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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第四章 稲妻の大怪盗

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005

 淡い光に照らされた車内で、俺は一人、窓から星空を眺めていた。品物の輸送が、その実品物の護衛である以上、二人一緒に寝るわけにはいかない。ちょうど考えたいこともあって、俺はマリィちゃんを先に休ませて早番の見張りを請け負ったのだ。


 懐に手を入れ、ブローチを取り出す。流石に薄暗い車内で箱を取り出すのは目立って仕方が無いのでやらないが、それでもひとしきり手の中でブローチを転がしてから、再び懐の奥深くへとしまい込む。


 俺が運んでいるこの箱には、何が入っているんだろうか? ウルーノ氏は俺のことを知っているのだろうか? そのどちらも、考えたところで答えの出ない問題だ。そもそも、ウルーノ氏との出会いもあの問いも、完全に偶然の産物という可能性だって否定しきれない。権力者や金持ちが不死やら不老やらを求めるのは、あまりにも良くある話すぎる。故にそれなりに成功してる商人が、自らの野望や出世など、いかようにも使えるそれらを求めるのはごく自然なことなのだ。


 それでも、考えずにはいられない。マリィちゃんと交代するまで眠るわけにはいかないんだから、考える事があるのはむしろ僥倖ではあるけど、どうせならもっと楽しいことを考えたかった。せっかく初めて乗った魔導列車だというのに、俺の気分はノリきれないままだ。正直、乗る前に列車を見たときが一番テンションが高かった気さえする。せめて素敵なレディーと会話でも出来れば違うんだろうけど、マリィちゃんを除けば列車に乗ってからはウルーノ氏としか話をしていない。もう少し潤いが……


「いい夜ね」


 そんな俺の願いが通じたのか、背後から女性のものと思われる声がかけられる。

 驚いたりはしない。普通に足音を立てて歩いてきたのだから、気づかないわけがない。俺が振り向くと、そこにはロープのように編み込んだ輝く金髪を左右に結び、真っ赤なドレスに身を包んだ少女が立っていた。少女の護衛だろうか? その背後には、真っ黒な服に身を包んだ巨漢の男が2人付き従っている。


「そうだな……随分遠くまで星が見える。列車の中だから暑さも寒さも関係なく、羽虫も寄ってこないって辺りも踏まえれば、まさに最高の夜だ」


「なにそれ。アタシのこと馬鹿にしてるの?」


「おいおいお嬢さん。何でそうなるのさ?」


「だって、暑いだの虫だの、ロマンチックな感じが全然無いじゃない! こんな素敵なレディーを前にして、口説こうって気がないわけ!?」


「そう言われてもなぁ……」


 鼻息荒く口をとがらせる少女に、俺は苦笑いで答える。成長すれば美人になりそうな素養は十分だが、今現在12歳くらいであろう少女は、流石に俺の守備範囲とはかけ離れすぎている。


「……可愛いって言ったくせに……」


 少女が口の中で、ごにょごにょと何かを呟く。女がよく使う「聞かせるための呟き」と違って本当に聞こえなかったので、俺としても対処のしようが無い。だが、何だかご機嫌斜めであることくらいはわかる。いい男なら、例え相手が少女であっても、その機微くらい理解して当然だ。


「失礼。わたくしドネットと申します。お嬢さんのお名前を伺っても?」


「……ジェシカよ」


「OK、ジェシカ嬢。それでは、しばしそのままご覧ください」


 そう言って、俺は腰の鞄から一本の石筆を取り出す。押し当てて動かすと一定時間その軌跡が光を放つという、本来は探索中の一時的な目印などに使う道具だが、俺はそれを列車の窓に当て、素早く絵を描き始める。


 満天の星空をキャンバスに俺の指先が光を走らせ、夜空の黒を引き裂いていく。それは曲がり、くねり、折り重なって、やがて何も無かったその場所に、俺は見事な輝く薔薇を産み出した。当然、サインも忘れない。「ドネットからジェシカへ」。文字の最後にピリオドを打って、俺はジェシカ嬢へと振り返った。


「……綺麗……」


「素敵な貴方に出会えた記念を、心と記憶に贈ります。私の育てた光の薔薇を、受け取っていただけましたか?」


 綺麗な光景に心奪われているであろうジェシカ嬢に、俺は最後の一押し。優しく微笑み言葉をかければ、ドネット流「何も持ってない時の女性の喜ばせ方:真夜中編」の完成だ。


「……あっ!? ま、まあまあ! まあまあね! まあまあだけど……うん、すごいロマンチックだった。あの……あ、ありがとう……


 あ、アタシ、もう寝るわ! 夜更かしは美容の大敵ですもの! じゃあね、ドネット。お休みなさい」


「ああ、お休みジェシカ嬢。良い夢を」


 顔を真っ赤にしたジェシカ嬢は、フンと鼻を鳴らしてから、ズンズンと大股で後部車両へと歩き去った。ふむ、あっちにいる子なのか。ウルーノ氏といい、後部車両は濃い人物が多いんだろうか……


「……DD。あんな子供まで口説くとか……貴方本当にそういう人だったのね……」


「あ、マリィちゃん起きてたの? てか違うよ? 口説いてないよ?」


「知らない人が近くにいたら、当然起きるわよ。というか、あの行動あの台詞で、口説いてないって言い張れると本気で思ってるの?」


 ジト目のマリィちゃんに、俺はひたすら首を振る。ああ、何か前もこんなことがあったような……そして前も、同じようなことを疑われた気がする……


「あんなの口説きに入らないって。口説くつもりなら、台詞とかちゃんと変えるしね。あ、ひょっとして聞きたい? 聞いたらきっと惚れちゃうよ?」


「この流れで聞かされたら、呆れる以外の感想は出そうにないわね……まあいいわ。とにかく事案だけは辞めてね。元相棒(パートナー)が少女趣味の変態で犯罪者なんて、考えるだけで怖気が走るもの。あと、この絵眩しいからさっさと消して」


「元とか言わないで!? 絵は消すけど」


 毛布代わりにしていたマントを頭から被り直したマリィちゃんに抗議の声を上げつつ、俺は石筆の反対側で窓を擦って光を消す。放っておいてもそのうち消えるけど、こっちで擦ればすぐに消えるのだ。


 数分かけて絵を消せば、列車の中には再び静寂が戻ってくる。マリィちゃんとの交代の時間まであと1時間くらいだけど、さっきの騒動で起こしちゃったからもうちょっと時間が延びる可能性もある。まあ今は座ってるだけで移動している状況だから、朝食を食べてから2度寝しても大丈夫という素晴らしい環境なので、そこは問題無いだろう。


 それにしても、さっきの娘は結局何だったんだろうか? かなり高価な服を着てるようだったけど、個室じゃなく後部車両に行ったってことは、貴族じゃないんだろうか? 何にせよ初対面・・・の男に自分から声をかけてくるとは、随分と豪儀な娘だ。将来はマリィちゃんみたいな女傑になりそう。俺のいい男センサーによる鑑定では、胸のサイズもマリィちゃんより……


「……DD?」


「うぉっ!? な、何!?」


 不意に声をかけられ、俺の体が小さく跳ねる。見れば、氷のように冷たい視線を向けてくるマリィちゃんがいて……


「もぐわよ?」


「いや、あの、マジすいませんでした。勘弁してください……」


 しばし、視線と視線が交差する。ただし力関係は一方的だ。俺はただ押されるだけであり、押し返せる要素は微塵も無い。そのまま僅かな時間が過ぎて……何も言わずにマントを被り直したマリィちゃんに、俺はホッと胸をなで下ろす。だが、これでたぶんもう、今夜は見張りを変わっては貰えないだろう。


 もうすぐ眠って終わりだったはずの俺の夜は、長く長く続くことになった……

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