009
「いくぞジェーン!」
あえて声を出しつつ、まずは通常弾を3発。当然全て打ち落とされるが、これは想定内だ。一拍開けて、次の1発。真っ赤な弾丸を特に気にすること無くジェーンが打ち落とし、その瞬間……周囲に真っ白な煙が吹き出す。
「目くらまし? 今更こんなつまらないモノ!?」
ジェーンの稲妻がその密度を下げ、広範囲を適当に攻撃するようになる。だが、その1本にだって当たれば動きが止まり、止まった的になれば瞬く間に黒焦げにされるだろう。だから、俺は通路を進まない。その場で更に通常弾を1発。
「痛っ!? 何で!?」
煙の向こうから、驚き戸惑うジェーンの声が聞こえる。どうやら俺が撃った弾は、何とか命中してくれたようだ。意識を向けさせるための攻撃だからダメージは期待できないだろうが、それで十分。
そして次に、ジェーンの声を聞く前に投擲しておいた硝子瓶がパリンという乾いた音を立てて割れる。これは本来投擲して使う回復薬を入れておくものだが、今は中身を入れ替えてあった。
「冷たい! ちょ、何なのよこれ!? 匂いも何も無い……まさか、ただの水?」
そう、大当たりだ。俺が投げたのは、ただの水入り瓶。いくつかを天井に当たるように投げたので、ジェーンとその周囲は割とびしゃびしゃになっている。そして当然、上から水がかかれば、煙も晴れてしまう。
「……ねえ、まさか濡れたら稲妻が使えないとか思ってる? 流石にそれは馬鹿にしすぎじゃない?」
ジェーンの指先から、さっきまでと変わらず稲妻が迸る。当然それも予想内。間髪入れず次の札を切る。
「穿て! 『The Freezer』!」
放たれる紅い弾丸。さっきの今で警戒してはいても、ジェーンとしては打ち落とさない選択肢は無い。強力な魔法を使う故に、強力な魔法防御力も誇っているであろうジェーンだが、何故か自分の魔力防壁を貫通して銃弾がダメージを与えたのだから、防御的な魔法で防ぐという意識は無い。故に打ち落とさなければならない……そういう思考に誘導してある。稲妻が打ち抜き、銃弾が炸裂し、そして中から絶対凍結の雨が降り注ぐ。水に濡れたモノなら、特に良く凍るだろう。
「……ふーん。これがドネットの切り札ってわけね。確かにびしょびしょのアタシがこれをまともに食らったらヤバかったかも知れないけど……」
シュウシュウと音を立て、再び白煙が立ちこめる。だが、その向こうから姿を現したのは、腕から僅かに血を流し、全身に稲妻を纏ったジェーンの姿。
「残念ながら、アタシには効かなかったみたいね」
「……だな。さっすがライトニング・ジェーン。二つ名は伊達じゃ無いねぇ」
俺は両手を挙げて通路に身を晒すと、全部車両への扉の前に座り込む。背を預け足を伸ばし、どうやってもすぐには立ち上がれない姿勢だ。
「……何のつもり?」
「いやぁ、それを使うの、俺も結構大変でさ。これを切り抜けられたら、俺の負けかなってさ」
「あら、降参するって言うの?」
「ま、そういうことかな。いい男は悪あがきはしないもんだしね」
そう言って、俺は相棒を床に滑らせる。それはすぐに勢いを失い俺とジェーンの中央辺りで止まってしまったが、へたり込んで立ち上がれない俺と遠距離攻撃が出来るジェーンの間では、勝敗を覆すことのない絶対の位置だ。
「ふーん。何だかつまらない幕引きね。まあでも、良く頑張ったって言ってあげるべきかしら? このアタシに身を守らせたんだしね」
「そいつぁ光栄だ」
「まあいいわ。じゃ、ブローチを渡しなさい」
「ああ、いいとも。と言っても、投げたら壊しそうだし、取りに来てくれない?」
「……いいわ。行ってあげる」
ジェーンの目に、一切の油断は無い。最早何も出来なそうな俺から、一瞬だって目線を外さない。真っ直ぐに俺を見つめて……だからこそ、最後の罠に引っかかった。
「わひゃっ!?」
派手に水をぶちまけた。絶対凍結の雨を降らせた。だからこそできた通路の氷に足を滑らせて、ジェーンが転ぶ。その一瞬こそが、本当に最後の勝機。
「再接続 『第2の銀』」
俺の手の中に相棒が戻る。そしてその弾倉には、身を晒す前に作っておいた、ジェーンを捕縛するためのとっておきの1発。
「穿て! 『The Neutralizer』!」
筋弛緩剤を詰め込んだ緋色の弾丸が、体勢を崩して回避のできないジェーンの体に真っ直ぐに突き進む。最後のあがきとジェーンを覆う稲妻の光がまばゆく輝くが、それが防御魔法である以上、純技術産である紅血弾の前には、薄皮一枚の意味すら持たない。
「がぁっ!? ……ぁ……ぅ……」
狙い違わずジェーンの体に吸い込まれた弾丸は、その力を存分に発揮した。とはいえ強力だからこそ効果時間は短い。俺は身動きひとつできなくなったジェーンを捕縛すべく立ち上がって……
「お嬢様っ!」
「きゃあ!」
マリィちゃんの嬌声を置き去りに、腕からかなりの血を流した黒服がジェーンの元に駆け寄ってくる。
「マリィちゃん!?」
「私は大丈夫。それよりジェーンを! アンタは行かせな……ちょっとぉ!?」
俺に声をかけつつ、もう1人の黒服を抑えようとしたマリィちゃんに、そいつは何と大ダメージ覚悟でマリィちゃんの攻撃を腕に受け、そのまま突き飛ばすことでマリィちゃんの体勢を崩し、ジェーンの方へ駆け寄ってきた。結局相手がいなくなったので、マリィちゃんが俺の方へと走り寄ってくる。
「大丈夫? てかどしたの?」
「わかんないわよ。正直かなり押されてたんだけど、ジェーンが倒れた瞬間こっちの攻撃を回避もしないでジェーンに駆け寄るのを優先したみたい」
「なるほどねぇ。忠誠心高いなぁ」
暢気に会話をしてみるが、俺の方は3発撃ってもう限界に近い。一応牽制目的で銃を構えてはいるが、このレベルの敵に戦闘行為と呼べる程の働きはできないだろう。マリィちゃんは健在だが、大ダメージを与えているとはいえ2対1ではまだ分が悪いように思える。即座にジェーンを抑えられなかったのはあまりにも痛い。
「悪かったわね。私が抑えきれなかったから」
「いやいや、俺の方も一杯一杯だったからね。でも、どうしたもんかな……」
ライトニング・ジェーンはA級賞金首のくせに、条件が生存のみだ。何処にどんな伝手があるのか知らないが、殺せない以上弾丸の効果は抑えめにしてある。
「とはいえ、流石にそんなにすぐに回復は……って、おいおい、嘘だろ……?」
黒服Aがジェーンの口に、精緻な細工の施された瓶に入った液体……おそらく高価な回復薬だろう……を流し込むと、何とジェーンがその目を開いた。流石に一人で立つことはできないようだが、ギラギラした視線は間違いなく俺を見つめている。
「げほっ、げほっ……ドネットぉ……やってくてるじゃない……」
「そりゃこっちの台詞さ。そんな怖い目で睨んだら、可愛い顔が台無しだぜ?」
「うっさい! アタシの……アタシの気も知らないで……何も、何も知らないくせに……!」
「そう言われてもね。お互いをよく知る機会をくれるなら、ディナーくらいはお誘いするぜ?」
おどけて言う俺を前に、ジェーンの呼吸が少しずつ落ち着いてくる。え、嘘だろ? 本当に回復したのか? 手札を全部切りきった今戦ったら、正直敗色濃厚なんだが……
内心焦る俺をよそに、ジェーンはにこやかに笑うと、悪魔の宣告を告げた。
「さあ、それじゃパーティを再開しましょうか? ここから先は、アタシも本気よ?」




