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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第四章 稲妻の大怪盗

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003

「……っと、失礼しました。俺はドネット・ダスト。問題掃除人(トラブルスイーパー)です」


「同じく、問題掃除人(トラブルスイーパー)のマリィ・マクミランです。腹黒商会とは、また随分思い切ったお名前ですね」


 よそ行きの笑みを浮かべるマリィちゃんに、ウルーノ氏もまた上辺だけっぽい笑みを返す。マリィちゃんの美貌にほだされないとは、なかなかのやり手か、もしくは巨乳派かのどちらかだろう。


「はっはっ。良く言われます。ですが、この名前であれば、聞けば絶対忘れないでしょう? 商談に関しても名前から警戒されることは多いのですが、そこで誠実な取引を行えば、返って良い印象を残せるんです。

 それに、商人にとって腹黒と呼ばれるのは、決して悪いことではありません。自分の利益を追求するなら、相手の利益をこそ追求しなければなりません。故に関係の無い第三者から腹黒と呼ばれるのは、むしろ名誉なくらいですよ」


「ほほぅ。相手の利益を、ですか?」


「ええ、そうです。商売というのは相手がいなければ成り立ちません。自分の懐で金貨をお手玉したところで、増えたりはしませんからな。そして、相手が持っている以上のお金を得ることもできません。取引相手が大きく強い存在であればあるほど、自分が得られるお金も大きなものになります。

 そして何より重要なのが、相手に対して利益を提示できることです。自分より大きく強い相手に寄生しておこぼれを狙うようでは、全てを搾り取られておしまいです。常に利益を提示出来る存在だからこそ、自身もまた相手から正当な利益を享受できるのです」


「それはまた……独特なやり方ですね。私は商人ではないので聞きかじりの知識ですが、自らの商会を大きくすることを最優先とし、自分より小さな相手を取り込むことで利益を生み出すのが一般的だと伺ったのですけど」


「無論、それも1つの手法です。ですが、小さく弱い相手を複数従えるというのは、それはそれで手間なのです。小さな相手は産み出す利益も小さいですから、どうしても数を揃えねばならず、それを管理する人材も必要になります。そうなれば大量の人件費が必要になりますし、何より信頼出来る有能な人材を複数集める、というのはお金を集めるよりもずっと難しい。

 なので私どもとしては、少数であっても代わりが聞かない程の有能な人材を用いることで立場を確保し、あえて大きな商会の風下に立つことで問題が生じたときに矢面に立たされる危険を回避し、その状況で得られる最上の利益を追求する、という方針でやっているのです」


「なるほど。それで魔導列車に乗れるほどの稼ぎのある商会なのに、名前を聞いたことがなかったってことですか」


「ええ、そうですね。それなりに力のある商人の間では名も知れていますが、一般の方にはほとんど知られていないと思います。それもまた「大金を稼ぐ商会として襲われる可能性」を下げるためには、有用なことですから」


 ウルーノ氏の持論に、俺は素直に感心する。勿論万人が同じ事をして成功するやる方では無いのだろうけど、実際に魔導列車に乗れているのだから、彼の商売はうまくいっているのだろう。


「ということは、個室ではなく一般車両に乗ったのも、あえて目立たないためとかなんですかね?」


「それは、まあ……そこまでの稼ぎではないというか……」


「DD、貴方……」


「あ、いや、すいません。失礼をしまして……」


 笑みはそのままで言いよどんだウルーノ氏と、呆れたジト目で見てきたマリィちゃんにタジタジになりつつ、俺は謝罪の言葉を口にする。いい男特有の洞察力の深さが、今回は裏目に出たらしい。


「お気になさらないでください。実際まだまだこれからの商会ですし、魔導列車だって乗るのは今回が初めてですからな。駅で車体を見たときは、遂に自分もこれに乗れるくらいの人物になったのだと、柄にも無く感動してしまいました」


「ああ、それはわかります。外見の迫力というか、魅力というか、凄いですよね」


「ええ、ええ。あの力強い形、美しい光沢、一切の無駄の無い機能美に溢れた外観は、何ともこう魂をくすぐられる感じですな」


「おお、わかりますわかります!」


「ただ、それだけにこの窓から見える景色には、ちょっとガッカリしたというか……もう少し速さとか力強さを堪能できるようなものであったら、更に感動もひとしおであったろうなぁと思います。それ故に思わずドネットさんに声をかけてしまったわけで」


「あぁ、そういうことですか! もうちょっとだけ浪漫が欲しいですよねぇ」


 その後も、俺とウルーノ氏は魔導列車にかける男の浪漫について長々と語り合った。退屈そうにあくびを浮かべていたマリィちゃんには悪いが、これはもう美人のお姉さんに声をかけるのと同じくらい、男としてのさがなので仕方が無い。いい男は、いつだって少年の心を忘れないものなのだ。


「ふぅ。話していたら、喉が渇いてきましたな。水を持ってきますが、お二人はどうされますか?」


「ああ、じゃあ持ってきて貰っても?」


「私もお願いして宜しいかしら?」


「勿論です。では、少々お待ちください」


 商人としての癖なのか、軽く頭を下げてウルーノ氏が立ち去る。その間に軽く周囲の気配を探ってから、懐のブローチの感触を確かめる。すぐに戻ってくるだろうから流石にこれ以上の確認はできないが、今はこれで十分だ。


「お待たせしました。では、こちらをどうぞ」


 差し出されたコップを受け取り、俺は喉を鳴らして一息にコップの水を飲み干す。対してマリィちゃんは、女性らしくチビチビと口をつけるだけだ。


 その後もしばらくウルーノ氏と会話をし続け、30分ほどしたところで会話は終わり、ウルーノ氏は自分の席があるという後部車両の方へと消えていった。

 その姿を確認し、通路に立って見送っていた俺は席に座り直すと、改めて一息ついて自分の体を確認し始めた。


「どう?」


「うーん。特に問題無い感じかな? 遅効性の睡眠薬とかならまだわからないけど、身振り手振りも交えてあえて薬が回りやすくなるように激しく動いたけど、今のところは何ともないね。そっちは?」


 俺の言葉に、マリィちゃんは口からあめ玉のような青い石を指でつまみ出し、しげしげと眺めながら答える。


「こっちも特に変化は無さそうね。まあ、頼んだからって絶対に口にするとは限らないんだから、言い訳の付かないような強力な毒や薬は使わないでしょうし、であれば大丈夫でしょ」


「なら、とりあえずは安心かな……うん、こっちも大丈夫」


 懐からブローチを取り出し、一連の手順を持って箱の存在を確認し、すぐにまた懐にしまう。流石に初日で仕掛けてくるほど拙速ではないのだろう。


「今のおっさん、無関係な一般人だと思う?」


「微妙なところね。商会の会頭というならポーカーフェイスくらいは身につけていて当然だし、魔導列車の料金を考えれば、護衛がいないのも不自然とまでは言えない。ただまあ……腹黒商会は無いわよね」


「だよねぇ。腹黒商会はなぁ……」


 一周回って怪しくないという考え方もあるけど、だからといって素直に信用できるほど、俺たちは綺麗な世界では生きていない。少なくとも初めて・・・接触を持ってきた相手である以上、注意することは必要だ。


「のんびり列車の旅ってわけにはいかなそうだなぁ……」


 気を張りながら話し続けた疲れを少しでも癒やすため、俺はゆっくりと背もたれに体を預け、小さく息を吐いた。

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