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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第四章 稲妻の大怪盗

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012

 目の前に広がる真っ白な壁。一瞬遅れて自分が寝ていることに気づき、次いでそれが壁ではなく天井であることに気づいた。首を縦に傾ければ自分の上に白い布がかけられていることがわかるし、横に傾ければ誰も寝ていない白いベッドがある。つまりここは病室で、俺はその一角に寝ているってことだろう。


「……っ、あー、うん。ふぅ……病院、かぁ……」


 最初だけ声に詰まったが、体に残った古い吐息の最後の一息をそれで吐き出せたかのように、その後は普通に声が出た。わかりきっている状況をあえて言葉にしたのは、自分が普通に話せるかを確認したというのもあるけど、一番の理由はさっきあえて顔を向けなかった方向にいる気配に、俺が目覚めたことを伝えるためだ。


「あら、目が覚めたみたいね」


「マリィちゃん……」


 改めてそちらに頭を傾ければ、手にした本を閉じて俺に視線を向けるマリィちゃんの姿がある。


「マリィちゃん、怪我は大丈夫だった?」


「第一声がそれなのね……大丈夫。DDが昏睡状態だったおかげで緊急治療コースを頼まなくても良くなったから、返って節約になったくらいよ」


 笑うマリィちゃんに俺はホッとする。予想通りならここは目的の場所であり、魔導列車が止まるくらいの町なら金さえ出せれば大抵の傷はどうとでもなる。


「そりゃ良かった。てか、昏睡ねぇ。どのくらい?」


「列車で丸1日に、ここに入ってから2日だから、計3日ってところね。遅いお目覚めだけど、依頼の期日はもう少しくらいなら余裕があるから大丈夫よ」


「あれ? 町に着いたならマリィちゃん一人で荷物を渡しちゃった方が良かったんじゃない?」


 ジェーンが来たのはこの荷物を狙ってだ。依頼人に渡してしまいさえすればその後のことは関係無いが、持ち続けているなら責任は俺たちにあるままだ。そんな危ない橋を無駄に渡る必要はないと思うんだが……


「ああ、違うわ。荷物自体はもう渡してあるのよ。ただ依頼主というか、荷物を受け取った人がDDにもお礼を言いたいっていうから、協会への完了報告だけ保留にしてあるの。それを済ませちゃうと依頼主に会うのが難しくなっちゃうから」


「あ、そういうことね」


 どうやらまだ頭が回っていないらしい。まあ3日も寝ぼけていたなら仕方ないだろう。そうなる前はこれ以上無いほど頭を使っていたのだから、このくらいは愛嬌の範囲だ。


「となると、後はここに至る状況の確認か。教えてくれる?」


「いいけど……DDこそ大丈夫なの?」


「大丈夫だって。痛いところとかどこもないし、全身くまなくいい男だよ?」


「はいはい。その分なら大丈夫そうね……と言っても、私もあの後のことは良くわからないのよ。朦朧とした意識がはっきりとした時にはもうジェーンも黒服も居なかったし、DDは外傷がひとつも無い・・・・・・のに寝込んだまま起きないし……私自身の怪我を手持ちの回復薬で応急処置して、DDを連れて前の客車に戻って、後は駅に着くまでおとなしく休んでいただけ」


「へぇ……あれ? 最後尾の車両にいた警備員は?」


「騒ぎが収まってから個室の方の警備員が来て事情聴取をされたけど、その時に聞いた話だと全員縛られてたみたいね。殺されてなかったのが不自然と言えば不自然だけど、そもそもジェーンが魔導列車に乗れてる時点で内部からの手引きがあったはずだから、どの辺まで繋がりがあるのかわからないから追求するのも、ね」


 苦い顔で言うマリィちゃんに、俺も同じような顔で同意する。特に権力者の後ろ盾があったりするわけじゃない、ただのB級掃除人でしかない俺たちが調べるには割に合わなさすぎる。騒ぎが収まってから警備員が来たとなれば、あの列車の中の関係者は全員怪しいとすら言える。明らかにヤバイ蜂の巣をわざわざつつくほど俺もマリィちゃんも好奇心に命をかけてはいない。


「あ、そう言えばウルーノ氏は?」


 完全に意識の外だったが、一応安否くらいは確認しておきたい。


「ああ、彼なら前部車両に座席が移っていたけど、あの後は話す機会は無かったわね。私自身が怪我で辛かったのもあるし、降りるときもDDを病院に入れる手続きとかがあったから、いつの間にかいなくなっていたし」


「そっか。じゃあまあそっちは、依頼が終わったら腹黒商会? にでも顔を出してみればいいか……てか、腹黒商会って本当にあるの?」


「さあ? 協会で聞けばすぐわかるでしょうけど、依頼の報告を先延ばしにしてるのに変な名前の商会の有無を聞くのもねぇ」


「了解。じゃ、達成報告の時に聞いてみるってことで」


 ウルーノ氏はジェーンの仲間の線が濃厚だと思うけど、こうなればどちらであっても繋がりは作っておく方が良い。互いに「与えても良い情報」のやりとりができれば、安全の確保はそれだけやりやすくなる。


「さて、それじゃさくっと依頼人の所に行こうか?」


 そう言って、俺はベッドから体を起こして立ち上がる。服を着替えさせられたわけではなかったようで、その気ならこのまますぐに退院出来そうだ。


「そんなにすぐに起きて大丈夫なの?」


「へーきへーき。さっきも言ったけど、体中何処にも異常は無いよ」


 腕を回し腰を回し、屈伸運動までして見せた俺を見て、マリィちゃんが苦笑する。実際俺の体には何の異常も無い。少なくとも見た目的には、何も変わってないはずだ。アレ・・が微増している可能性はあるが、その確認は今はできない。


「ならいいわ。元気な人を寝かせておくのは、お金が勿体ないしね」


「えぇ、俺じゃなくてお金の心配なの?」


「あら、お金は大事よ? それとも意識が無い時に野晒しにでもされたかったのかしら?」


「うぉぅ、それは勘弁して欲しいな。俺みたいないい男がその辺で寝てたら、素敵なレディに目覚めのキスをプレゼントされそうだしね」


「はいはい。夢を見るくらいなら咎めないわよ」


 いつも通りの気安いやりとりをしながら、俺たちは退院手続きをして依頼主の所へと向かった。俺としては初めての場所だが、マリィちゃんは一度通った道なので迷うこと無く目的地へと着き、問題が起きることも無く目的の人物との面会もできた。


「いやぁ、この度は大変な目に遭われたようで、申し訳ない。あ、貴方には初めましてですね。僕はジョシュア・グライス。遺失技術ロストテクニカ研究会の研究者です」


「どうも初めまして。ドネット・ダスト。問題掃除人協会トラブルスイーパーアソシエーション登録のB級掃除人です」


 挨拶を交わした相手は、いかにも研究者という白衣に身を包み、眼鏡をかけたぼさぼさ頭の男だった。歳の頃は俺と同じくらいだろうか? 予想していたよりもだいぶ若い。


「ドネットさんね。いやぁ本当に助かりました。貴方が運んでくれたあれ、貴重品なんでなかなか研究の順番が回ってこなくて大変なんですよ。今回やっと僕の番になったのに、ここで奪われたりしたら八つ当たりで町が消し飛んでるところですよ。いやぁ良かった」


「は、はあ。お役に立てて何よりです」


 何やら物騒な台詞が聞こえたが、ジョシュア氏なりのジョークなのだろう。隣のマリィちゃんも笑みを崩さないので、間違いなくジョークだ。まあ以後この町に近づくのは必要最小限にしようとは思うが。


「あら、お客様かしら?」


 ふと、俺の耳に聞き覚えのある……そう、とても最近聞いた覚えのある声が聞こえてくる。部屋の奥からやってきたのは……ロープのように編み込んだ輝く金髪を左右に結び、真っ赤なドレスに身を包んだ子供。


「初めまして。私ジョシュアさんの研究に協力している、ジェシカ・スカッドレイと申しますの。どうぞ宜しくお見知りおき下さいませ」


 にこやかに笑うジェーンの姿に、俺は引きつった笑みを浮かべるのが精一杯だった。

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