き分けて、共有出来る秘密があって、大切な母親の恩人……よくもまあこれだけフラグを立てられるわよね?」


「いやぁ、俺ってほら、生粋のいい男だから」


 あんな可愛らしい少女にまで惚れられるとは……いい男過ぎるのも困りものってことかな?


「まあいいわ。じゃ、私たちも行きましょうか」


「そうだね」


 既に何も無くなった空に少しだけ思いを残し、俺たちは歩き始める。次の出会いを、次の事件を求めて、俺たちの旅はまだまだ終わらない。


「それにしても、あの子も趣味が悪いわね。私の方に懐いてくれたら、沢山可愛がって・・・・・あげたのに」


「マリィちゃん……それは事案だよ……」


 ……逮捕されない限りは、終わらないだろう……

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