010
「ここから先はアタシ一人で戦うわ。アンタ達は下がってなさい」
「そんな、お嬢様!?」
「うっさい! アンタ達の怪我だって軽くないでしょ!? あと口調!」
「うっ……しかし……」
「く、ちょ、う!」
「……イエス、ボス……」
ああ、あの口調はやっぱりキャラ作りなのか。まあ素であれは無いよな。
まるで漫才のようなやりとり。だが、見ているこっちは一瞬だって気を抜けない。俺自身は満身創痍だし、マリィちゃんも呼吸の調子からするとおそらく7割ってところだろう。
対するジェーンは腕のかすり傷こそ治っているが、紅血弾を撃ち込んだ肩からは僅かにだが流血が続いている。とはいえ瞳の輝きは本物で、虚勢を張っているようには見えない。彼我の戦闘力を考慮し、間違いなく勝てると踏んでいるからこそ完全より誇りを選んだんだろう。ここから先は、安易な思考誘導も小手先の誤魔化しもおそらく通じない。
「参ったねこりゃ……」
声に出して軽口を呟くことで意識を保ちつつ、俺はできうる限り頭を働かせる。さっきまでだって7割程度の成功率の作戦を積み重ねて拾った勝利だったのに、ここから先は更に辛そうだ。分の悪い賭は嫌いじゃ無いが、勝ち目が無いのはいただけない。せめてあのカプセルが使えるなら回復だけは何とかなるが、前に使ってからの間隔が短すぎるし、そもそも今はストックが無い。用意しなかったのではなく用意できなかったのだから、準備不足を悔やむことすらできない。
「どう? マリィちゃん?」
「ごめんなさい。私も正直、玉砕覚悟で正面から突っ込むくらいしか思いつかないわ」
「そっか……」
となれば、切れる切り札は本当に最後の1つ。だがそれは使わなければ死ぬと解っていてすら使いたくない手段になる。俺一人だけの問題だったら、きっと使わず死を選ぶ。そういう鬼札だ。
依頼なんてどうでもいい。もし仮に負けたら何百万人も死ぬとかだとしても、そんなことのために使う気は無い。でもマリィちゃん……彼女を守るためなら、俺はこの札を切れるだろうか?
マリィちゃんが戦うことを諦めて力なくその場に蹲っているなら、俺は札を切ったかも知れない。でも、彼女はまだ武器を手にしている。あがきであっても、諦めじゃない。なら俺だって……ここで妥協はできない。いい男は、最後まで己を貫くもんだ。
「そっちも相談は終わったかしら? なら早速……と言いたいけど、せっかくドネットが色々見せてくれたんだし、アタシもちょっと面白い物を見せてあげるわ」
黒服二人を背後に控えさせ一人堂々と対峙するジェーンが、そう言って自らの手でスカートをたくし上げる。普段なら口笛のひとつも吹きたいところだが、ちらりと見えた太ももからジェーンが取り出したモノに、俺は本能的に戦慄する。
「どう? 綺麗でしょ? 実はアタシも銃使いなの。もっともドネットのと違って、アタシのは特別製だけどね?」
ドレスと同じ燃えるような紅い銃身を輝かせるハンドガン。うっとりと頬をすり寄せた後、ジェーンはその言葉を口にした。
「接続! 起動せよ『第5の先導者』!」
「イエス、マスター。リンケージ、オールグリーン」
聞き覚えのある人工的な音声が、ジェーンの銃から響いてくる。止めどなく溢れてくる焦燥感に、胃がひっくり返りそうだ。だが、このタイミングが弱点であることは俺自身が良くわかっている。
「マリィちゃん!」
声をかけて3連射。だが、俺とジェーンの決定的な違いが攻撃を通さない。俺は銃が無ければ戦えないが、ジェーンは稲妻の魔法使い。詠唱して威力を上げることはできないだろうが、今まで使ってた無詠唱の稲妻放射は普通に使える。
「肉体同調 接続臨界 30%!」
「オーダー、アクセプト。フィジカルハーモナイズ、リンケージスタート」
ジェーンの体に稲妻の如き青い裂け目が走って行く。その瞳に苦痛の色が浮かび、稲妻の放射がごく僅かに緩む。
その隙を逃すこと無く、爆裂恐斧を盾にしてマリィちゃんがジェーンに向かってひた走る。だがその速度は明らかに遅く、斧の隙間から抜けてくる稲妻が、確実にマリィちゃんの体を貫いていく。
「超加速弾 充電開始!」
「オーダー、アクセプト。ブーストバレット、チャージアップ……2、1、フルチャージ」
斧を振りかぶったマリィちゃんを、ジェーンの渾身の稲妻が押し戻す。10本同時に打ち切った、つまり数秒だが奴は稲妻を使えない。致命的なまでに大きな隙のはずなのに……ジェーンはニヤリと笑うと、銃口を自分の胸に押し当てた。
「我が身を貫け! 『Charge The Lightning』!」
瞬間。目を焼くほどの閃光がジェーンの体で炸裂する。とっさに目を閉じギリギリ光を回避できた俺が再び目を開けたとき、そこにあったのは稲妻そのものになったように、全身を青白く輝かせるジェーンの姿。
「そんなものぉぉぉ!」
崩れた体勢を立て直したマリィちゃんが、爆裂恐斧を振りかぶる。振りかぶって……次の瞬間。その懐にはジェーンが居て、その腹にはジェーンの拳が突き刺さっていた。
「かっ!? はっ……!?」
爆裂恐斧を手にしているマリィちゃんが、ほんの一瞬宙に浮く。すかさずジェーンがその場で稲妻の竜巻となり、輝く裏拳がマリィちゃんを壁面へと吹き飛ばした。
派手な音を立てて壁に叩き付けられたマリィちゃんは、そのまま動かない。ここから見た感じだと、爆裂恐斧の柄での防御がギリギリ間に合ったっぽいけど、口から血が流れてるし、何より目が閉じかけている。どう考えても戦闘不能だ。
不味い。マズい。いくら何でも想定外すぎる。離れたところから見ていただけですら、ジェーンの動きは見えなかった。それでもどう動いたかわかったのは、強すぎる光が残光を残していたからだ。まさに生きる稲妻。正しく――
「なるほど。ライトニング・ジェーンか……」
「そういうこと。もっとも、アタシのこの姿のことを知ってる人はいないわよ? 今のアタシから逃げられる奴なんているわけないもの」
「『逃げられる奴』ね……」
「勝てる奴なんか」とすら言わない。つまりこの状態なら、どんな相手でも勝ち負けを競う土俵には上がれないと確信してるってことだ。実際この状態のジェーンに勝てる奴なんてまずいないだろう。今の俺のままなら、とても勝てない。
「こりゃ本当に詰みだな。見逃してくれ……は通らない?」
「当然。ドネットは運命を感じた人だけど、その程度じゃ見逃せないわ。アタシって冷酷かしら?」
「まさか。今の君は最高に輝いてるよ。眩しくて目が潰れそうだ」
「ふふっ。本当にドネットは面白いわね」
まるで友人と交わすような気安いやりとり。だがそこにあるのは、明確な立場の差。狩る者と狩られる者。少なくとも自力だけじゃ、もうどんな手段を用いても勝ち筋が見えない。
「そうね。このまま殴って殺してもいいけどそれだとドレスが汚れちゃうし、せっかくドネットは特別なんだから、特別なとどめをさしてあげるわ」
まるで愛しい人に贈り物をするときのように微笑んで、ジェーンが再び超加速弾をチャージし始める。俺のと違って、おそらく稲妻の力を用いてるんだろうが……使用条件が緩そうで羨ましい限りだ。
「アタシのとっておき、じっくり味わってね。貫け! 『Charge The Lightning』!」
青く輝く稲妻の弾丸は、違うこと無く俺の腹を貫いた。




