005
「そうかそうか。お前があの一発屋か!」
「あの、俺のことをご存じで?」
何故だか急にニヤニヤ笑いになったハゲマッチョに、俺は一応聞いてみる。
「ああ、知ってるぜ。この前ヤった店の女が、お前に抱かれたことがあるって言ってたからな。口は上手いしテクはスゲェけど、一発撃ったらそれっきり! 楽して金が稼げたって、大笑いしてたからな!」
うーん。どの女だろうか……思い当たる相手が多すぎて、全く絞り込めない。いい男過ぎるのも、こういう時は困りものだな。
「そんな情けねぇ奴が、俺のリューに手を出すなんざ百年早ぇ!」
ハゲマッチョが拳を振り上げ、躊躇うことなく俺に向かって振り下ろしてくる。それは狙い過たず、俺の頬をしたたかに打ち付け、俺はその場で吹っ飛んで、無様に地べたに倒れ込む。
「ドネットさん!? 大丈夫ですか?」
吹っ飛ばされた俺に、リューちゃんが慌てて駆け寄ってくる。その様子を、苦々しげに見つめるハゲマッチョ。
「おいリュー、そんな奴……」
「ブランドル様。これ以上何か問題を起こすようなら、警備に通報したのち、しかるべき処置をとらさせていただきますが?」
「っ……チッ。命拾いしたな一発屋。じゃあなリュー。また後でな」
「………………」
うわ、リューちゃんが定型文の挨拶すら返さないとか、初めて見た……今日は初見のことのオンパレードだな。
ハゲマッチョは協会から出て行き、その場に残ったのは、俺とリューちゃんのみ。いや、正確には他にも受付の人はいるし、掃除屋だって何人もいるけど、誰も俺たちと関わろうとはしてないから、実質的にはそんなもんだ。
「大丈夫ですか? ドネットさん」
「ああ、うん。大丈夫大丈夫。この程度、マリィちゃんにお仕置きされるのに比べたら、かすり傷にすらならないよ。いちち……」
心配そうなリューちゃんを手で制して、俺はほっぺたを押さえながら立ち上がる。
「ふぅ。さて、それじゃ悪いけど、登録証の確認してくれる? 依頼の完了と、討伐の確認ね」
「……わかりました。登録証をお預かりします」
なおも心配そうな顔をするも、リューちゃんはキッチリお仕事をこなしてくれる。
うん。やっぱりいい男の周りには、いい女が集まるもんだな。
「確認しました。これが今回の記録になります」
紙媒体で渡される記録用紙には、依頼を完了したことや、それによって支払われた金額、あとは俺が倒したゴブリン1匹分の報奨金のことが書かれていた。内容は問題ないので、俺はその紙を丸めて、足下のゴミ箱に捨てる。
こういう依頼達成の情報みたいなのは、基本的に全部登録証に記録され、こうやって協会に提出する事に、それらが相互に補完し合うようになっている。ただ、登録証自体にはそんな細かい情報を表示する能力が備わってないので、確認出来るのは中に入っている金額だけだ。
つまり、この登録証は身分証の他に財布も兼ねるということだが、これを盗んでも持ち主以外は使えないので、現金を現物で持ち歩かない限り、金を盗まれる心配は無い。
勿論、登録証のセキュリティだって絶対完璧ってことはないんだろうけど、少なくとも俺が知る限りは破られたって記録は無いし、これを破れるほどの奴が、わざわざ現物の登録証を盗んで何かするとは考えづらいので、基本的に心配するようなことじゃないだろう。
とはいえ、無くして再発行をかけると結構な手数料を取られるので、だいたいどんな掃除人も肌身離さず持ち歩くのが常識だ。俺だって、風呂に入るときと女を抱くとき以外は常に持ち歩いている。
俺は登録証に表示される金額を確認すると、リューちゃんにお礼と別れを告げ、協会を後にする。さて、これで後はマリィちゃんと合流するだけ……
「あれ? マリィちゃんて何処にいるんだ?」
あの時、マリィちゃんはマール氏がおすすめする宿に行くと言っていた。つまり、具体的に何処とは聞いてない。そしてこの町には、それなりの数の宿屋があるわけで……
「えぇ……俺試されてる? マリィちゃんの愛が重いぜ……」
「誰の愛ですか誰の」
ゴスッと、俺の頭に爆裂恐斧の元となる、鋼鉄の棒が打ち下ろされる。
「ぐっは!? ちょ、マリィちゃん、それ鉄だから! それで殴られたら普通に死んじゃうから!」
「DDなら平気でしょ?」
「何その無駄な信頼感!? 確かに俺はいい男だけど、そういうのはちょっと違うよ?」
「はいはい。わかったから宿屋へ行きましょ」
「マリィちゃん、俺の扱いだけホント適当だよね」
二人でたわいも無い雑談をしながら、宵闇迫る町中を歩き、宿屋へと向かっていく。
「そう言えば、マリィちゃんってば、リューちゃんに何を仕込んでるのさ? いくら俺がいい男だからって、女の嫉妬はノーサンキューだぜ?」
「それ以上言うと、革の鎧装備のジュニアが、首無し騎士に進化するわよ?」
「え、それ死んでるよね? 絶対進化じゃないよね?」
くだらないこと、たわいも無い会話は、賑やかな町の喧噪のなかに、これ以上無いほど溶け込んでいった。




