006
朝。宿屋の一室から出てくるのは、当然男と女である。
「あー、えっと、ごめんね? あんまり気を落とさないで」
「いや、こっちこそごめん。俺は生まれてきたら駄目な男だったんだ……」
気を遣ってくれる女性に、俺のテンションはどん底に低い。
「それじゃ、その、また宜しくね。それじゃ……」
そんな俺の態度に耐えかねて……いや、商売とは言え一晩付き合ってくれただけでも、相当いい女だ……彼女は宿から去って行く。残されるのは、使えない最底辺のゴミクズ野郎ただ一人。
と、そこに、隣の部屋から扉を開けて、出てくる人影がある。
朝。宿屋の一室から出てくるのは、男と女とは限らない。
「えーん。マリィお姉様。私寂しいです。もっと可愛がって欲しかったですぅ」
「ふふっ。とても可愛らしかったですよ。機会があったら、またしましょうね」
蕩けるような表情の女性に、マリィちゃんのテンションは平常通りだ。
「じゃ、お姉様。またね~♪」
ご機嫌で去って行く女性を見送り、マリィちゃんがこちらにやってくる。
「はぁ。また使い物にならなくなってるのねぇ。毎回こうなるってわかってるんだから、暴発する前に突っ込むとか、やりようはあるでしょうに」
「うるせぇ。女を楽しませられない男なんて、最低だろ……」
「盛り上げるだけ盛り上げておいて、最後の一線を越えられない男の方が、より最低だと思うけど?」
「うぅ……俺は本当に駄目な糞虫だ……」
「まったくもぅ……」
落ち込む俺の手を引いて、マリィちゃんが1階へと降りていく。その姿はさながら駄目亭主と嫁さん……というより、むしろ駄目息子と母親の方が近いかも知れない。
「ほら、元気を出しなさいな。ご飯を食べたら、依頼を見に行くわよ?」
「……うん……」
ぼそぼそと食事をすると、落ち込んでいたテンションが元に戻っていく。撃った直後から糞虫モードに入る俺だが、だいたい朝食を食べてる間に回復するようになっている。というか、そこで回復しないようなら、流石に俺自身が自重するか、もしくはマリィちゃんですら俺を見捨てていただろう。
「ふっー。食ったな」
「元に戻った?」
「ああ、オーケーだマリィちゃん。今日も俺のいい男具合は絶好調だぜ」
「あー、うん。大丈夫そうね。それじゃ、お茶を飲んだら行きましょうか」
会計を済ませて、俺たちは宿を出る。ちなみに、朝食は当然俺の奢りだ。あの状態の俺と食事をしてくれるなら、食事代なんて安いもんさ。
「さてっと、食事したばっかりだし、酒場じゃなくて協会の方の依頼掲示板を見ましょうか」
「そうだな。てか、マリィちゃんは昨日のゴブリンの討伐証明は?」
「当然まだよ。だから、一緒に済ませちゃおうと思って」
「了解。じゃ、行こっか」
俺たちは連れだって、協会へと歩き出す。朝でそれなりの人通りがあるとはいえ、流石に迷う要素などないので、程なくして普通に協会にたどり着き、俺たちは自動ドアをくぐる。
「おはよう、リューちゃん。今日も美人だね」
「おはよう、リュー。お久しぶりね」
「あ! ドネットさんに、マリィさん! おはようございます」
笑顔で挨拶してくれるリューちゃんに、俺は手を振って答える。
「ドネットさん。昨日は本当に申し訳ありませんでした。お怪我は大丈夫でしたか?」
「怪我? 何かあったの?」
「ああ、うん。まあ、ちょっとしたいざこざみたいなのが、ね」
俺は言葉を濁すが、マリィちゃんは納得しない。というか、あっさり問う矛先をリューちゃんに代え、必要な情報を引き出していく。
「そう。ブル・ブランドル……聞いたことがないわね」
「急に頭角を現した……とかではなく、C級にくすぶっていたのが、良い武器を手に入れたとかで順当にB級に昇格したって感じですから」
なるほど。強力な武器を手に入れたおかげで最近昇格したってなったら、そりゃこの町にいなかった俺たちは、知らなくて当然だ。
「その武器って……聞いたら不味いわよね」
「えっと……すいません。個人情報なんで」
申し訳なさそうに断るリューちゃんに、むしろ俺もマリィちゃんも嬉しくなる。それは、個人的な感情じゃなく、ちゃんと仕事の責任を重要視してるってことだ。これが出来ない奴に、自分の情報なんて渡せない。
「いいよいいよ。あらゆる意味でリューちゃん悪くないし。それじゃ、俺は依頼掲示板の方を見てくるから、マリィちゃんは……」
「登録証のチェックをお願い。昨日ゴブリンを倒してるから」
「あ、はい。わかりました」
二人を残して、俺は依頼掲示板の方へと向かう。さてさて、今日はどんな依頼があるかな……?