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「うーん。いいのが無いねぇ……」
タカシと別れ、本拠地に戻ってきてから、早1週間。いかに忙しかったとはいえ流石に休みすぎたと、数日前から依頼掲示板とにらめっこをしている俺たちだが、これといった依頼が無い。金銭的に差し迫っているとかならともかく、あのクソ怪しかった「謎の遺跡の調査」の依頼に意外にもきちんと報酬が支払われ、しかも結構な額だったために今の俺たちの懐は温かい。
そうなれば多少の選り好み……楽して儲かりそうか、もしくは受けて楽しそうな依頼を探してみたりするが、当然そういうのは滅多に無い。まだしばらくは遊んでいても大丈夫だが、流石にそれは退屈だ。どうしたものかと頭を捻りつつ、俺はリューちゃんに声をかけてみた。
「ねぇねぇリューちゃん。何か面白そうな依頼とか無い?」
「面白そうですか? うーん……あっ! ありますあります。ドネットさんたちに丁度いい依頼が、昨日入ったところです」
「あら? それは興味のある話ね」
他の職員と立ち話をしていたマリィちゃんも、いつの間にか俺の隣に立って興味津々のご様子だ。
「えーっと……あった。こちらの依頼書です。どうぞ」
「何々……って、なんだこりゃ?」
渡された依頼書の内容を見て、俺は思わず眉根を寄せる。依頼内容が物資の輸送ってのは、問題ない。目的地もかなり遠いが、だからこその輸送依頼だと言われればその通りだろう。長距離輸送だから、受けられるのがB級以上だってのも納得できる。だが、受けられる人数が2人までで、しかも達成期限が短い……というか、普通の手段ではこの期限内に辿り着く方法は無い。内容の何処かに間違いがあるか、あるいは権力者からの嫌がらせにしか思えない依頼書だ。
「ふっふっふ。その依頼書には、ドネットさんご所望のとっても『面白い』秘密があるんですよ? 何と……」
「ああ、魔導列車を使うのね」
「あーっ!? マリィさん何で言っちゃうんですか!?」
マリィちゃんにあっさり秘密を暴露され、リューちゃんがしょんぼりと肩を落とす。
「まあまあ、リューちゃん。そんなこともあるさ。慰めが必要なら、今夜辺り付き合っちゃうよ?」
「あ、それは結構です」
あっさり立ち直ったリューちゃんに、今度は俺が肩をすくめて苦笑い。いい男は深追いなんてしないので、意識をもう一つの話題の方に切り替える。
「にしても魔導列車って、随分張り込んだ依頼だね」
「そうですね。運ぶ物の希少価値がかなり高いということで、依頼料自体も高いですし……まあ、そうは言っても予算が無限ってことはないでしょうから、2人分の切符が限界だったんじゃないでしょうか」
「2人分でも大概よ。とはいえ、馬車で運ぶなら護衛の人数を揃えて、その分の水や食料も調達して、人が多ければ足が遅くなるから、2ヶ月近く馬車で大移動……となれば、むしろ魔導列車の方が安いのかしら?」
「その辺は、私は商人じゃないので何とも。で、どうします?」
促すリューちゃんに、俺とマリィちゃんは顔を見合わせる。
「面白そうだし、俺は受けてもいいと思うんだけど……マリィちゃんは?」
「私もいいわよ。魔導列車には興味あるしね」
「了解。ということで、リューちゃん手続き宜しく!」
懐から登録証を差し出し受領確認の判子を貰ったら、これで正式に俺たちの仕事になった。その後は町で必要な物資を補給したり、俺は宿屋で延々と弾丸を作ったりして……停車駅のある町に着いたのは、依頼を受けてから5日後だった。普通の輸送依頼ならのんびりしすぎだが、そもそもこの駅から目的地までの魔導列車が10日に1回しか出ないのだから、早く来すぎても意味が無い。俺たちは丁度いい時間を見計らってこの町の協会で荷物を受け取り、今まさに、魔導列車の駅に来ていた。
「はえー。初めて来たけど、こんな風になってるんだねぇ」
「これは壮観ね」
マリィちゃんはすまし顔だけど、俺はおのぼりさん全開の顔で周囲を見回している。黒く輝く金属製の柱が幾本も建ち並び、天井は大きなアーチ状で全面硝子張り。床は床で真っ平らにならされた灰色の石材が敷き詰められ、中央には魔導列車が走るレールがはるかに視界の向こうまで延びている。他では見ることが無いであろう、まさに駅だけの光景だ。
ちなみに、駅に入るだけでも「入場切符」が必要であり、乗車券に比べれば格安だけど、身分証明が無いと購入することができない。これは停車した魔導列車に荷物を積み卸しする下男を入れる必要性と、そこで窃盗などが起こることの防止の意味合いがある。つまり、一般市民が物見遊山できるのは駅の「外側」までで、内側であるここにいるのは、ほぼ全員が何らかの形で魔導列車を利用する人物だけってことだ。
「ふん。田舎者が……魔導列車の客も、質が落ちたな」
……つまり、この微妙に不自然にふっさりした頭髪と、やたらでっぷり突き出た腹の持ち主も、同じ列車に乗るということだ。見た感じ貴族だろうから個室だろうし、俺たちが関わり合いになることは無いだろう。
まあ、実際俺は田舎者なので腹を立てたりはしないけど、何故にこの手の輩はあえて波風を立てようとしてくるんだろうね? 俺には全く理解できないが、きっとそういう「貴族の矜恃」とやらが代々受け継がれているんだろう。
「あら? DD、魔導列車が来たわよ」
中年親父を見つめ続ける趣味は無いので、マリィちゃんの言葉に促され、俺は線路の先に視線を向ける。そこにあったのは、まさに浪漫の塊。
黒と紫の中間くらいの色合いの、金属製の艶めくボディ。高く伸びた煙突は、使い切れなかった魔力の残滓をキラキラと空中に放っている。2両目の燃料車には大量の魔石が積み込まれていて、その後3~6両目が個室客車、7、8両目が通常客車、9、10両目が貨物車と続き、最後に列車内の警備人員が乗る警備車が目の前を通り過ぎ、ゆっくりと列車が止まる。魔術と技術、その技術の粋を集めた世界最高の乗り物を前に、俺のテンションはあがりっぱなしだ。
「うーわ、格好いいな-。すげーなー。ピッカピカだなー。汚れひとつ無いのは、やっぱり魔法で保護してるのかな? これ触ったらまずいかなー?」
「はいはい。わかったから、さっさと乗るわよ」
「ちょ、マリィちゃん!? そんな急いで乗らなくても……」
「大丈夫かも知れないけど、万が一乗り遅れたら、あの時と違って破産じゃすまないわよ?」
「うぐっ……わ、わかった。OK。乗ろう……」
ジト目で見てくるマリィちゃんから視線を逸らし、両手を挙げて降参ポーズを取ってから、俺はおとなしく乗車のための列に並ぶ。あの時荷物を吹っ飛ばしたのは完全に俺のミスだし……いや、いい男は過去を振り返らないもんさ……
「はい。じゃあ次の人」
「っと。はい、これが切符と、登録証ね」
「はい……確認しました。ドネット・ダストさんですね。良い旅を」
完全武装した警備の人に見守られつつ、車掌さんが先端がぐにっと曲がった不思議な機械をかざし、俺の出した2つの物が本物であることを確認されて、俺はやっと魔導列車の車内へと足を踏み入れた。物珍しさに思わず立ち止まってしまった俺の背に、不意に衝撃が走る。
「うおっ!? っと!?」
「ちょっと、立ち止まらないでくださる?」
初めて聞く甲高い声に、俺は何とか踏みとどまって、その場で振り返る。そんな俺の目の前にいたのは……ロープのように編み込んだ輝く金髪を左右に結び、真っ赤なドレスに身を包んだ子供だった。




