011
「理由を聞いても……いえ、貴方なら、そうですね……貴方たちに依頼するとしたら、どんな報酬で引き受けていただけますか?」
驚きは一瞬。すぐにすまし顔になってそう聞いてきた女神様に、俺は思わず口笛を鳴らす。
「へぇ。そう持ってこられたら、確かに無下には断れないわな。といっても、細かい内容も拘束期間もまるっきり未定じゃ、検討する余地すら無いぜ?」
「その辺の話を先ほどまでしていたのですが……聞いてなかったようですね」
「あー……それはまあ、申し訳ない」
完全な後付だが、依頼主の説明を聞き流したとなったら、悪いのは俺たちだ。素直に頭を下げて謝罪した俺に、女神が軽くため息をつく。
「仕方ないですね。いいですか? 貴方たちに求めるのは、『勇者』タカシが魔王を倒す手助けです。魔王は悠久の時を生きる強大な魔物で、今は魔王が望まぬ者を寄せ付けない結界に包まれた場所で、心を操る力を持つ眷属を多数従えて虎視眈々と勢力拡大を図っています。
それだけなら、この世界に生きる者たちの問題として無視しても良かったのですが……かの魔王は、世界の理を揺るがす禁忌の魔法を幾度となく使うため、その発動の度に世界の維持が難しくなっています。世界の安寧のために、どうしても魔王を倒して貰いたいのです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。一端整理させてくれ」
まだ話し続けそうな女神の言葉を遮って、俺は顎に手を当て考える。あまりにも初見の情報が多すぎて、考えが追いつかない。
「そうね。とりあえず1つ1つを確認していきましょうか? まずは、その……魔王? の情報って、もう少し具体的なものは無いのかしら? 職業柄世界情勢にはそれなりに通じているつもりだったけど、そんな魔物が存在することも、現在進行形で侵略されてるなんて情報を初めて聞いたんだけど?」
今度はちゃんと話を聞いていたマリィちゃんの質問に、女神が答える。そう言えば、二人とも赤目赤髪だけど、何か繋がりとか……まあ無いか。髪も目も赤い人なんて、別に珍しくないし。
「魔王の情報ですか……まず、彼はスケルトンです」
「スケルトン? って、あの骨の……よね? 『強大な魔物』というイメージが全く無いのだけれど……」
マリィちゃんの声に、困惑が混じる。俺だってそうだ。スケルトンは不死属性の魔物の中でも最底辺の雑魚に近い。見た目が近い骨系の上位魔物は幾らもいるが、スケルトンのまま強いというのは、想像が付かないというか存在が矛盾している。
「あのスケルトンは、自分だけでなく自分の周囲にも、莫大な魔力を溜め込んでいるのです。戦う力を持たない代わりに、世界を壊すほどの力を用いてなお殺しきれない存在……それ故、彼は魔王なのです。
そして、そのための勇者タカシなのです。いずれ彼が至る『多数を加えて死を招く』力……多加死の名から目覚める『オーバーフロー』というスキルこそが、唯一あの魔王を殺せる希望なのです」
「はぁー。なるほどねぇ」
うまいこと繋がってるなぁと感心する俺の横で、タカシが「ネタバレされた……」と呟いてガックリと肩を落としている。どうやらさっきまでの話より、深いところを説明されたらしい……何故それで落ち込むのかはわからないが、様子を見る限りでは慰めるようなものではなさそうだ。
「魔王とタカシの事はわかったわ。あとは、魔王が禁忌魔法とやらを何度も使ってるから世界の維持が難しいって話だけど……それはどのくらいの脅威度なの? あとどの程度の期間放置できて、それを過ぎるとどうなるの?」
マリィちゃんの言葉に、すまし顔の女神のこめかみがピクッと反応する。
「彼の魔王が禁忌魔法を発動する度、世界に本来はあり得ない莫大な情報が書き込まれ、その修正は神といえども容易ではないのです。あまり回数が続けば、世界を管理し維持する行為に支障が……」
「だから、それはどの程度なの? 人の寿命しか持たないタカシしか希望が無いなら、確かにそれほど猶予は無いのかも知れないけど、そもそもタカシが失敗した場合はどうなの? 私たちの世界は、もう滅ぶ寸前なのかしら?」
女神のこめかみが、更にピクピク動く。どうやら、あまりポーカーフェイスは得意じゃないらしい。
「世界は……滅ばないけど……でも、その……神の仕事が大変なのです。神もまた万能の存在ではなく、限界はあるのです。余裕のある生活こそが、世界に安寧をもたらすのです……」
「あー、つまり何だ? 魔王のせいで女神様の仕事が忙しいから、それを楽にするために原因の魔王を殺してくれってことか?」
「それは……」
女神は何も答えない。ギリギリ顔はそのままだが、こめかみどころか羽までピクピク動いている。きっと嘘を言うことはできないんだろう。だが、ここまでストレートに問われてしまえば、誤魔化す台詞すら難しい。だからこその沈黙……つまり、そういうことだ。
「あーもう! 何で!? 何でアタシが導く奴は、みんなアタシのフラグに素直に従わないの!? おかしいでしょ!? アタシ運命の女神なのよ!? 何でどいつもこいつもアタシの導きを蹴っ飛ばすのよぉぉぉぉ!」
女神がキレた。口調は完全に崩れ……きっとこっちが素なんだろう……宙に浮かんだまま手足と羽をじたばたさせる姿は、普通の子供のようだ。
「そうよ! アタシが大変なのよ! あのクソ骨のせいで、全然お休みが取れないのよぉ! 何なのアイツ。何人子供作るのよ! 加護を切っちゃったからアタシから干渉は出来ないし、ユグ姉様の祝福を受けたから異物として排除もできない! だからアイツと同じ世界の人間を呼んで、アイツを殺して貰うと思ったのに……ムキー!」
「待て。おい、待て……オレは、そんなくだらない理由でこの世界に呼ばれたのか?」
女神の言葉に、タカシの顔から表情が抜け落ちる。低く重い声は、この上なく冷たい。
「くだらないって何よ! アタシがどんだけ苦労してるか……」
「うるせぇ! オレがどんな思いで……オレがどれだけ帰りたいと思ってるか……」
「うっさいわね! 死ねば普通に帰れるわよ」
「わかって……おぉ? え、死んだら帰れるのか?」
怒りに震えたタカシの拳が、その行き場を無くして宙を彷徨う。
「そうよ。貴方の場合、どんな理由であれこの世界で死んだら貴方が呼ばれた元の場所、元の時間に呼ばれたときの姿で戻るわ。その時には貴方の意思でこの世界での記憶を残すことも消すこともできるから、問題ないでしょ!?」
「そ、そうなのか? そういうことなら、いい……のか? あれ?」
苦難の先にあるはずの悲願がいきなり達成されて、タカシは驚き戸惑っている。そりゃそうだろう。俺だってタカシの立場だったら、頭が混乱するはずだ。
「本当は、貴方が魔王を倒したら教えるつもりだったの。その時にこの世界に残る理由があるなら普通に余生を楽しめばいいし、すぐに帰りたいってことなら、わざわざ自殺しなくてもアタシの力で世界から『排除』してやれば、苦痛も何も無く元の世界に帰れるしね。本人の同意があるなら、そのくらいは簡単よ」
ふふんと得意げに胸を張る女神。その大平原っぷりもマリィちゃんと……いや、やめよう。この先の思考は、きっと死への一本道だ。
「ど、どうしよう? どうすればいいかなアニキ?」
「俺にそんなこと聞かれてもなぁ……」
怒濤の如く流れていった状況に、俺はただその程度の台詞しか吐けなかった。




