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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第四章 稲妻の大怪盗

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004

 その後数時間ほどは、俺とマリィちゃんは静かな時を過ごした。ちょっとした雑談をしたり、やっと変化が出てきた窓の外の景色に軽くはしゃいだりして見せたり・・・・もしたが、特に何かが釣れるわけでもなく時間は経過し、そろそろ夕食という頃。


「やぁどうもお二人とも。そろそろ夕食時だと思いますけど、一緒にいかがですか?」


 相変わらず見た目だけの笑みを貼り付けたウルーノ氏が、俺たちに声をかけてきた。


「一緒にですか? 俺たちは保存食で済ませてしまおうと思っていたんですが……」


「ええ、ええ、そうでしょう。個室ならともかく、一般車両では火を使った調理は出来ませんから、こんな豪華な列車に乗っているというのに、食事は保存食というのが一般的だと思います。が、実は私の商会では、こういう物を扱っておりまして……」


 そう言って氏が懐から箱を取り出し、さらにその中から赤や緑の絵の具を適当に練り混ぜたような色の、小さな四角い何かを取り出す。


「それは?」


 流れからして、食べ物なのだろうけど……控えめに言っても美味そうには見えない。そもそもただ囓るだけでもちょっとしたチャレンジ精神が必要な感じだ。

 だが、そうやって眉根を寄せる俺の顔を見て、さも愉快そうにウルーノ氏は笑う。


「ふっふっふ。その顔もこれを見ていただければきっと変わりますぞ? っと、その前にカップと湯差しを持って参りますので、少々お待ちください」


 そう言って、座席の背もたれの一部分を引き倒すことで出てくるテーブルの上にソレを置き、ウルーノ氏がその場を離れる。要するに、調べる時間をくれるってことだ。飲食は決して避けることが出来ず、それでいて容易に致命傷に繋がる事をきちんと理解しているからこその行動であり、そう仕向けてくるならコレに変な物が含まれている可能性は低い。が、そういうものとは全く別の話として、見たことも無い食料? に対する興味は当然ある。


「……思ったよりずっと軽いな。カップと湯ってことは、湯につけてふやかして食べるのかな?」


「そうじゃない? 保存用の黒パンみたいなものかしら。まあ、自信満々で出すからにはあれと同じ程度の味ってことは無いと思うけど」


 保存食としての黒パンは、これだけ文明が発達した現在でも未だに存在する。竜によって空が閉ざされ、魔物によって陸路の安全も確保出来ない以上、長距離長時間の移動はごく普通に想定されるものだ。金さえかければ魔術(マギ)技術(テクニカ)でどうとでもなるが、運べる量も維持出来る鮮度もかけた金に比例するのだから、特に何もせずとも月単位で保存の利く黒パンは、そもそも金持ちなどまずいない旅人に取って、懐に優しい定番の保存食なのだ……まあ、当然味はお察しだが。


「いや、お待たせして申し訳ない。それでは、いきますぞ?」


 魔導列車に据え置きの湯差し……そこに付いた魔石を動力にして、中の水に直接熱を加えて湯にする水差し……とコップを3つ手に持って戻ってきたウルーノ氏が、そのうち2つに俺たちがテーブルに戻したソレを入れ、湯差しから湯を注ぐ。すると、四角い塊がみるみるうちにほぐれていき、できあがったのは……野菜のスープと思われる物だ。


「おぉぉ……こりゃ凄い」


 目の前で起きた不思議な現象に、俺は思わず感嘆の声を漏らす。ウルーノ氏に促されるまま、カップのスープに口をつけると――


「うわ、美味いな」


「本当。これは美味しいわね」


 湯で戻しただけとは思えない、しっかりとした味の付いたスープ。野菜も若干しおれてはいるが、それでも十分歯ごたえが残っているし、味だってちゃんとある。干し肉の戻し汁のような「味の付いた湯」程度を想像していた俺としては、これはちょっと衝撃の味だ。それはマリィちゃんの方も同じだったらしく、彼女の顔にも珍しく素直な驚きの表情が見える。


「どうです? ちょっとしたものでしょう?」


「ああ、これは凄いですね。あの小ささで保存が利いて、湯で戻すだけでこの味だったら大流行するんじゃ?」


「そうね。問題があるとすれば……値段かしら? これ、高いんじゃ?」


「いやいや、痛いところを突かれますな」


 自慢げだったウルーノ氏の顔が、マリィちゃんの指摘に苦笑いになる。なるほど、値段が高いとなればなぁ……それでも金額によっては2つ3つくらいなら欲しいけど。


「確かに、これは我が商会の独占商品なのですが、製造工程に高度な魔術(マギ)技術(テクニカ)を応用しておりまして、値段は少々張りますが……それでも、長旅のなかでのたまの贅沢、くらいには抑えられておりますので、なかなか好評なんですよ? 1つにつきこのくらいで、密閉した箱に入れておけば数ヶ月は持ちますから」


 提示された金額は、保存食としてはかなり高い。が、確かに長旅で美味い物が食いたいって時に出せない程の金額でもない。張り込めるギリギリを見極めてる辺り、流石名うての商人ということなんだろう。


「これなら、2つくらい欲しいな」


「そうね。私も3つくらいまでなら買いたいわ」


「これはこれは、ありがとうございます。とはいえ、流石に今お売り出来るような状態では持っておりませんので、町に着いたら是非腹黒商会へお寄りください。その時は融通させていただきますので」


「おお、そりゃどうも。いやぁ、この分だと他にも色々面白そうな物扱ってそうですね。普段はどんな物を商っているんで?」


 ここでひとつ、探りを入れてみる。どう答えるかは……まあ、お手並み拝見だ。


「そうですな。扱う商品自体は多岐に渡りますが、大きな商いとなると、やはり食料関係が中心になります。どんな場所でも必ず一定の需要が定期的にあり続けるというのは、安定して利益を出すにはうってつけですからな」


 ふむ。無難な答えだな。これは時間がかかりそう――


「ですが、商売とは別の……まあ趣味と言いますか、お金を出して情報を集めている物もあります。B級の掃除人であれば、何かご存じありませんか?


 不死や、再生の力について」


 ウルーノ氏の目に、初めて本物の力が宿る。奴はカードを切ってきた。だが、だからこそ俺は思考の方向を見失う。

 再生と言われて俺の頭に浮かんだのは、当然俺自身のことだ。魂から体を再生できるあの技術(テクニカ)は、この世界においても最高レベルの「再生の力」だろう。

 つまり、こいつはそれを知っている? 運んでいる荷物じゃなく、俺がターゲットになっている? あるいは、運んでいる荷物が不死や再生に関わるような物なんだろうか? 増えた情報があまりにピンポイント過ぎて、俺の中で答えが出せない。


「不死や再生……と言われても、漠然としすぎじゃないかしら? 高度な再生魔法を使える人の知り合いとか、魔物である不死族アンデッドの研究者を探してるとかじゃないんでしょう?」


 思わず黙り込んでしまった俺をフォローするように、マリィちゃんが問い返してくれる。だが、それに対するウルーノ氏は、首を横に振るだけだ。


「ええ。魔物は勿論違いますし、既存の方法の使い手を探しているわけではありません。もっとこう、未知の魔術(マギ)技術(テクニカ)、未発見の遺跡、あるいは失われた知識や見解……そういうものを探しているのです。周囲の者には趣味に無駄金を使いすぎだと責められたりもするのですが、いやはや浪漫の追求というのは、いくつになっても辞められないものでして……」


 そう言って照れ笑いをするウルーノ氏の表情は、既に貼り付けた笑顔に戻っていた。ならば、俺が何も知らないスタンスを貫く限り、この場でこれ以上の進展はもう無いだろう。


 結局その後はまたも当たり障りの無い話をして、ウルーノ氏は後部車両へと戻っていった。そして日が暮れ、車両の中に明かりが灯り……初めての夜が訪れる。

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