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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第二章 一杯の借り

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016

 どのくらい、そうしていただろうか。ほんの数分だった気もするし、あるいは数十分、数時間だったかも知れない。時間の感覚を置き去りにしていた俺の背後に、なじみ深い気配が生まれる。


「マリィちゃん……サンティは?」


「自分の部屋よ。泣き疲れて寝ちゃったわ。昨日の夜もあまり寝てないんだろうし、少し休ませてあげないとね」


「そっか……ありがとう。マリィちゃん」


 「どう致しまして」と笑うマリィちゃんは、いつもと何も変わらない。そんな相棒(パートナー)を前にして、俺は言葉に詰まる。


 ずっとずっと、意識から意図的に排除してきたことがある。サンティのこれからだ。俺自身、6歳から10歳まで一人で生きてこられたんだから、9歳のサンティが一人で生きるのは、無茶という程じゃない。ダレルの残した金に、家と畑。サンティ自身にも戦う力があるんだから、俺よりよっぽど生きやすいだろう。ダレルのことを隠すとなれば取れる選択肢は狭まるが、家は郊外だし、時々俺たちが立ち寄れば、5年くらいは「子供が大金を持って一人で暮らしている」という状況を誤魔化すのは訳ない。その後は掃除屋にでも登録して、無理の無い程度で依頼をこなしたりすれば、食い詰めてヤバイ橋を渡る必要が無い分、普通の奴よりよっぽど安全だとすら言える。


 そう、サンティは十分一人で生きられるんだ。だから、B級の俺たちが、俺たち基準では足手まといでしかないサンティを引き連れるより、一人で残す方が安心なんだ。だから、これは俺の感傷だ。残される者の寂しさを知っている、俺の弱さだ。


「……残ってもいいのよ?」


 そんな俺の顔を見て、マリィちゃんが言う。相変わらず、何でもお見通しだ。でも、だからこそ俺は首を横に振る。


「俺の『妹』は、そんなにヤワじゃないさ。それに……俺とマリィちゃんは、相棒(パートナー)だからね」


 迷惑かけたり振り回されたり、色んな事があるけれど、でも決して手は離さない。それが相棒(パートナー)ってもんだ。俺のこの手が小さくて、何かひとつしか掴めないなら、俺は他よりマリィちゃんを選ぶ。その対象が、例え『サンティ』だとしてもだ。


「ねぇ、マリィちゃん。俺って薄情かな……?」


「どうかしら? でも、本当に薄情な人なら、悩みも迷いもしないとは思うわよ? それに……」


 一端そこで言葉を切って、さも可笑しそうにクスクスとマリィちゃんが笑う。


「どうせDDの事だもの。何かと理由をつけてはここに戻ってきて、半年もしないうちにサンティに怒られるわよ? 『アタシは大丈夫なのに、心配しすぎ!』とかね」


 あー、何だろう。その光景が凄く良く見える。ほっぺたを膨らませて、背伸びして怒るサンティに、俺は這々の体で謝ってて、その横でマリィちゃんが笑ってる姿が、ありありと思い浮かべられる。


「一応忠告するなら、戻る口実が欲しいなら、お土産は食べ物とかの消耗品にしなさい。凄くどうでもいい置物とかを貰い続けると、捨てられないけど置けないしで、サンティが困り果てると思うわよ?」


「……おぉ、凄いなマリィちゃん。それは確実に心に刻んでおくよ」


 今言われなかったら、絶対そうしてただろうしね。で、目覚めたダレルに「ふざけんなクソ餓鬼! 俺の家はゴミ箱じゃねぇんだぞ!」とか怒られてただろう。流石俺の相棒(パートナー)だね。マリィちゃんマジ凄い。


 マリィちゃんと話したおかげで、俺の中のモヤモヤが、大分スッキリした。少なくとも、もう旅立つことに憂いは無い。とはいえ、流石にサンティに何も言わずに旅立つつもりは更々ないので、家に戻って、しばしまったりと過ごす。


「そっか。やっぱり行っちゃうんだね」


 程なくして、起きてきたサンティと優雅なティータイム。ぽつりと漏らすその言葉には、寂しさが見て取れるほど溢れている。だが、それでも俺は揺らがない。寄り添うことでできるのは、寂しさを紛らわすことで、取り除くことじゃない。生涯を背負う覚悟もない奴の誤魔化しなんて、残酷で傲慢なだけだ。


「ああ。と言っても、一度町に行って適当な依頼を受けて、それから一端帰ってくるけどな。そういうのを時々やれば、サンティが一人で生活できる資金があることが不自然じゃ無くなるし、B級掃除人の庇護下にあるってのもそれとなく喧伝できる。

 顔を繋いでおけば、実際にトラブルがあったときにだって協会を頼れるしな」


「そうね。私たちにしたって、いつでも本拠地ホームタウンにいるわけじゃないから、この前みたいに運が良くなかったら、即座に連絡を取るっていうのは難しいしね。協会と繋ぎを作っておくのは重要よ。ダレルさんは、その辺どうしてたの?」


「お父さんの知り合いは、町の方にも結構いるし、困ったときに頼れる相手も、いる……と思う。頼ってみないとわからないし、困り具合にもよるだろうけど」


「まあ、『何があっても絶対に守ってやる!』なんて言う奴がいたら、そっちの方が胡散臭いしな。でも、それなら普通に生活するくらいなら、特に問題は無さそうだな」


「そりゃそうよ。ダレルさんだってここで目覚めてから苦労して生活したんでしょうから、DDみたいに行き当たりばったりじゃないわよ」


「ぐぅ……いや、俺だってちゃんと計画性くらい……」


「ちょっと前にスカンピンになったのは、何処の計画性に溢れる人だったかしら?」


「ぬぐぅ……すいません……」


 言い込められてへこむ俺を見て、サンティが笑う。それに釣られるようにマリィちゃんも笑い出して、最後に俺は苦笑い。いい男は、いつだって忍耐を忘れないものさ。


「あっはっはっ……二人は本当に仲良しだよね。いつかアタシにも、そんな相棒(パートナー)が見つかったりするのかな?」


「ん? サンティの器量なら、相棒(パートナー)なんてよりどりみどりだろ。まあ、俺とマリィちゃんみたいになれるとなると、流石に限られるだろうけど」


「そうね。相棒(パートナー)と仲間は違うわ。利害の一致する仲間程度ならどうにでもなるけど、本当に自分の背中を預けられる相棒(パートナー)は、そうそういないわ。サンティは美人になるでしょうから、そうなると特に」


「美人だと大変なの?」


「そうよ。友情、愛情、痴情に劣情。色んなものが絡まり合って、ドロドロのまぜこぜになるの。すっっっっごく面倒だから、覚悟しておきなさい」


 実感のこもったマリィちゃんの言葉に、サンティが眉根を寄せて顔をしかめる。それをフフッと笑ってから、マリィちゃんが優しくサンティの頭を撫でる。


「でも、それを乗り越えた先には、きっとそれだけの価値のある出会いがあるわ。だから頑張りなさい。失敗したって挫折したって、傷物になったって大丈夫。そういう全てを纏って、女はより強く美しくなるんだから。

 ……それに、どうしてもって時は、私の所にくればいつでも受け入れてあげるしね」


「え? それってどういう……?」


「あれ、マリィちゃん言ってなかったの? あのな、サンティ。マリィちゃんは、男も嫌いじゃないけど、女の子の方が『特に』大好きなんだ」


「え? それって……え? え゛!?」


 ズササッと、サンティがマリィちゃんから距離を取る。が、当のマリィちゃんは、「あら、嫌われちゃった?」と涼しい顔だ。

 サンティの方に視線を戻すと、その表情は百面相で、顔色も赤かったり青かったりとクルクルと変わっていく。おそらく「同性の年上の人」としてなら気にならなかったことに、色々と思い当たっているんだろう。マリィちゃんは相手の同意無しで変なことはしないし、下心も何も無かったとは思うけど……まあ、それはサンティ自身の気持ちとは関係ないしな。


「うーん。なあ、サンティ。他人が言うことじゃないだろうけど、それでも一応。俺は同性愛も否定しないけど、普通に異性愛の方をおすすめするぜ? ダレルも孫とか見たいだろうしね、ってうわっ!?」


 笑顔でサムズアップした俺の顔に、勢いよくコップが飛んでくる。


「馬鹿! 馬鹿! 二人とも馬鹿ー!」


 飛んでくる食器やら何やらを避けつつ、俺とマリィちゃんは家から飛び出した。顔を真っ赤にしてなおも何かを叫んでいるサンティを背に、俺たちは仕事を受けるため、町へと向かう。さてさて、それでは可愛いお姫様のために、頑張って一稼ぎしてきますか。

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