016
「というわけよ。どう? アタシの事わかって貰えたかしら?」
そう言ってカップの中身を一口飲んだジェシカに、俺は思わず頭を抱えてしまった。ちらりと横を見ると、マリィちゃんも驚きに目を見開いている。
「……何だかアタシが思ってたのと違う反応ね。安い同情をされたりしたら黒焦げにしてやろうと思ったけど、その反応はちょっと予想外だわ」
「あー、うん。それはまあ、俺もそうだな。何というか、凄く意外な話だった」
俺の脳裏に、しばらく前に出会った勇者を導く女神の姿が思い浮かぶ。あの時加護が飛んだのはタカシだけだったはずだが、ひょっとして俺にも何か変なのがついてるんだろうか? だったら今からでもあの遺跡に戻って抗議したいところだが……まあ本当にそうなんだったら戻っても出会えないようになっていると思うので、強い心で偶然だと信じて諦めるしか無い。
「……そんなに意表を突く話だったかしら?」
「まあ、その辺は俺の話を聞けばわかるさ。前もってひとつだけ言うとするなら……ジェシカ、君と俺の出会いは、本当に運命かも知れないな」
俺の言葉にジェシカの表情が歪む。だが、とりあえずは抗議の声はあがらないようだ。ならばと俺は話し始めた。俺のことを。特に俺が「死んで蘇った時」のことを。
「……とまあ、そんなことがあったんだが……どう思う?」
俺の話を聞いて、ジェシカが頭を抱えている。さっきと丁度逆になった形だが、その気持ちは正しく俺が少し前に味わったものと同じだろうから、そのままそっと見守ることにする。
「待って……待って待って。え? それ嘘じゃない……のよね? それが嘘だったら、アタシ本気でドネットのこと許さないわよ? どんなリスクがあったって、必ず殺すわ」
「レディに嘘は言わないさ。ダレル達に何か無ければ、『魂魄再誕機』は間違いなくあの場所にある。この短期間で壊れてるとかってことも、まあ無いだろ。動作させるのに必要な物があるから、そっちの調達はジェシカに任せるけど……」
「当然よ! アタシに出来ることなら、何だってするわ! それこそ、その……だ、抱きたいって言うなら、抱かせてだってあげるんだから!」
真っ赤な顔でそんなことを口走るジェシカに、俺はナイスガイな笑顔で返す。流石に12歳の少女に欲情なんて感じないが、それをはっきり言ったりはしない。いい男はレディに恥をかかせたりしないもんだ。
「そいつは上等な報酬だが、大事に取っておくといい。いずれ好きな奴が出来たら、そいつにくれてやればいいさ。お母さんが目覚めたら、普通のお嬢様に戻るんだろ?」
「それは……」
「お母さんが目覚めれば、ジェーンとして活動する必要はないだろ? その年なら数年潜伏する程度でも見た目の印象は随分変わるし、その後は普通に掃除人にでもなれば、ジェシカの腕なら十分やっていけるさ」
勿論、普通ならそんなこと出来るわけが無い。軽犯罪程度ならともかく、A級賞金首ともなれば明確な死亡でも確認されない限り生涯追われ続けるのが当然だ。
だが、何事にも抜け道はある。金とコネがあるなら、活動休止の賞金首を死んだことにする程度はできるだろう。協会としても賞金を出すこと無く犯罪者が減るなら万々歳だ。世の中はいつだって、持ってる奴には優しく出来ている。
「まあ、先のことはその時考えればいいさ。とりあえずはダレルの所に様子を見に行ってみるのがいいか? と言っても、ここからだと相当遠いが……」
「ああ、それは大丈夫。そういうことならアタシがドネット達の分の魔導列車の切符を手配してあげるわ。列車が出るまで少し日があるけど、それでも馬車を乗り継ぐよりよっぽど速いわ」
「おぉぅ、そいつは太っ腹だな。いいのか?」
「勿論。ドネットの話は、そのくらいして当然の価値があったもの。お母様だって魔法で持たせてるとはいえ、ずっと健康ってわけじゃないし。一刻も早く何とかしたいのはアタシの都合だから、ドネットが気にすることは無いわよ」
「それじゃ、まあありがたく」
俺たちはジェシカの申し出を受け、その日はそれで解散となった。最後の最後でマリィちゃんがエビに手を伸ばすも、結局途中で引っ込めてしまったのは見て見ぬ振りをした。いい男はあえて鈍感になる時も必要なのだ。
空いた時間で協会への依頼達成の報告をし、腹黒商会へも顔を出してみた。案の定ジェシカと繋がりのある店だったが、既に和解済みとなれば何の問題も無い。ジェシカからも話がいっていたようで、俺たちはあの美味い保存食を格安で大量に購入できた。これで帰りの列車でもそれなりの飯が食えるようになった。
その後は特に何かが起こるわけでもなく、俺たちは無事にダレルの元へと辿り着く。ちょっとだけ大人になったサンティにジェシカが懐かれてタジタジになったり、「また新しい女を連れてきやがった」と嫌らしい笑みを浮かべるダレルをぶん殴ったりしつつ、『魂魄再誕機』も確認。あとは必要な物資の調達と、ジェシカの母親をここに搬送する手段の検討だ。
「太陽光発電機はまだ生きてるから、初動電力は問題ねぇ。だが万が一の事を考えるとそれなりの量の魔石と、あと出来るなら高効率の変換器が欲しい。ウチにあるのはポンコツだからな。備えられるなら備えておくべきだ」
『魂魄再誕機』の動作が途中で止まれば、おそらくそのまま死ぬんだろう。ダレルの時はこれ以上どうしようもなかったが、ジェシカの伝手や資金力ならもっと上を目指せる。ジェシカにとっても、安全マージンは大きければ大きいほどいいはずだ。
「わかったわ。魔石は問題無いし、変換器は……当たってみるわ。遺失技術研究会なら間違いなく良いのを持ってるだろうし」
「ああ、そりゃそうか。奴らはそれこそこういう技術を研究してるんだろうから、そりゃ変換器は持ってるよな。とすると、後はお母さんの搬送か? 魔導列車も乗り降りが大変だし、何より列車の区画外を馬車で連れ回すとなると、大分負担が大きそうだけど……」
「そっちも大丈夫よ。アタシにはとっておきがあるんだから!」
そう言って笑うジェシカが色々な所に連絡をまわし、ほんの1週間ほどの間で、魔石やら変換器やらが次々とダレルの家に届く。そしてそこからしばらくして――
「そっとよ? そっと運びなさい! 傷つけたりしたらオシオキだからね?」
「イエス、ボス」
例の黒服2人組が、棺に入ったジェシカの母親を運んできた。見た目の縁起は最悪だが、確かに意識の無い寝たきりの人間を運ぶなら、棺は最適の選択だろう。
「うっし、これで全部揃ったな。それじゃ、最後の確認だ。まず俺は3日で出てきたが、ドネットは10年かかった。なんでお嬢さんの親御さんがどのくらいで出てこれるかは正直検討がつかん。ドネットよりかかるとは思えないが、それでも男と女の違いとか、わからねぇことは多いからな。何で基本的には長丁場のつもりで覚悟しておいてくれ」
「わかってる。こっちに人も残すつもりだし、魔石も使わなくてもある程度定期的に運ばせておくわ。必要になったときに足りないんじゃ困るしね」
ジェシカの言葉にダレルは満足そうに頷くと、更に言葉を続ける。
「あぁ、いい心がけだ。あとは、まあ、あれだ。一応俺とドネットは成功してるが、次も絶対成功するとは言えねぇ。俺が作った技術ってわけでもねぇし、保証なんて何もできねぇ。だから万が一失敗したとしても俺は一切責任を負わねぇし、それでもしサンティに手を出したりしたら、俺はお前を殺す。いいか?」
「……いいわ。成功例が目の前に2人いるのに、これ以上は望めない。その時は……覚悟するわ」
「諦める」とは言えない彼女を、責める者などこの場にはいない。覚悟ができるというのなら、今はそれで十分だろう。
黒服の手によって、ジェシカの母親が『魂魄再誕機』の中に入れられる。蓋を閉められ、後はボタンを押すだけだ。
「暫しのお別れです。お母様……お目覚めをお待ちしております」
ジェシカに手によってトリガーが引かれ、ジェシカにそっくりの女性がその姿を失って……立ち去る俺たちの背には、すすり泣くジェシカの声だけが聞こえていた。




