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「まあ、どうでもいいわ。で、ハデナさん? は、これからどうするのかしら?」
タカシの発言を華麗にスルーして、マリィちゃんがハデナ氏に問う。若干反応して欲しそうなタカシの視線を完全無視とか、相変わらずマリィちゃんは凄いな。俺もその剛胆さにあやかりたい。
「そう、ですね……誠に勝手なお願いなのですが、私もデニさんと一緒に護衛しては貰えないでしょうか?」
「俺たちは構いませんが、決定権は依頼主であるデニ氏にあるので、そちらと交渉をお願いします。それと、俺たちはB級なんで、それなりの報酬が必要ですけど、そちらは大丈夫ですか?」
俺の言葉に、ハデナ氏の顔がしかめられる。この辺の魔物は大したことがないので、護衛報酬そのものはそれほどでも無いけど、それでもB級2人ならまあまあの出費になる。協会での手数料すらケチる人物には、すんなり許容はできないんだろう。
だが、ここでそれを断るなら、今さっき魔物に襲われたばかりの道を、一人で歩くことになる。道程も道半ばで、引くも戻るも3日ほどというのが、更に状況を困難にしている。個人的には、たった今死にかけたんだから金と命を天秤にかける必要すら無いとは思うんだが……まあ、その辺は人それぞれだ。一人で歩き去ってその後のたれ死んだとしても自己責任であり、罪悪感など感じる余地も無い。
「そういうことなら、オレが護衛をしてやろうか?」
悩むハデナ氏に、タカシが声をかけた。
「……宜しいんですか?」
「ああ。C級のオレ一人なら、大した額じゃないだろ? で、オレたちとドネットたちで、一緒に歩けばいい。これなら文句ないだろ? よし、それで決まり!」
パンッと手を打ち鳴らすと、自分の倒したグレイウルフに登録証をかざしてから、解体を始めた。ゴブリンと違って、グレイウルフは毛皮が金になるし、体内に魔石もある。正確にはゴブリンにも魔石はあるけど、あまりにも質が悪すぎて死ぬと同時に霧散してしまうため、回収できないだけだ。
「えっと……では、デニさん。そちらのお二人も、そういうことで宜しいでしょうか?」
「わかりました。いいですよ」
ハデナ氏の言葉に、デニ氏が笑って頷く。実際人が2人増えたとはいえ、1人が戦闘要員であれば、無償で戦力が増えたようなものだ。ただ並んで歩くだけなら、よっぽど足手まといなら見捨てることもできるし、俺としても、特に問題は無い。
「さて、それじゃ俺たちも解体やっちゃいますか」
「俺たちって、倒したのはDDでしょ? 頑張ってね?」
「へっ? いやいやマリィちゃん。そこはほら、俺たちって相棒だし……」
「ふふっ……冗談よ。さ、血の臭いでゴブリンが寄ってくる前に、さっさと片付けてしまいましょ」
笑うマリィちゃんにホッと胸をなで下ろし、俺たちも手早く獲物を処理する。こっちの方が1匹多いが、人数は倍だ。程なくして、俺たちもタカシもグレイウルフを片付け終わり、肉片を森の方へと投げ捨てると、荷馬車まで戻っていった。視界の端にチラッとゴブリンが見えたので、おそらくそいつらの飯になることだろう。
ちなみに、こういうのを釣り餌にしてゴブリンや他の魔物を狩り続けるというのはマナー違反だ。腐肉に集まるような魔物は基本低級なので、手間に対して儲けが少なすぎるし、あまり狩りすぎると腐肉を食べて処理してくれる魔物がいなくなり、結果として周囲の衛生状況が悪くなる。今となっては魔物が存在することが前提なので、無計画に一ヶ所だけで過度に魔物を減らすのは都合が悪いのだ。魔物を保護するなんてあり得ないので、あくまで「マナー違反」ということにしてはいるが、それをやると協会からの対応が渋くなるのは、暗黙の了解だ。
そんなわけで、後片付けまで全て終わり、俺たちは全員で連れ立って歩く。勿論、一緒に歩いているからには会話もある。商人は商人同士で会話しているので、必然俺たちはタカシと話すことになるわけだが……
「えっ!? ドネットの銃って、普通の火薬式なのか!?」
「ああ、まあそうだけど……」
いつものように変わり者扱いされるかと身構えた俺に、タカシは目をキラキラさせて顔を近づけてくる。
「スゲェ! じゃあ『普通の銃』ってことか! うわ、スゲェ、浪漫武器じゃねーか!」
「お、おう……」
「オレも銃とか欲しかったけど、魔導銃は高くて買えなかったんだよなぁ。ガンカタだっけ? ああいうの憧れるよなぁ。謎のBGMが流れたら、必中と完全回避が発動するんだぜ? 2丁拳銃で敵の武器をはじき飛ばしながら踊るように無双するとか、まさに憧れだぜ!」
「お、おう……?」
ヤバい。半分以上何を言ってるのかわからない。言葉の感じから、本当に銃に憧れているのだろうとはわかるし、その態度から、良くある「英雄に憧れる子供」の感じがひしひしと伝わってくるので、おそらく悪い奴ではないだろう。が、何とも言えない厄介事の匂いがプンプンしている。こういう相手と関わるのは、大抵ろくな事が無い。以前にも――
「おっと、エンカウントか。ゴブリンだな」
「はあっ!?」
「えっ!?」
タカシの言葉に合わせるように、突然ゴブリンが、目の前に出現した。彼我の距離はおよそ3メートルで、数は5匹。
「嘘だろ!?」
俺とマリィちゃんは、慌てて戦闘態勢を取る。普通に考えて、こんな見通しのきく場所でゴブリンに気づかないなんてあり得ない。ならば、それを成した何かがあるはずだ。周囲に意識を張り巡らし、慎重に武器を構えて……
「ああ、そんなに焦らなくても大丈夫だって。俺たちが攻撃するか、直接触れないかぎりは戦闘が始まらないから。逃げた場合は、一定確率で見つかることはあるけど」
「何……?」
またしても、訳のわからないタカシの言葉。だが、確かにゴブリン達は、こちらに気づいた様子が無い。武器を構え、戦闘態勢にいる俺たちがいるのに、奴らは警戒どころかこちらに視線を向けすらしない。
「なあ、タカシ。これはお前がやってるのか?」
「うーん。そういうことになるかな? 俺がパーティを抜けると普通に戻るらしいし。ああ、どうやってるのかとか、何をやってるのかとか言われても困るぜ? 『何故物は上から下に落ちるのか』とか『どうして毎朝太陽が昇るのか?』みたいなのと同じだ。小難しい理屈とかあるのかも知れないけど、結局は『それはそういうものだから』としか答えられない。理屈は好きに想像してくれていいけど、結論はコレだ」
そう言って、タカシが肩をすくめる。一切納得はできない。できないが……どうもそれは俺だけらしい。マリィちゃんは、いつも通りの涼しい顔だ。
「そう。ならいいわ。少なくとも私たちに有利だってことなら、文句は無いもの」
「マリィちゃん、さっきから順応性高すぎない?」
「あら、そう? なら言わせて貰うけど、昨日までのダレルさんとのことだって、十分荒唐無稽だったのよ? 理解したつもりになれる程度の説明があるか無いかってだけで、現象としてはどちらも十分あり得ないわよ?」
そう言われて思い返すと、確かにそうだ。1000年前の機械人間とか、魂からの完全復活とか、それだけ聞いたら与太話どころかお伽噺の世界だ。目の前にある「こっちが攻撃するまで気づかれない」現象の方が、よっぽど現実的だ。
そう、現実はいつだって、謎と不思議に満ちている。それを解き明かすのは研究者の仕事で、俺たちはただ、美味しいところを利用するだけでいい。
「OK。わかんないけど理解した。いい男は、器も懐も広いもんだしね」
「ん? もう準備はいいのか? それじゃ、いくぞ!」
これだけ話していても一向にこちらに注意を向けないゴブリンに対し、何故かタカシがリーダーであるかの如く号令を下し、俺たちは一斉に攻撃を開始した。




