005
「へぇ。これが『謎の遺跡』ねぇ……」
目の前にあるのは、森の中で軽く地面が盛り上がったところにある、大地の裂け目。体をねじ込めば人一人くらいは入れそうだが、光の差し込んでいない中は真っ暗で、事前情報が無ければここに入ろうとは思わないだろう。暗くて狭くて閉鎖されている空間なんて、どう考えても魔物の巣だ。
「遺跡っていうか、洞窟? 奥に何かあるのか?」
「まあ、そうでしょうね。依頼書が『調査』になってるからには、相応に広い空間があるはずだしね」
興味津々に暗闇を覗き込むタカシと、一歩離れた場所からその姿を冷静に観察するマリィちゃん。暗闇から魔物が飛び出してくるのを警戒しているんだろう。というか、タカシは何故警戒してないんだろうか……ああ、「エンカウント」とかいう力があれば、不意打ちは無いのか。未だに慣れないが、恐ろしく強力な能力だ。
「ま、とりあえず入ってみようぜ。光るモノ 導くモノ 照らし、輝き、闇を切り裂け! 『ライト』」
詠唱によって、タカシの手の上に光る玉が生まれる。水生成、着火と並ぶ、探索系の掃除人御用達の照明魔法だ。使った人物の周囲を浮遊し自動追従する使い勝手の良い魔法だが、その他2つと違って出している間中魔力を消費するので、実は思ったより使われない。消耗する魔力が気にならないレベルの中級者以上なら、自分の存在を気取られないように暗視の魔法や道具を使うことが多いし、それらを用いられない初心者なら、例え大した消費ではなくても、魔力は温存したいものだからだ。
ちなみに、普段の俺なら基本は魔石を燃料に光を放つ照明棒という道具を使い、長丁場になりそうなら暗視の魔法薬を飲む。1本で5時間ほど効果があり、常に3本持っているので、1本目の効果が切れたら一端帰還が基本だ。マリィちゃんは暗視以外にも色んな能力が付与されてる片眼鏡を持ってるので、暗闇程度は問題にならない。まあ、今回はどちらも必要無さそうと言うか、使えなそうな感じだが。
タカシを先頭に、洞窟に入る。と言っても、すぐに行き止まりだ。天井まで3メートル、広さは5メートル四方くらいだろうか? 視界を遮るようなものもなく、魔物がいた気配もない。だが、それで終わりなら「遺跡」でもないし「調査」もしようがない。依頼の本当の指定先は、目の前にある。
「なんだこりゃ……金属の扉? うわ、超SFっぽいじゃん! 古代の遺跡なのに未来の技術とか、テンションあがりまくりなんだけど!」
はしゃぐタカシをよそに、俺は冷静に目の前の遺跡を観察する。金属製と思われるダークグレーの壁面は、土の中だというのにほとんど汚れが無い。正面には扉だと思われるものがあり、その右側にダレルの家の地下で見たような、ボタンの付いた技術がある。
「これで認証するのか? スロットとテンキーがあるなら、カードキーと暗証番号のコンボだな。網膜とか指紋みたいな生体認証じゃなくて良かったぜ。死体の手とか目玉を持ち歩くのは、ゲーム的にはアリでも現実的にはグロいし」
「おい、タカシ? その扉の開け方がわかるのか?」
まるで見慣れた物を調べるようなタカシの言葉に、俺は驚いてそう問いかける。相変わらず意味のわからない呟きも多いが、一人で納得している姿には、何の迷いも感じられない。
「ああ、まあ大体な。それじゃ、町に戻ろうぜ」
「今来たところなのに、もう戻るのか? というか、扉は開けないのか?」
「今の俺たちの手持ちじゃ、たぶん開けられない。一端町に戻ってお使いクエストを達成して、キーアイテムを入手したら開けられるから、そしたら改めて調査開始って感じかな?」
「何だか頭が痛くなってきたんだが……見た感じ技術の産物だから、これ下手したら1000年前の遺跡だろ? それなのに、その扉を開く手段が、さっき通り過ぎた町にあるのか?」
「ああ。今まで特に伏線イベントとか無かったから、この扉の鍵は『この遺跡を調査しなかったら訪れる必要が無かった」さっきの町にまず間違いなくある。長距離高速移動の手段が手に入らない間は、町を跨いだイベントは起きないはずだしな」
さっきよりも、言っている言葉の意味がわからない。だが、タカシの中には揺らがない確信がある。その根拠がわからない俺にとっては不安の塊だが、実際ここにいても扉を開けられる気がしないので、あえて否定して信じないという意味もない。
「はぁ……ならまあ、一端町に戻るか。良くわかんないけど、ここに残って扉の開け方を調べるよりも、収穫がありそうだしね」
俺たちは「調査イベントで破壊不能オブジェクトにされてなければ、壊して突破とかもアリだったけどな」などと謎の呪文を呟くタカシと連れ立ち、朝出てきたばかりの町に引き返す。大して距離があるわけでもないので昼過ぎには到着し、酒場で遅めの昼食を食べていたら、何故かウェイトレスのお姉ちゃんに「最近困ったことがある」と相談された。
意味がわからない。確かに俺たちは掃除人で、困り事を相談する相手としては適当だろう。だが、直接の知り合いならともかく、今出会ったばかりの俺たちに困り事を相談する理由がわからない。もしそこまで切羽詰まってるなら依頼という形で出すべきだし、そうじゃないならもっと身近な常連とかに愚痴るべきだ。
だが、それを疑問に感じたのは、俺とマリィちゃんだけだったようだ。タカシとウェイトレスのお姉ちゃんは、まるで十年来の友人のように当たり前に困り事を伝え、それを解決することを約束していた。無報酬で仕事を請け負うのは掃除人としてやってはいけないことなのだが、俺の抗議を「いいのいいの。俺に任せて」とタカシが言い張るので、かなり渋々だったが仕方なく俺たちも手伝うのを了承した。
これで単なるただ働きに終わったらしっかり叱ってやろうと思ったのだが……依頼の過程で、何故か幼女の猫を捕まえたり、爺さんの入れ歯を探したり、上半身裸で覆面をした変態男を殴り飛ばしたりして……気づいたら、あの扉を開くのに必要な「カードキー」とやらと、パスコードを入手していた。
「ねぇマリィちゃん。何か俺、世界の見方が変わってきた気がするんだけど……」
「奇遇ね。私も流石に……流石にちょっと堪えてきたわ。今夜くらいは可愛い娘とベッドを共にして、自分の世界を確認したいわね」
「あー、それはいいかもね。俺もそうしようかなぁ……」
「……今回は、止めないわ。でも、明日の朝食は私抜きで食べてね。私は時間をずらすことにするから」
「つれないなぁマリィちゃん。ひょっとして妬いちゃった?」
「はいはい、妬いてないわよ」
目的の物を手に入れて、今から探索に行こうと張り切るタカシを何とかなだめ、俺たちは宿を取った。何だかんだで夕暮れ近くになっていたが、元々大して旅人が来るような場所ではないせいか、部屋はきちんと3部屋取れたし、俺好みの素敵なレディの予定も空いていたようだ。ちなみにタカシも誘ったが、「お、オレ、そういうのはやっぱり、ほら、初めては好きな相手とっていうか!」とオドオドしながら断られたので、あっさりと引き下がった。タカシの目がもっと強引に誘って欲しそうだったが、いい男は無理強いなんてしないもんだ。
そして次の日。面倒くさい感じになった俺を放置して、女の子は夜中に帰宅してしまったので、一人トボトボと部屋を出て朝食を食べる。そんな俺が復帰する頃には顔も髪もツヤツヤになったマリィちゃんが部屋から出てきて、その後更に少ししてから、やっとタカシが下に降りてきた。
「おう、遅かったな……って、目の下の隈が凄いな。大丈夫か?」
「アニキ……大人って凄いんだな……」
ハーレムを目指す純情少年のためにも、俺は次からはもうちょっと防音に気を遣った宿にしてやろうと、密かに心に決めるのだった。




