007
「何だ!?」
突如として襲ってきた、立っていられないほどの揺れ。すぐに大きな揺れは収まったが、それでも僅かに、ずっと揺れ続けているような感じがする。
「この遺跡は大丈夫でしょうけど、入り口手前の洞窟が崩れたら生き埋めになるわ! 早く逃げないと!」
マリィちゃんの言葉に、まだアワアワ言っているタカシの手を取り、強引に引っ張りながら俺たちは出口を目指す。入るときは散々回り道を余儀なくされたが、今は全ての扉が開いているので、あっという間だ。
「おい、タカシ、しっかりしろ! さっさとお前も走れ!」
「あっ、お、おう! 悪い!」
バシンと背中を叩いてやって、やっと復活したタカシが謝りながら走り出す。速度をあげた俺たちは、何とか入り口の洞窟が崩れる前に外に出ることに成功し――
「クソッ! そういうことかよ!」
「あ、おいタカシ! チッ、マリィちゃん!」
町の方から上がっているであろう煙を目にして、タカシが一目散に走り出した。止める間もなく、グングンと遠ざかる後ろ姿に、俺たちも必死に追いすがり、追いつき、その肩を掴んで引き倒す。
「止まれ馬鹿! むやみに突っ込むな!」
「だってアニキ……町が……」
「町がそんな簡単にどうにかなるわけないだろ! まずは落ち着け」
不安で瞳を揺らすタカシの両肩にガッシリと手を置き、俺は真っ直ぐ目を見て話す。
「いいか、町に何かあったなら、俺たちが外にいることはでかいアドバンテージだ。外から客観的に見渡せれば、状況もわかるし対処法も考えられる。中でパニックに巻き込まれてる奴らより、よっぽど的確に行動できるはずだ」
「そうよ。というか、無闇に突っ込んでどうにかなる程度なら、逆に私たちが行かなくても解決出来る程度ってことだわ。まずは冷静になりなさい。何が起こっているのか、何をすればいいのか、自分には何が出来るのか。それをきちんと把握して動かなかったら、守れるはずのものまで手からすり抜けていくわよ」
俺とマリィちゃんの説得に、タカシの中に冷静さが戻る。焦ってはいるだろうが、突っ走らない程度には落ち着いたはずだ。
「……わかった。ごめんアニキ。マリィさん」
「わかればいいさ。じゃ、急ぐぞ」
タカシに手を貸し立ち上がらせると、俺たちは冷静に急ぐ。周囲を薄く警戒しつつ、前方に注意を集中し、望みうる最速のルートで町へと駆け、そして目の前に広がっていたのは……数え切れないほどの魔物に襲われ、外周の一部が崩され、そこから魔物がなだれ込んでいるであろう、町の惨状だった。
「おいおい、こりゃまた……どうしようもないな」
「アニキ!? いきなりどうしようもないとか……!」
抗議の声を上げるタカシを無視して、俺は冷静に戦況を見る。敵は、でかい猿だ。遠目だから断定は出来ないが、おそらくヴォルガノエイプだろう。オレンジ色の皮膚に、胸から上と、腕と足に燃えるような赤色の体毛を生やした、凶暴な魔物だ。単体ならC級上位といったところだが、2、3匹群れるだけでもB級になる。それが数百ともなれば、俺が100人いたって正面からじゃ勝ち目が無いだろう。
なら、背後から奇襲か? 町の中でだって抵抗してる奴らがいるだろう。挟み撃ちにできれば、いくらか有利になる。とはいえ、これだけ数の差があったら、そもそも挟み撃ちの状態に持っていくための前提として、俺たちだけで100匹くらいは倒す必要がある。その時点でもう現実的じゃ無い。同じB級が30人もいればかき回して何とかできるやり方もあるが、3人じゃ論外だ。
姿を見せずに遠距離から狙撃。可能だが、俺一人じゃ効率が悪すぎる。切り札を切ってなお、対処しきれる数じゃない。
――2枚目の、本当の切り札を切るか? ……あり得ない。アレは誰にも見せる気は無いし、そもそもたかだか数千人の見知らぬ他人のために、それを切る気は無い。
ならどうすれば……
「なあ、アニキ! どうするんだよ!?」
「……駄目だな。有効な対処法が思いつかない。せめて屋内なら、毒ガス弾でもぶち込んでやれたんだが……」
「でも、このままじゃ町が!」
「わかってる! わかってるが、このまま突っ込んだって、一気に囲まれて……ん?」
頭の中を、よぎるものがあった。ずっと自分が出来ることを考えていたけど、この場には俺だけじゃなく、マリィちゃんも、そして何よりタカシがいる。そして、タカシには例のアレがある。
「おい、タカシ。お前の『エンカウント』は、あの集団にも有効か? 攻撃せず、触れなければ、近づいても襲ってこないのか?」
「え? ああ、うん。たぶんそうだと思うけど……」
近づいても気づかれない。敵対行動を取ったとしても、行動だけなら反応しない。これなら……
「よし、作戦を説明する。いいか――」
三人で顔を寄せ合い、俺は手順を説明する。と言っても、やることは実に単純だ。俺がタカシに背負われ、ヴォルガノエイプの側まで行って、『The Exploder』を地面に撃ち込むだけ。距離を開けて、計5発を撃ち込んだ後、十分な距離を離れてから……
「『起爆』」
瞬間、とてつもない爆発の5重奏が、大量のヴォルカノエイプを吹き飛ばす。敵が密集していただけに、70くらいは吹き飛ばせたはずだ。
「ふぅぅ……後は任せたぜ。お二人さん……」
「おう! 行ってくるぜアニキ!」
木にもたれ掛かり、最早指一本動かすのもおっくうな俺に、タカシが元気よく答えて走って行く。だが、送り出したはずのマリィちゃんは、未だ俺の隣にいる。
「あれ、マリィちゃんは行かないの?」
「行くわよ。タカシ一人じゃ危ないでしょうしね、でも、少しだけ」
そう言って、マリィちゃんが俺の前にしゃがみ込んだ。燃えるような赤い髪と、ルビーの様な紅い目が、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「何でこんな無茶をしたの? 5発も撃ったのなんて、初めて見たわよ?」
「あー、そうだね。戦いながら使うなら、どんなに多くても3発までかな? まあ、普通は1発しか撃たないけど。俺ってほら、一発屋だから」
弾丸の生成には、1発辺り血液の1割を使う。つまり、今の俺は血液の5割、半分を失っているわけで……普通なら、余裕で致死量だ。そして俺が死んでないのは、俺が普通じゃ無いという、ただそれだけの理由だ。
「貴方が自分で決めたことなら、何も言わないわ。でも、この町やタカシは、貴方がそこまでする必要のあることだったの?」
「そうだなぁ……確かにここまでしなくても良かったかも知れないけど、でもまあ、助けられるなら助けてみるのもいいかなって。ほら、俺っていい男だから」
マリィちゃんの瞳に映る、真っ白な顔のナイスガイが薄く笑う。
マリィちゃんの手が、そんないい男の首に回る。
体が密着する。冷え切った俺の体に、燃えるようなマリィちゃんの体温を感じる。頬と頬が擦れるほど近づき、耳元に吐息を感じる。
「……約束、忘れないでね」
「忘れないさ。俺たちは相棒だろ?」
「ええ、そうね」
ほんの刹那のやりとり。マリィちゃんはすぐに俺から離れると、戦場に向かって走って行った。まともに身じろぎすらできない俺は、その背中を、ただ静かに見つめていた。




