015
「魂の情報で、生命を創造? 今ひとつイメージが湧かないけど……」
首を傾げる俺に、ダレルがニヤリと笑って答える。
「元々は、抱かずに女を妊娠させる魔法だったらしいな。どうしても跡取りが必要な不能の王様とか、そんなのが使ったんじゃねーか? これならドネットだって餓鬼が作れるぜ?」
「いや、あのさ……俺は別に不能ってわけじゃ……」
「ハイハイ。サンティの前でそう言う話をしないの」
マリィちゃんに止められ、俺たちは口を閉ざす。サンティは結構色々わかってそうな気はするけど、まあ教育上良くないのは否定しない。
「ゲフン……続けるぞ。で、重要だったのは、その魔法の存在によって『魂』が実在すること、そしてそこから遺伝子情報……体の設計図が取り出せるってことが判明したことだ。その理論を使うことで、この技術は『魂から情報を抽出する』、『元の体を綺麗さっぱり分解する』、『設計図通りに体を再構成する』の3段階を経て肉体を復活させることができる……ということらしい。
あー、ちなみに、先に体を用意してから分解だと、何故か復活できずにそのまま死んだみてぇだな。その辺は、魂に対する干渉能力の限界とか、同一性だの複製なんちゃらだのの小難しい理論があるみたいだから、気になるならそっちの棚の書類を見てみりゃいい。俺にはさっぱりだがな」
ダレルの言葉に、マリィちゃんの目が怪しく光る。あぁ、これ絶対興味津々だよ。書類の量によっては、出発時期が大幅に遅れそうだなぁ……俺としてはありがたいけど。
「……あれ? その技術に分解する機能がついてるのに、何で俺を第1の巨人で撃ったんだ?」
前に聞いた時は「この技術にお前をぶち込んで、第1の巨人で撃って分解して、それから再生した」というざっくりした説明だったので気にしなかったけど、今の話だと明らかにおかしい。というか、当たった対象を丸ごと分解する第1の巨人で、ガラスの筒の中に入れた俺を撃つ方法が思いつかない。
「あー、それか。正確には撃ったんじゃなく、弾丸を使ったんだよ。分解の行程にだって当然大量の電力がいるから、それの節約のためだな。そう出来るようなアタッチメントが着いてやがった」
「何て言うか……随分都合がいい話だな」
胡散臭いという思いを隠さない俺の顔を見て、ダレルが肩をすくめて答える。
「ああ、大分都合がいいな。そもそも第1の巨人にしろ魂魄再誕機にしろ、俺が寝た時にはここに無かった物が、俺が起きたら大分増えてたからな。一応『技術を失わせないことが最優先だから、世界各地に情報や現物をばらまきまくった』って資料があったから、その一環だとは思うが。
実際、ここだって俺が奇跡的に目覚めて手を入れなきゃ、普通に古代遺跡になってただろうしな」
「あー、まあ、そうだなぁ……」
適当に相づちを打つが、俺としては理解は示せても納得まではできない。『大変遷』の最中ならともかく、片が付いたあとで技術を『遺跡』に分散して隠したのは何故だ? 技術の復興を願うなら、それを公表して利用した方が有利なんじゃないか? 奪われるのを恐れた? あるいは、技術を失わせようとする何かがいた……? って痛っ!?
思わず考え込んだ俺の頭を、ダレルがひっぱたく。「考えるならここから出てからにしやがれ」と言われて、俺たちは部屋を後にした。マリィちゃんは資料の束に後ろ髪を引かれるようにしていたけど、「流石に持ち出すのはやめといてくれ」と言われたせいで、若干むくれ気味だ。こういう子供っぽいマリィちゃんは希少なので是非ともいじりたいが、一対一でも勝ち目が無いのにサンティと結託されるとフルボッコ確定なので、ここは気合いで我慢する。いい男は、いつだって余裕に溢れてるものだ。
その後は、ダレルの手による太陽光発電機の設置があり、その作業が終われば、夕食だ。いつもと変わらず笑い、騒ぎ、俺たち3人は酒を飲んで、一人だけ飲めないサンティが拗ねたりして……そして、最後の夜。
静かな闇の帳の中で、人の気配が動くのを感じる。普段なら気づかなかっただろうけど、今夜は俺も、気が張っていたんだろう。
勿論、気配を追ったりしない。娘が父親のところに行くのに、特別な理由なんて必要無いだろう。そう言う意味では息子がクソ親父の所に行くのもアリなんだろうが、いい男はいつだって、レディファーストを忘れない。俺のお別れは、明日で十分だ。そのまま瞳を閉じて、全てを遮る闇に身をゆだね……そして、朝はやってくる。
その日も、いつもと変わらぬ朝……とは、流石にいかなかった。サンティの笑顔が見るからにぎこちないし、ダレルの渾身の親父ギャグも、切れが悪い。飯を食ってる時に、しかも子供相手に下ネタを言うくらいだから、相当だ……いや、ここだけはいつも通りかも知れない。
「……なあ、ダレル。色々目処も付いたなら、そこまで急ぐ必要も無いんじゃないか?」
ぽつりと漏れた……本当に、自分でも意識しないところで漏れ出た呟きに、サンティはハッと顔をあげ、だがダレルは、ゆっくりと首を振る。
「クソ餓鬼が帰ってきたせいで、年甲斐も無く張り切っちまってな……元々ガタがきてた体に、相当無理をさせちまった。こんだけ頭の中でアラームがガンガン鳴ってたら、酒の味だってわかりゃしねぇよ。
ぱっと見じゃ生きてるか死んでるかわからねぇような状態になってから技術に突っ込んで、10年経ったら実は手遅れだったから死体が出来ただけでした……なんてなったら、笑い話にもならねぇだろ?」
そう言って笑うダレルに、俺は頷くことしかできない。そのまま静かに時が流れ、ダレルが「行くか」と口にしたことで、俺たちは全員で、地下へと向かうことになった。
教えられた手順を、入念に確認する。ここで失敗はあり得ない。3度4度と確認し、マリィちゃんにも確認して貰い、ダレルに「いい加減しつけぇぞ」と苦笑されるまで確認して、俺たちとダレルは、ガラス管の中と外で向き合う。密閉されている空間のはずなのに、中と外は声が通じるようだった。
「お嬢さん。悪かったな。全然関係ねぇのに、こんなことに巻き込んでよ」
「別にいいわ。相棒の借りを、一緒に返しに来ただけだもの」
ダレルの言葉に、マリィちゃんが笑う。
「サンティ。10年ゆっくり暮らせる程度の金は残した。足りなかったら、ここの技術を売っぱらってもいいし、俺みたいないい男が見つかったら、結婚するのも悪くねぇ。目が覚めたら、一緒に酒が飲めるな」
「10年後の今日だと、アタシまだ19歳だよ? まあ、お父さんは寝ぼすけだから、ちょうどいいかも知れないけど」
ダレルの言葉に、サンティが笑う。
「ドネット。サンティを頼む、なんてことは言わねぇよ。お前を縛るような頼みはしねぇ。まあ、言わなくてもちょこちょこ気にかけるんだろうがな。でも、手を出すのは許さねぇからな?」
「出さねぇよ!? いや、まあ10年後なら美人になってるだろうけど……いや、出さねぇからな!?」
ダレルの言葉に、俺が笑う。
「じゃあな、クソ餓鬼……貸しを返せ」
「じゃあな。クソ親父……10年後にまた会おう」
万感の思いを込めて、俺は技術のボタンを押す。ブォォーンという音が鳴って、ダレルの体を黄色い水が覆っていき、少しだけダレルが咳き込んだ。だが、すぐにその表情が穏やかになり、体の動きが止まって……あっけない程あっという間に、ダレルの体がボロボロと崩れて消えていった。
「パパ……パパ……あああぁぁぁぁぁぁ…………」
その場に泣き崩れるサンティを、マリィちゃんが抱きしめてるのを見て、俺は一人、部屋を出て庭まで歩いた。
抜けるような青空の下、俺にだけ、雨が降っていた。




