009
「赤だと!?」
空高く打ち上がっている光が、他の何色でもなく赤であることを再度確認して、俺は思わず声を上げてしまう。
「何だよアニキ!? あれって!?」
「掃除人のくせに知らないのか!? ……ああ、いや、滅多に使われるものじゃないから、意識の外にあっても仕方ないか……赤い閃光弾は、『放棄』の合図だ」
「『放棄』!? それって……!?」
タカシの言葉に、俺は苦虫をかみつぶしたような表情になるのを抑えられない。
「町の住人が避難してる状態で、魔物を倒す目処が付いたなら黄色の『掃討』だ。これなら、そのまま戦い続ければ良かった。そうすりゃ町の部隊と合流できて、勝てる可能性があったからな。
町の住人全員を逃がし終えて、一時退避なら青の『撤退』。この場合は、緩やかに退けば良かっただけだ。一端逃げてから何処かで町の戦力と合流して、今後のことを検討することになっただろうからな。
だが、赤の『放棄』は……住人の避難も住んでないし、財産とかも全部そのまま。それでも尚、ひたすら逃げろってことだ。住む場所を、財産を、そこに生きる人々すら見捨てて、それでもただ逃げて生き延びろ……そういうことだ」
ヴォルガノエイプとの戦いは今も続いている。それでも、こうして長々と説明してやらなかったら、タカシは納得しないだろう。そう思って話したが……タカシの顔色を見る限り、納得を得られたとは思い難い。
「住人を見捨てるって……子供とか年寄りとか、全部か!? そんなのあり得ないだろ!?」
「現実を見ろ!」
泣きそうな顔で駄々を捏ねるタカシを、俺は一喝する。
「こんな数の魔物、そもそもどうすることもできなくて当然だ! タカシの『お導き』とやらは必ず結果を出すっていうから粘ってみたが、そうじゃなかったら最初から逃げの一手を選ぶくらい、状況は絶望的だったんだ! 当たり前の事実が、当たり前の結果に行き着いたんだ!」
「でも、それでもオレは……」
「あれを打ち上げたってことは、もう町で戦ってる奴はいない。全員がちりぢりに逃げて、猿共がいなくなるまで町には誰も戻らない。逃げ遅れた奴らがどんな目に遭ったって、仕方が無いと諦める。限界と現実を受け入れろ。お前の肩書きが『勇者』だったとしても、お前は単なるC級掃除人だ。あそこに突っ込んでお前が出来ることは、ただ無駄に死ぬことだけだ!」
「オレは……オレのせいなのに、オレには……っ!?」
「死ねば終わりだが、生きてればやれることはある! 退く……いや、逃げるぞ、タカシ! お前は……家に帰りたいんだろう!?」
俺の叫びに、タカシが目を真っ赤にして振り向いた。戦闘中に振り向くなんて、素人でもしない自殺行為だ。そんなタカシのフォローのために、2発発砲。これで6発。リロードする余裕がなければ、もうどんな攻撃も防げない。
「……わかった。指示をくれ」
幸いにして、タカシは持ち直した。真っ直ぐ正面を向いた顔がどんなものだかはわからないが、構えた剣先は震えていない。これなら十分逃げられるだろう。
即座に弾丸を再装填し、タカシに指示を出しながら、俺たちは少しずつ退いていく。マリィちゃんに関しては、気にする必要は無い。彼女がこの状況で退いてない訳が無いからだ。その程度の状況判断も出来なくて、B級になれるはずが無い。
俺もタカシもヴォルガノエイプの足を狙って攻撃する。倒れ込んだ個体に後続の奴らがつまずき、少しだけ敵の進行速度が鈍る。その少しを積み重ねて、やっとの事で俺たちは退避場所……俺が元いた、魔物よけのある場所まで辿り着いた。ほとんどの個体は距離が離れれば町の方へ向かったが、最後まで付いてきた奴らは、先に休息地に辿り着いていたマリィちゃんの手も借りて、危なげなく掃討する。
そうして周囲から敵影が消えたところで……俺たちはやっと一息つくことができた。
「流石マリィちゃん。相変わらず手際が良いねぇ」
「当然でしょ。というか、今更だけどDD。貴方大丈夫なの?」
「あー、それはまあ、ほら、落ち着いたらってことで」
軽く視線を逸らした俺の横顔に、マリィちゃんの視線が突き刺さる。痛い。とても痛いが……ほどなくして、ふっとその痛みが和らいだ。
「まあいいわ。繊細な体のアレコレを追求するのは、何というか……可哀相だしね」
今回の件とは全く関係ない物も含んだ感じの言葉だが、俺は気にしない。気にしてもきっと良い事は何も無いからね。いい男は、時に大らかなものなのだ。
「とはいえ、こっちは気にしないわけにはいかなそうね……」
さっきとは打って変わって、気遣うような口調でマリィちゃんが言う。その視線の先にいるのは、死んだ魚のような目になった『勇者』タカシだ。
「……なあ、アニキ……オレの、何が悪かったのかな…………?」
ここから町は、遙か遠くだ。煙があがってるし、魔物が暴れてることくらいはわかるが、そこでいかなる行為が行われているかを、視認することなどできない。
だが、それがまるで見えているかのように、じっとそちらを見つめながら、タカシがぽつりと言葉をこぼす。
「オレがここに来たから、このイベントが起きて……オレの力が足りなかったから、こうなったのか? それとも、最初からこの結末が決まってたのか? だったら、オレがここに来なければ……いっそオレが存在しなければ、あの町は無事だったんじゃないか……?」
「さあな。俺はお前の女神様を知らないから、何とも言えないな。だがまあ、強いて言うなら、お前がいたから俺たちはここに来たし、あの猿共と戦った。それなりに魔物に被害を与え、時間を稼げた。その結果助かった命だってあるだろ。
それ以上は……望みすぎだ」
「……そうかな?」
「そりゃそうだろ。別にあの町に限らず、今だって世界の何処かで誰かが魔物と戦ってて、ガンガン死んだりしてるはずだ。それら全てを救えないと嘆くなんて、もはや傲慢ですらない。見えていようがいまいが、手が届かないという事実が同じなら……あとは、それを受け入れる『勇気』を持て」
「勇気……? 死んでいく他人を救えないのが、勇気……?」
「違う。己の限界を受け入れるのが『勇気』だ。弱いと言うことから目をそらすな。できないことを嘆いて、できること以上のことをしようとするな。誰も見捨てずにいることができないなら、見捨てた分だけできることを増やせ」
「はは……難しいな。まさに『成長イベント』って感じだけど……ここで『覚醒』するには、オレのレベルは全然足りないや……」
タカシの口調は軽かったが、その目からは涙が溢れていた。泣きながら、それでも蹂躙される町を見つめたまま、決して目は逸らさなかった。その胸中は、ほんの僅かな付き合いしかない俺には、知る由も無い。
「なあ、アニキ……世界って複雑だな……」
「そんなこと無いぞ? 世界なんて、単純なもんだ」
俺の言葉に、タカシがこっちに顔を向ける。
「強くなれ。強けりゃ、大抵のことはひっくり返せる」
世界はいつだって、色んな奴らの意図たる糸が、複雑に絡み合っている。時に手足に絡みついて動きを封じ、時に行き先に立ちはだかって目的地を見えなくし、引っ張られて体をもがれることも、意図しないところでつなぎ合わされたりすることもある。
故に、大抵の奴はそれを1つ1つ解きほぐそうとする。少しずつ問題を解決して、その間にさらなる糸に絡みつかれ、気づけば雁字搦めで身動きひとつ取れなくなってるなんてこともざらだ。
だが、そんなの強ければ関係ない。全部まとめて引きちぎってやればいいのだ。そうできるだけの強者を前に、糸を張るだけしかできない奴らは、ただの無力な存在でしかない。
「だから強くなれ。神のいとさえ引きちぎれるようになれば、家にだって帰れるさ」
「……アニキはすげぇなぁ……」
そう断定して笑った俺に、タカシはやっと、少しだけ笑みを返してくれた。




