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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第三章 勇者降臨

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008

 何も出来ない俺の視線の先で、戦況は動いていく。

 タカシは、俺が思っていたよりだいぶ強かった。今まで「エンカウント」による奇襲先制攻撃で総崩れになった敵と戦う場面しか無かったので気づかなかったが、剣と魔法の両方を使いこなす、割と器用な戦い方だ。威力は低いが詠唱の短い魔法でエイプを傷つけ気を引き、視線があったところで閃光の魔法で目くらまし、隙が出来たところを直剣で切りつける、という魔法戦士としてはお手本のような戦い方。

 ヴォルガノエイプ相手に一撃必殺を決められるような力は無いが、それでも1対1なら十分戦えるだろう。もっとも、今は複数相手の乱戦なので、回避を主軸に置いているため、旗色は悪い。それでも、格上相手にこれだけ戦えるのは……良くも悪くも・・・計算外だ。


 一方、マリィちゃんの方は想定よりもだいぶ調子が悪い。いつも通りの繊細さだが、いつもと違って豪快さが無い。理由は簡単、俺がここに一人でいるからだ。


 今俺の側には、いざという時のための値段も効果もお高めな携帯用の魔物よけが置いてある。どうしても怪我で動けないような時……要は正しく今みたいな時に使うためのもので、これならB級の魔物でも、積極的には・・・・・寄ってこない。体内に魔石を持つ魔物なら、例外なく嫌がる波長を発しているからだ。

 とはいえ、あくまで「嫌がる」程度だ。魔物の縄張りに踏み込む、空腹時の魔物と不意に視線が合う、こちらから攻撃したりして、明確な敵意を向けられる、など、魔物の方が積極的にこちらを襲おうとする場合は、何の効果も無い。

 今回も、冷静な状態なヴォルガノエイプなら俺より町に向かうだろうけど、興奮状態の個体なら無視して俺の方に向かってくるかも知れない。そうなれば、俺は当然戦えないわけで……マリィちゃんは、それを気にしているせいで、意識を戦闘だけに向けられないんだろう。


 当初の予定では、ヴォルガノエイプに向かっていったタカシが、その実力故にすぐに追い込まれてこっちに戻ってくると想定していた。そうなれば俺の護衛としてはぐれエイプが来たときにだけ迎撃してくれればいい。少なくとも無抵抗で瞬殺される可能性が無いなら、マリィちゃんだって気兼ねなく戦えただろう。

 だが、タカシは思ったよりも戦えた。それでもそう長くは続かないだろうが、その時間こそが命取りだ。さっきの大爆発で、吹っ飛ばされたが死ななかったヴォルガノエイプが仲間にぶつかり、そこかしこで同士討ちが発生している。この混乱があるからこそ俺たちは戦えているのであって、冷静になって対処されたら、また勝ち目の無い状態に戻ってしまう。


 なら、最初からタカシに護衛を頼めば……というのも、難しい。飛び出したくてウズウズしていたタカシを、来るかわからない敵を迎え撃つための護衛として残すのは無理だった。感情を無視して命令に近い指示を飲ませられるほど、俺たちの関係は深くない。そこから無理強いしても、気もそぞろな護衛なんていてもいなくても変わらないし、その状態だとマリィちゃんの心配も消えないだろうから、結果として戦力が減るだけだ。


 うーん。こりゃ不味いなぁ……


 マリィちゃんが本気で爆裂恐斧を振るえば、大量のヴォルガノエイプのヘイトを稼げるし、殲滅速度もグンとあがる。引き替えに起こる血しぶきや土埃で俺が視認できなくなることを気にしない状況に出来れば、たった一人で戦局を動かす鍵にすらなれる。でも、タカシは未だギリギリながら戦っており、俺の血液だって、そんな簡単に戻ったりしない。肩を借りれば歩ける程度なら30分で回復できるが、普通に一人で動くなら一晩は欲しいし、戦闘ができるようにとなれば、せめて3日は休みたい。


 完全に詰んだ状況から、一応戦局を動かした。だが、またすぐに詰みそうになっていて、打開する手段は……1つしか・・・・無い。


 瞳を閉じて、全身の血流を意識する。左手と両足を棄てて、右腕のみを活性化。何とか動いた右腕で、腰の鞄から小さなカプセルを取り出した。

 目を開く。手のひらには、青いカプセル。正確には、透明なカプセルに入った、青い液体。誰にも……マリィちゃんやダレルだって知らない、本当に俺だけの秘密。誰も見ていない今だからこそ使える、2つめの切り札のほんの一欠片。見ず知らずの多数の他人と、少しだけ縁の出来たタカシと、そいつらのために柄にも無く頑張っちゃった俺に対して行える、ギリギリの妥協点。俺はその、縦2センチ、横5ミリほどの円筒形のカプセルを口の中で噛み、飲み込むと……瞬間、体が燃えた。


「ぐぅぅ……」


 歯を食いしばり、必死に声を抑える。比喩ではなく、体が燃えている。血が煮沸し、脂肪が溶け、エネルギーが全身を駆け巡る。瞳孔が開いて焦点が合わなくなり、視界が徐々に紅く染まっていく。鼓膜から音が離れ、鼻孔から鉄錆の匂いが漂い、それでいて口の中はカラカラに乾ききって、舌が今にも張り付きそうだ。

 加速された知覚の中で、終わることの無い吐き気と高熱にうなされ、世界おれの全てが赤から白に飲み込まれるまで……およそ3秒。全てが終わってここにいるのは、十全の状態に修復された・・・・・俺だった。


 息をひとつ吐き、俺は走り出す。最初はマリィちゃんのところだ。といっても、こちらは側まで寄る必要は無い。


「マリィちゃん!」


 十分声が届くであろう距離まで近づいて、俺は大声でその名を呼ぶ。マリィちゃんの視線が一瞬だけこちらを捕らえるのを感じたから、それで十分。タカシの方に走り出す俺の背後で、『The Exploder』もかくやという程の大爆発が起こる。マリィちゃんが爆裂恐斧を起動し始めたなら、もう何も心配はいらない。敵が密集してるなら、むしろマリィちゃんにとっては独壇場だろう。

 ただ、爆発に混じって一瞬だけ、俺の背筋に寒気が走った。これはあれだ、説明が大変な奴だ。どうにか逃げ切りたいところだけど……今回は厳しいかなぁ。まあ、楽しいお説教タイムを迎えるためにも、今は頑張ろう。


「タカシ!」


「アニキッ!? どうしてここに? てか、大丈夫なのか!?」


 俺の声に、タカシの注意が一瞬ヴォルガノエイプからはずれる。マリィちゃんならともかく、タカシにとってはそれは致命的だが……俺の相棒セカンド・シルバーが火を噴けば、腕を振り上げた猿野郎の体勢が崩れる。流石にそれを見逃すほど迂闊ではなく、タカシがキッチリとどめを刺して、周囲に警戒しつつ俺に話しかけてくる。


「アニキ、一体……」


「話は後だ。今は目の前の敵に集中しろ! 敵の大半はマリィちゃんが殺ってくれる。俺たちの仕事は、目立ちすぎないように敵を削りつつ、興奮して群れからはずれた個体を残さず掃除することだ。いいな!」


「応!」


 俺の言葉に、タカシの意識が切り替わる。俺の銃じゃヴォルガノエイプに致命傷は与えられないが、タカシよりもずっと的確に牽制し、体勢を崩し、行動を阻害出来る。そこまでお膳立てしてやれば、タカシの攻撃力は十分有用だ。リロードタイムはタカシ一人でしのげるし、これなら多少の持久戦はやれる。あとは町の方で戦っているはずの奴らが、戦線を押し上げて合流してくるのを粘るだけだ。


 そうして、戦うこと1時間。タカシは既に肩で息をしているし、遠くから聞こえるマリィちゃんの起こす爆発音も、やや減ってきている。俺も馬鹿みたいに作ったはずの弾薬を7割近く消費して、流石に焦りを感じてきたあたりで……町の方から、赤い光の玉が打ち上がった。

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