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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第四章 稲妻の大怪盗

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002

 目の前に少女の顔に、どことなく見覚えがある気がする。だが、あくまで「気がする」だけだ。その記憶に繋がる道だけ・・が、まるで霧に煙ったように繋がらない。


「ちょっとアナタ、初対面レディーの顔をじろじろ見るなんて、失礼じゃなくて?」


「おっと、こりゃ失礼。可愛らしいお嬢さんだったので、つい見とれてしまいました」


 少女とはいえ立派な女性だ。通路の真ん中で立ち止まったことも含めて、全面的に俺に非がある。俺が頭を下げて道を譲ると、少女はフンと鼻を鳴らして、おつきの2人と一緒に俺の目の前を歩き去って行った。


「何やってるのよDD。さっさとこっちにいらっしゃいな」


「ごめんごめん。お待たせマリィちゃん」


 先に乗って席に着いていたマリィちゃんに呼ばれて、俺は慌てて彼女の隣に座る。座席は二人がけの長椅子が左右に1つずつ、進行方向正面を向いて並んでいる形で、俺は右側中央付近の座席の通路側だ。


「にしても、思った以上に人がいないね」


 まだ発車には時間があるけど、それにしたって座席はガラガラだ。40人分の座席のうち、俺たちを除いた乗客は4人だ。後ろにもう1両あるからそっちにも人は乗ってるだろうけど、そっちだけギッチギチに乗っているというのも考えづらい。さっきのお嬢様は後ろの車両に行ったようだから、最低でも9人は乗っているとはいえ、乗車率が1割ちょっとってのはいかにも少ない。


「魔導列車に乗るのなんて、大抵は貴族か大商人ですもの。個室の方がメインで、一般車両こっちは予備みたいなものよ。一応一般人にも乗れる余地を残してますよっていう、連合議会の言い訳のためにあるようなものだもの」


「うぉぅ、マリィちゃん辛辣だね。まあ実際そんなもんだろうし、その一応の言い訳のおかげで俺たちも乗れたんだからいいんだけどね」


 軽く笑って答えつつ、俺は懐から青い石の付いた小さなブローチを取り出す。本来なら胸にでも着けるべきであろうそれを手のひらにのせ、中央の石を指先でポンと叩けば、石から淡い光が溢れ、ブローチの上に茶色い小箱が浮かび上がった。

 これこそが、今回の依頼の品。小箱にはごつい南京錠がかかっていて、鍵を持ってない俺には開けられないので中身は不明。とはいえ、この箱に入っている限り滅多なことでは壊れないというのはありがたい。

 しかも、この箱自体をさらに空間収納系の魔法が付与された石の中に納め、それをブローチにカモフラージュして運ばせるという徹底ぶりだ。ここまで厳重にするとか一体どんな貴重品が入っているんだろうと興味は湧くが、協会を通している以上違法な品では無いだろうし、万が一そうであっても俺たちに責任は発生しないので、それ以上は気にしない。俺は再び石を叩いて箱を収納すると、懐へとブローチをしまい直した。


「うん。荷物も問題ないね」


「……この定期チェックって、正直どうかと思うのよね。貴重品を持っていることを見せびらかすとか、盗んでくれって言ってるようなものじゃない?」


「うーん。どっちもどっちだと思うけどなぁ。『気づいたら無くなってました』が最悪なのは間違いないし、そのうえで襲ってくる相手がいたら撃退できるように高ランクの掃除人に依頼したんだし」


 ただ運ぶだけなら掃除人なんて雇う必要は無い。それどころか、魔導列車に単純に「貨物」として乗せればいいだけだ。だが、この依頼主はそれを許容できなかった。知らないところで盗まれる可能性を最大限に排除し、そのために運び手が襲われるリスクが増すことを承知で掃除人を雇うという選択肢を選んだのだ。

 そして、俺たちはそれを承知で依頼を受けた。自分から危険に突っ込んでいくのは馬鹿だけだが、必要な危険を背負えないなら掃除人なんてやるべきじゃない。自身の安全や生命を金で切り売りする、それもまた問題掃除人(トラブルスイーパー)という仕事の、偽らざる一面だ。


「まあいいわ。正面から襲ってきてくれるなら、むしろ対処し易いしね。ただ、スリにだけは気をつけてよ?」


「わかってるって。心配性だなぁマリィちゃん。ひょっとして惚れちゃった?」


「惚れてないわよ。依頼失敗の違約金だって大概なのに、空間拡張の魔法道具(マジックアイテム)まで賠償させられることになったら、冗談じゃなく人生が終わるってことを理解してくれているなら、私から言うことは何も無いわ」


「わ、わかってるって。大丈夫だよ」


 運んでいるのが依頼品じゃなく俺たちの人生そのものだと言われると、若干懐が重く感じないこともないけど、仕事なんだから責任を背負ってるのはいつものことだ。とはいえ……


「ねぇ、マリィちゃん。『失敗したら死ぬ』より、『失敗したら一生タダ働き』の方が嫌だと感じるのって、何でだろうね?」


「知らないわよそんなこと……まあ一応同意はしてあげるけど」


 心底どうでも良さそうな顔をしつつ、それでも答えてくれるマリィちゃんの愛の深さに感動しつつ、俺は椅子の背もたれに体を預ける。一般車両とはいえ座席の質は極めて高く、ふかふかでありながら沈み込みすぎない適度な固さで体を支えられ、俺は思わず感嘆の息を漏らす。


「ふぅ……やっぱり高い椅子は違うね」


 これから3日ほど過ごすこととなるその感触を確かめて、俺は独りごちる。そう、もう少しして列車が走り出せば、目的地に着くのは3日後。その間基本的に魔導列車はノンストップだ。トイレと水の供給場所は各車両に1つずつ付いているので問題無いし、食料もきちんと用意してある。横になって眠れないのがやや辛いが、代わりに魔物の危険だけは・・・・・・・・無い場所で上等な椅子に座って休めるのだから、きついと言うほどのことではない。

 残る懸念は人間だけだが……これに関しては、今の段階ではどうすることもできない。何も起こらないかも知れないし、何か起こるかも知れない。俺にできることは、何が起きても大丈夫なように心構えをしておくことくらいだ。


「あら、やっと動くみたいね」


 マリィちゃんの声に窓の外へ視線を向けると、駅の風景がゆっくりと動き出す。建物が流れ去り、町の風景を追い越して、流れる風に乗った魔導列車が映し出したのは、一面の草原だ。


「おお、速い速い……のか?」


 基本的に、レールの周囲には何も無い。こんなでかい物が高速で走り抜けるんだから側に何かあったら衝撃で大変なことになるし、そもそもレールを通す条件が「できるだけ平らで周囲に何も無い場所」なのだから、それが当然だ。

 だが、何も無く視界が開けているとなると、今ひとつ速さを実感しにくい。もうちょっと進んで周囲に木々が増えたりすれば視覚的にわかりやすくなりそうだけど、少なくとも今の景色は、「あこがれの魔導列車から見た絶景!」などと称するには、いささか物足りない感じだ。


「何かこう……グッと来るものが足りない気がするな」


「おお、貴方もそう思われますか」


 不意に、背後……通路側から声がかけられる。振り返った俺の視線の先にいたのは、中肉中背のこれといった特徴の無い感じの男性。40代くらいだろうか? だいぶ仕立ての良い服を着ているので、ご同業とは考えにくい。旅人が思い出作りに……という感じでもないので、順当にいくなら商人だろう。


「おっと、いきなり失礼しました。私は腹黒商会会頭の、ウルーノと申します」


 ……これはツッコミ待ちだろうか?

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