015
今回はジェシカ視点での一人語りです。ご注意下さい。
スカッドレイ家。それはとある地方の小さな貴族の家。貴族といっても領地があるわけでもなく、実質的には肩書きが残っているだけの没落貴族。それでも一般人に比べれば大きな屋敷に住み、幾人もの使用人を雇うお金持ちの家ではあったけど。
父が一族の当主で、母は町で働く一般人の女性だったけど、ちょっとした縁で二人は知り合い、愛し合って結婚した。普通の貴族家ならあり得ない話だけど、貴族としての栄達を特に望んでいなかった父にとっては、愛する人と一緒になれることのほうがずっと大事だったみたい。母も父の家柄ではなく人柄を好きになっていたって話だし、元々権力とかとは遠いところにあったのが幸いして、二人の結婚は多くの人に祝福され、幸せな日々の中でアタシは生まれた。
アタシは父と母に愛されて育った。ゆるめの貴族教育しかさせられなかったのと、母譲りの勝ち気な性格もあって、アタシは良く町の中を走り回る子だった。近所の子供達を引き連れてちょっとだけ危なそうな所を冒険してみたり、男の子に混じって取っ組み合いの喧嘩をしてみたりで、父はよく困ったような顔をしていたけど、母はいつも笑っていた。「将来の嫁の貰い手が……」とこぼしていた父に、母が「私が貴方と結婚できたんですから、きっと大丈夫ですよ」と笑っていたのが印象的だった。
食べる物にも寝る場所にも困らない。こっそり護衛が付いていたようだから、本当に怖い目に遭ったりすることもない。アタシは沢山の人に守られて、幸せな日々を過ごしていた。あの日あの時、あの銃に出会うまでは。
あの日アタシは、家の中を散策していた。生まれてからずっと住んでいる場所だけど、だからこそ見落としてる場所、何気なく見てたけど注意して見ると面白い発見なんかは時々あったりする。その日もアタシはそういうのを探して色んな部屋に入っては中を見て回って……そして、物置にしていた部屋の一角に、地下へ続く扉を見つけた。何故その時まで気づかなかったのかは、今となってはわからない。でも何かがチカチカ光っていて、そこに触れたら床がパタパタ動いて階段になって凄く驚いたことだけは覚えてる。
目の前で起こった変化にドキドキワクワクして、アタシは階段を降りた。その先にはまた扉があって、そこに入ると中は小さな部屋になっていた。今ならその部屋が何らかの技術によって作られた場所だってわかるけど、当時のアタシには見たことも無い不思議な物が沢山有る、としかわからなかった。そしてそこで、アタシは銃を見つけた。アタシの、母の髪と同じ色の、真っ赤な真っ赤な銃。興味本位でそれを手にとって、そしたら頭の中に訳のわからない大量の情報が流れ込んできて……気づいた時には、アタシは元の倉庫の床に倒れていた。その後は幾ら探しても地下への扉は見つからなかったし、夢でも見たんじゃ無いかとも思ったけど、手にした銃の存在があの部屋があったことを間違いなく証明してくれていた。
アタシにとってこの銃は、他の誰にも知られていない、初めてのアタシだけの「秘密」だった。手放していてもアタシと銃が繋がっているのがわかるし、出てこいと念じれば手の中に現れた。まるで聖剣に選ばれた勇者になった気分で、アタシはその銃の存在を隠し続けた。誰にも内緒で使い方や効果だけを学んでいって……そしてある時。アタシはその銃を、母に向けて撃った。
きっかけは、どうってこともない母の呟きだった。最近ちょっと忙しいからもう少し速く動けたらいいのにね、なんていう、たわいの無い言葉。でも、アタシはそれを聞いた。そしてアタシの手の中には、あの銃があった。撃った相手を加速する、『第5の先導者』と名付けられた銃。アタシはそれを母に向けて撃ち、母は真っ白な稲妻に全身を包まれて……そしてその場で倒れた。
訳がわからなかった。だってアタシ自身に撃った時は、何の問題も無く加速できたから。当時8歳になったばかりのアタシには、どうしてそうなったのかを考えることすらできなかった。ただ目の前で倒れた母に泣いてすがり、泣き疲れて倒れるまでそうしていただけだ。
倒れたアタシは目覚めたけれど、倒れた母は目覚めなかった。父がかなり無理をして高名な治癒術士を呼んだりもしたけど、効果は無かった。高度な回復魔法は部位欠損すら治すけど、火傷なんかで皮膚が癒着しちゃったり、骨折した後変な風に骨が繋がった後とかだとそれが「治った」状態と認識されてしまうため、魔法の効果が正しく発揮されないことがある。でも人は首を落としたら死んでしまう。生きている首に回復魔法を使うことはできても、首の無い死体に回復魔法を使って頭を生やすことはできない。
そして母は、脳が焼き切れていた。今は辛うじて生きているけど、下手な回復魔法を使って脳の状態が変わったら、そのまま死んでしまう可能性もある。それでも僅かな可能性にかけてみるか……そう言われて、父は首を横に振った。
母を助けるために、父は色んな人を呼び、色んな事を試した。その度お金が減っていって、家はどんどん傾いていった。最後の方は信じる方が馬鹿みたいな嘘の話にすがりついたりもしていたみたい。母が眠って1年たって、家のお金が底を突いた頃……別人みたいにやせ細った父が、書斎で首を吊っていた。机の上には「すまない」という、誰に当てたともわからない言葉が一言だけ残されていた。
それまで、アタシは震えるだけだった。自分がしでかしたことの大きさに、怖くて怖くて何も出来なかった。口を閉ざし耳を塞ぎ、誰とも会わなくなったし何処にも行かなくなった。部屋で一人で震えるだけの日々を過ごして、その結果父を失った。
父の葬儀を終え、眠る母の前で立ち尽くしたアタシは、魔法の力で生命を維持された……それでも少しやつれてきた母の横顔を見ながら、ぼーっと考えていた。
何故こんなことになったんだろう? アタシはどうすれば良かったんだろう? 子供の頭じゃ、考えたってわからない。はっきりしているのは、原因がアタシにあることと、過去になってしまったことにはどうすることもできないこと。なら今のアタシができることは何か? そう考えれば……答えはひとつしか無い。
母を目覚めさせる。そのためなら何でもする。それがアタシが、ジェシカ・スカッドレイがライトニング・ジェーンになるための、最初の一歩だった。
既知の方法で母を目覚めさせることはできなかった。ならどうするか? 未知の方法を探すしか無い。国や研究機関が秘匿しているような魔術や技術、あるいはこの銃みたいな、未だ知られること無く世界に眠っている遺失技術なら、母を目覚めさせることができるかも知れない。
それに、何をするにしてもお金が必要だ。今の家にはお金が無いし、アタシみたいな子供が稼げる額じゃ話にもならない。ならどうするか? こっちは簡単だ。奪えばいい。偽の希望と引き替えに父から金を奪った奴らがいる。そういうのから奪い取れば、何の問題も無い。
最後まで屋敷に残ってくれた使用人たち、アタシの話を聞いて、することを説明して、それでも付いてきてくれると言ってくれた人たちに、アタシは新しい名前を付けた。全員をアタシの部下とし、全ての責任をアタシが背負うことにした。この手はどうせ母を撃った手だ。この先他人をどれだけ傷つけ殺そうと、これ以上汚れることは無い。
恩で、縁で、金で、地位で、あらゆる手段で様々な場所に伝手を作った。情報を集め金を集め、可能であればまっとうな手段で、そうでないなら非合法な手段で、調べ奪い、殺していった。
気づいた時には、アタシはライトニング・ジェーンと呼ばれていた。銃のおかげで身についた稲妻の魔法が、アタシの代名詞になったらしい。首にかけられた賞金もドンドン上がっていったけど、稲妻の魔法に加えてこの銃という切り札があれば、誰にも負けたりしなかった。上の方の人にお金を流して生存のみの賞金首になれたことも功を奏して、3年の活動期間中で命の危機を感じることすらなかった。そう、つい先日アタシと同じ銃を持つ、アナタに出会うその日まで……




