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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第四章 稲妻の大怪盗

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006

 夜が明けて、翌日の朝。必死にあくびをかみ殺す俺の目の前には、タップリ眠って元気いっぱいであろうマリィちゃんと、何故かウルーノ氏がいる。どうせ食事は保存食なのだから朝食は後にして寝ようとしたところに「食事をご一緒しませんか?」とやってきたのだ。断っても良かったのだが、例の保存食をまた出してくれるとのことだったので乗ることにした。こういう状況でなければそろそろ打ち解けていたかも知れないが、今の流れでは警戒心ばかりが強く働く。まあそれが眠気覚ましに丁度いいと言えなくも無いのが幸運ではあるか。


「おや、ドネットさんは随分と眠そうですが……ひょっとして枕が変わると眠れないタイプですかな?」


 冗談めかして言うウルーノ氏に、俺は曖昧な笑みを返す。野宿も上等な掃除人にそんなタイプはいるわけない。なので俺も小粋なジョークで返したいところだが、流石に頭の回転が鈍っているのか、うまい返しが思いつかない。


「いやいや、俺の抱き枕はもうずっと変わってませんから」


「おっと、それはまた仲の宜しいことで」


 なので、俺の今ひとつ切れの悪い返しに、ウルーノ氏もまた曖昧な笑みを返し、マリィちゃんは呆れた視線を投げてくる。


「あのねぇDD? 私貴方と寝ていると思われること自体は別にどうでもいいけど、流石に他の女と密会していたのを誤魔化す材料にされるのは気分が悪いわよ?」


「おやおや、ドネットさんは随分おもてになるようですね?」


「いえ、そんなんじゃありませんよ。夜にちょっと、見知らぬお嬢さんに声をかけられましてね。後部車両に戻っていったので、ウルーノ氏はご存じでは? えっと……あれ……?」


 おかしい。誰かに会ったことは覚えているのに、それがどんな人だったのかが、意識に霧がかかったかのように思い出せない。ぼんやりと浮かぶシルエットから、個人を特定する特徴が何一つ拾えない。


「……DD?」


「申し訳ないウルーノ氏。どうやら少し調子が悪いらしい。悪いんだけど朝食は……」


「そういうことでしたら、仕方ありませんな。こちらは2つ差し上げますので、後でお二人で召し上がってください。それでは、どうぞご自愛を」


 いぶかしむマリィちゃんをよそに俺がウルーノ氏に告げると、彼は思いの外素直に引き下がり、テーブルには例の保存食が2つ。


「どうしたのDD? 大丈夫?」


「うーん。大丈夫……とは言い切れないな」


 たかだか一晩不寝番をした程度でボケるほど、俺も素人じゃない。つまり、これは何らかの外的要因によるものだ。


「マリィちゃん。昨日の夜に俺が会ってた人のこと、覚えてる?」


「あのお嬢ちゃんのこと? 覚えてるけど……それがどうかしたの?」


「俺の記憶の中で、その娘のイメージが完全にぼやけちゃってるんだよ。それこそ、人間の女の子、くらいの特徴しか覚えてない」


「それは妙ね」


 俺の言葉に、マリィちゃんの眉間にしわが寄る。


「DDが口説いた女性の事を覚えてないなんて、いくら何でも不自然すぎるわ」


「いや、だから口説いたわけじゃ……」


「口説いたっていう記憶はあるのね?」


 確認されて、俺は改めて昨夜のことを詳細に思い出そうとする。一つ一つ丁寧に脳内のページをめくっていき――


「うん。そうだね。俺の行動は全部はっきり覚えてる。ただ、相手の姿形も、声も台詞も覚えてない。完全に忘れさせられてるって言うよりは、思い出せないようにぼんやりと焦点を誤魔化されてるみたいな感じ?」


「……なら、認識阻害系の何か、でしょうね。私に効かなかったのは、警戒中だったから違う目で『視た』からかしら?」


「お、さっすがマリィちゃん。それなら一応、不意を打たれることだけは無さそうだね。でも、認識阻害かぁ」


「微妙なところよねぇ」


 認識阻害系の魔術(マギ)技術(テクニカ)は、実は意外と使われることがある。貴族や富豪の子女というのは当然常に誘拐なんかの危険にさらされるので、護衛の目が行き届かない場所に出向く場合や、人によっては日常的に使っている奴らすらいる。

 当然それはバレたら問題になるわけだが、そんなものを用意して普段使いできるほどの金持ち・権力者は当然公権力にもコネがあるので、訴えてももみ消されるのが普通、場合によっては訴えた方が酷い目に遭うことすらある。


 そして、今回それを使っていたのは、最低でも魔導列車に乗れるくらいの金持ちの娘なので、認識阻害系の魔法や道具を使っていても一応不自然ではない。つまり、俺たちだけに認識されたくなかったのか、誰にも認識されたくなかったのかの違いが判別できないのだ。


「ウルーノ氏といいお嬢さんといい、何でこのタイミングかねぇ……」


 場所は魔導列車という逃げ場の無い閉鎖空間。抱えているのは貴重品と言われている謎の荷物と、俺自身の秘密。周囲にいるのは匂い立つほど怪しいのに、敵だと断定出来ない奴らばかり。魔物だったら狩れば終わりだが、人間相手じゃ俺たちに出来るのはただ待つことだけ……これじゃストレスが溜まって仕方が無い。


「ふぅ……あ、マリィちゃんこれどうする? 食べる?」


「そうねぇ。美味しかったけど、状況からすると食べない方がいいんでしょうね……」


 この列車に乗ってから、明確にいつもと違うことがあるとすれば、この保存食を食べたことだ。持って帰ってリューちゃん……ギルドに分析を頼むまでは、口にしない方が賢明だろう。

 テーブルの上の保存食を2つともハンカチに包んで、マリィちゃんが腰の鞄にしまい込む。その時ほんの少しだけ残念そうな表情を見せたけど、いい男はそんな野暮な追求はしない。


 その後俺は寝不足を解消するべく眠りにつき、目覚めた時には夕方だった。隣に目をやれば、窓から差し込む夕日に染められたマリィちゃんが本を読んでいる。その知的な横顔は実に魅力的だったけど、いい男はレディの横顔を黙ってじっと見つめたりはしない。


「おはようマリィちゃん」


「おはようDD。随分良く眠ってたわね?」


「あー、うん。思ったより疲れてたのかも。でも、これだけ眠ってこの時間に起きたなら、夜の番はむしろ楽だと思う」


「そう? なら良かったわ。私は夜はゆっくり寝たいもの」


 小さく笑ってマリィちゃんが手にした本をしまい込むと、俺たちは味気の無い保存食で夕食を済ませた。ウルーノ氏が顔を見せないことに逆に安堵し、懐から依頼品を取り出してチェックも済ませる。周囲の人の迷惑にならないよう気をつけつつ、立ち上がって通路に出て、軽く体をストレッチ。椅子に座り続けたせいでバキバキに固まった関節が伸びて気持ちがいい。ひとしきり体操を終えれば……あとはもう、特にすることがない。


「あー、俺も本とか調達してくれば良かったかなぁ」


 魔導列車に乗れるというだけでテンションのあがっていた俺と違って、乗り込めば時間を持て余すだろうと見越して本を調達していたマリィちゃんを見て、俺は思わずそうこぼす。


「あら、DD本なんて読むの?」


「こういう時なら読まないって事は無いよ? 幅広い知識は、色んな事に使えるからね」


 主に女性を口説くときに、とは口にしない。


「ちょっと意外ね。なら、私が寝てる間は貸してあげましょうか?」


「あ、そう? じゃ、ありがたく借りることにするよ」


 そんなやりとりを終えて、その日の夜は約束通りマリィちゃんから本を借りた。各地の伝承や古い言い伝えなんかをまとめた感じの内容は、有名所から聞いたことの無いマイナーな物まで揃っていて、意外と読み応えがあった。


 そうして夜が明け、また新しい日が昇る。目的地まであと1日半。つまり……ここからが本番ってことだ。

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