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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第四章 稲妻の大怪盗

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014

 テーブルに着いた俺たちの前に、まるで待ち構えていたかのように次々と料理が運ばれてくる。まあ実際待ち構えていたのだろう。俺たちは当然誰も注文なんてしていないし、湯気の立つ料理は作り置きとはとても思えず、そして入店して数分程度でこれだけの料理を用意出来るはずもないのだから。


 大皿に載った料理がいくつか並び、各自の前に取り分け用の小皿が出されて、さらに幾種類かの飲み物のボトルと人数分のカップが配られたところで、店員とおぼしき人達が部屋から消える。分厚い木の扉はしっかりと閉められ、窓すら無いこの部屋は完全な密室。食事という生有る全ての物が行う行為を理由として密談をするための部屋が今ここに完成したというわけだ。


「さ、積もる話はあるでしょうけど、まずは食べましょ。冷めちゃったら勿体ないもの」


 お嬢様っぽい口調を崩したジェーンがそう言って、率先して自らの更に料理を取る。そこまでされれば最早毒を警戒する意味も無い。俺もマリィちゃんも、目の前の大皿から好みの料理を自分の更に取る。俺が取ったのは肉と野菜を濃いめのソースで炒めたものだと思うが、香りが実に素晴らしい。本来なら3日も昏睡して飲まず食わずだったのならいきなりこんな物を食べられるわけがないのだが、俺にとっては関係無い。はやる気持ちを抑えて、まずは一口。


「お、美味いなこれ」


 見た目に違わずガツンとくる濃いめの味が、俺の空腹にクリティカルヒットする。そのまま続けて二口三口、さらに他の料理の方へも手を伸ばす。


「随分いい食べっぷりね。もっと警戒されるかと思ったけど」


「ん? ああ、わざわざ表通りの食堂で、しかも自分が最初に取って見せてくれた相手に対して毒なんて警戒しないさ」


 殺したり拉致するつもりなら、表通りは選ばない。ジェーンが先導してるんだから、普通にもうちょっと目立たない場所に案内すればいいだけだ。それすら警戒心を抱かせないための罠だというなら、そもそもあのタイミングでジェーンが顔を出す必要が無い。存在を知られないというのは、最強の奇襲カードだ。


「あらそう? でも、そっちの子はあんまり食べてないみたいだけど?」


 そう言われたマリィちゃんの手は、確かにあまり進んでいない。俺と違ってきちんと警戒しているのはあるだろうけど、それにしてもゆっくりだ。


「どしたのマリィちゃん?」


「いえ、別にどうということはないのだけど……強いて言うなら、そのお皿がちょっと気になるというか……」


 マリィちゃんの目線の先にあるのは、真っ赤に茹で上がったエビだ。1匹1匹はやや小ぶりだが、尻尾の部分の殻が外されてそのまま齧り付けるようになっているのが山盛りにされている。海が近いわけでもないのにこんなものがあるとは、流石魔導列車の止まる町、というところだろう。


「エビがどうかしたの? まあ内陸じゃ珍しいのはわかるけど、普通に高級食材だよ?」


「そういうことじゃなくて……その、ほら……エビって、虫じゃない?」


 眉根を寄せてそういうマリィちゃんに、俺は首を傾げる。


「いやいや、虫じゃないでしょ。エビはエビだよ?」


「虫よ! だって、あんなに足が生えてて、それがワシャワシャ動くのよ!? あんなの虫と同じじゃない!」


「はぁ……随分子供っぽい事言うのね。ダイナマイト・マリィちゃん?」


 上から目線で挑発するように言うジェーンに、マリィちゃんの目もキラリと光る。


「あらあら、本当のお子様は言うことが違うわね。まあ子供が虫好きですものね。今すぐお家に帰って、石をひっくり返して出てきたダンゴムシを丸める趣味に没頭しても構わないわよ? ライトニング・ジェーン?」


「誰がダンゴムシを丸めるのを趣味にしてるって!? アタシの趣味は、虫は虫でもアンタみたいな泣き虫女の頭を踏んづけることかしら? 『虫こわいよー』って泣いてるおチビさんを踏みつけたら、とっても楽しそう」


「だれがチビよ! 貴方だって変わらないでしょ!?」


「アタシはまだ将来性があるもの。アンタみたいに終わっちゃったオバサンとは違ってね。可哀相ねぇ。背も胸もそれで打ち止めなんて、アタシなら耐えきれなくて人前に出られないわよ」


「……ジェーン、貴方死んだわよ……」


「ちょ、待て! 待てって! 二人とも落ち着こうよ!」


 マリィちゃんが腰から爆裂恐斧の柄を取り出したのを見て、俺は慌てて仲裁に入る。一戦構える程度の覚悟は当然してきているが、この流れで戦う気は更々ない。


「ほ、ほら! 料理! 料理食べよう! 冷めちゃうと味が落ちるし、ね? ほらマリィちゃんも、この野菜炒めとか美味しいし。ジェーンは……エビ食っとく?」


「……そうね。いただくわ。ありがとうDD」


「ありがとうドネット。ここのエビはとっても美味しいから、アナタも是非食べたらいいわよ? そこの女にはわからないでしょうけど」


「わ、わかった! おぉ、美味そうだなこりゃ!」


 キッとジェーンを睨んだマリィちゃんを何とか手で制し、俺はエビを1匹つかみ取ってかぶりつく。美味い……美味いはずだ。多分。でも今は正直味がわからない。わからないが、とにかく食べた。何もしないのは間が持たないのだから仕方が無い。


 その後しばし、無言の時間が続く。ジェーンとマリィちゃんは絶妙に視線をそらして合わせないし、一言も言葉を発しない。カチャカチャという音だけが辺りを支配し、その隙間で俺はひたすら料理を掻き込んでいた。


 マズイ。いや料理は美味いはずだが、空気が悪すぎる。放置して時間が解決するのを待つというのが一番安全な手段だが、敵対する相手に呼び出されたという状況でそれは選べない。このままお開きになったら、また呼ばれることになるからだ。こんな空気を何度も味わわされるのは是非とも勘弁願いたい。いい男にだって限界というものはあるのだ。


「な、なあジェーン」


「ジェシカ」


 俺の呼びかけに、ジェーンが不機嫌そうにそう答える。


「アタシの本名はジェシカ・スカッドレイよ。敵対してる時ならジェーンでもいいけど、今はちゃんとジェシカって呼んで」


「わかった。じゃあジェシカ。俺たちに話って、何だったんだ?」


「……言ったとおりよ。裏も何も無く、本当に話を聞きたかったの。特にドネット、アナタにね」


「俺に?」


 問い返す俺に、ジェーン……ジェシカが薄い笑みを浮かべて答える。


「そう。だってアナタ言ってくれたじゃない。『お互いをよく知る機会をくれるなら、ディナーくらいは誘う』って。だから貴方達を食事に誘ったの。アタシを知って貰おうと思って。そしてアナタを知りたいと思って」


「それはまた……光栄だな。ならレディーファースト……はこの場合違うか。俺のことを先に話すべきかな?」


 信頼関係が構築出来ていない相手となら、情報は後出しが基本だ。だがこの状況からの開放条件は俺の持っている情報をジェシカが聞き出すことであるなら、先に話してしまった方が後腐れが無い。

 だが、そんな俺の提案を、ジェシカは首を振って否定する。


「いえ、アタシが先でいいわ。その方がドネットの話を聞くのにも都合がいいもの。こちらの情報を先に明かしておけば、下手な嘘や誤魔化しはできないでしょ?」


 そう言って、ジェシカはテーブルの上に1丁の銃を置いた。燃えるような紅い銃身のハンドガン。ジェシカが『第5の先導者フィフス・ヴァンガード』と呼んだ、俺の相棒の兄弟銃。


「それじゃ、語ってあげる。この銃から始まった……ジェシカ・スカッドレイがライトニング・ジェーンになった、その始まりの物語を」

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