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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第二章 一杯の借り

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017

「おう、遅かったじゃねぇかクソ餓鬼」


「……は?」


 町で軽く仕事を片付け、1週間ぶりにサンティのところに戻ったら、何故か目の前には、以前と変わらない姿のダレルがいた。

 催眠術でも無ければ、超スピードでもないだろう。とにかくダレルが普通に目の前にいて、畑仕事をしている。その事実は、何をどうやっても動かない。


「あら、随分早いのね。まるでDDみたい」


「うぉぅ、マリィちゃん、それは……って、違うよ! そうじゃないよ! 何やってんだよクソ親父! え? 何で!?」


「あ、ドネットお帰りー」


「おう、ただいまサンティ……いや、だから違うって! あれ? 俺だけ!? 俺だけわかってないの!? え? いじめ!? そうだったら俺マジ泣きするよ!?」


 正直死んで生き返ったと言われた時より混乱している俺だったが、サンティに手を引かれ、家の中へと入れられる。テーブルに座らされ、差し出されたカップの水を一気に飲み干すと、ほんの少しだけ理性が戻ってくる。


「まあ、あれだな。以前にドネットを再生したことで、色々と情報が蓄積されてたみたいでな。それを使って作業の最適化がされたんだよ。あとは、太陽光発電機ソーラーパネルが軍用の高効率の奴だったから電力に余裕が出来たとかも影響してるのか? ぶっちゃけ俺は普通に寝て起きただけだから、細かいことはわかんねぇけどな」


「いや、でも、10年が……えぇー…………」


「なんでぇ、俺が早めに目覚めたのが、気に入らねぇのか?」


「そんなことはないさ。嬉しいよ? 嬉しいけど、何かこう……なぁ?」


 理屈はまあ、わかった。わからないけど、さっさと目覚めたのはわかった。そして、無事に再会できたのは当然嬉しい。それもまた間違いない。


「まあ、気持ちはわかるよ。アタシだって、10年後に目覚めたお父さんに『大きくなったなぁ』とか言われるの想像してたし」


「あら、私は16になったサンティがあの技術(テクニカ)の前で花嫁衣装を着て結婚を報告したり、ダレルさんが目覚めるときには子供を抱いてたりする感動のイベントを想定してたんだけど」


「おいお嬢さん。いくらあんたでも言っていいことと悪いことがあるぞ? サンティが結婚とか……いや、でも孫か……それは確かに……」


 俺以外の3人が、何だか楽しそうに話をしている。それを見ていると、何だか俺だけがつまらないことに拘っているんじゃないかと、そんな気持ちになる。


 ……うん。そうだな。切り替えるべきだ。ダレルが早々に目覚めたのは、俺の感動と感傷を返せ、という気持ち以外の、全てにおいて良いことだ。なら、俺だけグダグダと悩んでいる意味は無い。不満があるなら、ぶつける相手は目の前にいるのだ。


「あー。おい、ダレル。酒よこせ酒。飲まなきゃやってられん」


「おいおいドネット。昼間から酒とか、お前は何処の駄目人間だ?」


「うっせぇ! ダレルにだけは言われたくねぇよ。いいから何かよこせよ!」


「チッ、しょうがねぇなぁ」


 全くやる気の無い動作でのろのろとダレルが立ち上がり、自分の部屋から酒瓶を1本持ってくると、テーブルの上のコップに、その中身を並々と注ぐ。


「ほれ。あぁ、せっかくだ、お嬢さんも飲むかい? サンティ、カップを……」


「もう持ってきたよ。ハイどーぞ。駄目人間さんたち?」


 ジト目のサンティから目をそらし、ピューピューと口笛を吹きながら、ダレルとマリィちゃんのカップにも酒が注がれる。また自分だけのけ者だとサンティが口をとがらせたが、流石に酒を飲ますわけにはいかないので、サンティの分だけは果実水だ。


「それじゃ、俺の早期帰還と、今後の素晴らしい生身ライフに、乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 ちょっとだけ釈然としないものもあるが、そこは無視してカップを傾け、酒を飲む。芳醇な香りが口から鼻に抜け、熱いたぎりが喉を焼き、胃の中に太陽を生み出す。


「うわ、何だこの酒。滅茶苦茶美味いな」


「本当ね。これ、かなり上等なものじゃないの?」


 驚きに目を見開く俺たちに、ダレルの口がニヤリと笑う。


「気づいたか? まあ、本当は10年後に飲もうと思ってた酒なんだが……俺が目覚めたら飲むって意味では、今でも同じだしな。サンティと一緒に飲めなかったのは残念だが、そっちはまあ、後でまた調達しておけばいいしな」


 そう言葉にして、ダレルが再び酒を一口。プハーッという美味そうな吐息に釣られて、俺たちもまたコップを傾ける。


「で、まあわかってると思うが、そいつは最高級の酒だ。俺が目覚めた記念とはいえ、とてもただで飲ませるようなもんじゃねぇ」


 聞き覚えのあるその台詞に、俺は思わず笑みを浮かべる。サンティはキョトンとしているが、マリィちゃんの方はちゃんと覚えていたのか、楽しそうに笑っている。


「だから、これは『貸し』だ。お嬢さんもドネットも……いつか必ず、生きて返しに来い」


「チッ。返したばっかりなのに、また貸しつけられるのかよ。しょうがねぇなぁ」


「覚えておくわ」


 そうして俺たちは笑い、騒ぎ、飲み続けた。日が落ちれば夕食を取り、ちょっと前までと同じように楽しい時を過ごして、その日は泊まった。まだ片付けて無かったから、部屋の中身はそのままで、僅かな期間ですっかり「自分の部屋」になっていた場所のおかげか、ぐっすりと眠りについた。


 そして翌朝。朝食を食べ、俺とマリィちゃんは、再び家を立つ。たまにここに帰ってこようという心づもりは変わってないが、前回と違って、後顧の憂いは一切無い。


「体には気をつけろよ? 生身になったってことは、老化もするし怪我や病気にだってなるんだろ?」


「まぁな。だが、代わりに回復魔法とかの恩恵が受けられるからな。そう心配はいらねぇよ」


「あまりお酒を飲ませすぎたり、好き嫌いを許容しちゃ駄目よ? ああいう人はガツンと言わないと駄目だから、怒るときは容赦しちゃ駄目」


「うん。マリィさん、アタシ頑張るね」


 俺とダレルのやりとりの向こうで、マリィちゃんとサンティが何やら話し合っている。とても物騒な会話な気がするが、被害を被るのはダレルだから気にしない。いい男は、野暮な詮索なんてしないのさ。


「じゃーな! たまには顔を見せろよクソ餓鬼!」


「ふっ。生身の脳が俺を忘れないうちくらいには、帰ってくるよクソ親父」


 笑顔で別れて、俺とマリィちゃんは歩き出す。心は軽く、足取りも軽い。


「さて、それじゃどうしよっか?」


「そうね。本拠地(ホームタウン)に戻るにしても、どうせなら護衛依頼くらいは受けたいわね」


「なら、とりあえず町の協会に行こうか」


 方針が決まれば、あとは進むだけだ。その先にどんな大事件が待っていたとしても、今の俺たちに知る術は無い。


 そう、俺たちは知らなかったんだ。あんな……あんなことになるなんて。


「オレの名はタカシ! お前達二人とも、今日からオレの勇者パーティだ!」

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