014
「おう、起きたかクソ餓鬼」
朝。部屋から外に出てキッチンに向かうと、何故かダレルが朝食の準備をしていた。筋肉ムキムキの体に白いエプロンはどう考えても似合わなそうなのに、何故か不思議とマッチしているのは、子供の頃から変わることの無い謎だ。
「あれ、ダレルが飯作ってるの? サンティは?」
「ああ、あいつはまだ寝てるな。ま、そのうち起きてくるだろ」
何でも無いことのように、ダレルが言う。どんな話し方をしたのか知らないが、9歳の少女が受け止めるには重い話だ。とはいえ、父親がそう言うなら、俺が心配することはないだろう。俺は黙って席に座り、軽くあくびをする。寝付けなかったわけじゃなく、単純に睡眠時間が短かったせいだ。
「おはよう。二人とも早いわね」
「おはよー……ふぁぁ……」
程なくして、マリィちゃんとサンティが二人仲良くこっちに歩いてきた。マリィちゃんは完全にいつも通りだが、サンティの方は目が赤い。
「サンティ、随分目が赤いけど大丈夫か? あ、ひょっとしてダレルと二人っきりにしたせいで、セクハラでもされたか!?」
「ふっざけんなクソ餓鬼!」
背後から娘に手を出す変態野郎の声が聞こえたが、華麗にスルー。おどけて肩をすくめて見せた俺に、サンティが笑いながら答える。
「そんなんじゃないよ。というか、ドネットもマリィさんも気にするかも知れないから言っておくけど、昨日の話は、本当に大したことなかったの。お父さんと血が繋がってないのなんてとっくにわかってたし、体が機械? だとか言うのもだから何? って感じだったし、調子が悪かったのも、解決の目処が付いたって話と一緒に聞いたんじゃ、ショックの受けようが無いしね」
その言葉に、俺は笑って納得してみせる。確かに、ダレルとサンティは似ても似つかないうえに、母親だっていない。これだけ賢い子なら、血縁が無いことなんて気づいていて当然だろう。そしてそれを問題としないなら、ダレルが機械の体であることだって気にしないだろう。俺だって話を聞かされた時は「ふーん。で?」という反応だった。
でも、問題の解決法は……死ぬ可能性は大きく減ったとはいえ、10年一人で待たされるのは、決して楽じゃない。俺みたいに独り立ちした後ならともかく、まだ9歳のサンティの10年……今までの人生全てより長い待ち時間は、きっと辛いだろう。
それでも笑顔で済まそうとするサンティの気持ちをくめないようじゃ、いい男なんて名乗れない。
「そうかそうか。なら、単純に寝不足か?」
「そういうこと。だってお父さんの話、すーっごく長いんだもん。必要なことはほんのちょっとだったのに、その後永遠といかに自分が格好良く活躍したかとか、どれだけドネットが格好悪く失敗してたとか、そんな話ばっかり続いて……」
「ちょっと待てサンティ。てかクソ親父! テメェ何サンティにくだらないこと吹き込んでやがるんだよ!」
「ハァー!? 俺はひとつも嘘なんて言ってねぇぜ? 何なら全員いるここで、もう1回確認してやろうか? 俺特選の『クソ餓鬼の最高に格好悪いシーンベスト200』を語らせたいか? あぁん?」
「200は多いだろ!? クソ親父どんだけ俺のこと覚えてるんだよ!?」
「てめぇが指先ひとつ動かせなくて、クソも小便も垂れ流してたところからいっこだって忘れてねぇよ! ふっ、恨むなら自分の格好悪さと、俺の明晰な記憶力を恨むんだな」
「はいはい。もういいからさっさと食事にしましょ。というか、食事の前に汚い話をしないで頂戴」
「お父さんもドネットも最低ー」
マリィちゃんとサンティの、二人がかりの冷たい視線に晒され、俺はその場で小さくなって身をすくめ、ダレルもしょんぼりしながらできあがった食事をテーブルに並べた。準備が終わり、全員が席について、昨日と変わらない朝食が始まる。
ダレル一人から始まって、俺が加わり、サンティが加わり、俺が出て行って、マリィちゃんを連れて戻ってきて、今がきっと、一番賑やかな食卓。そして、もうすぐここからダレルがいなくなる。俺とマリィちゃんだって、そう長くは留まれないし、留まるつもりも無い。時々様子を見に来るくらいはするつもりだが、基本的には、サンティだけになる食卓。
昨日と同じ今日が来たとしても、今日と同じ明日が来るとは限らない。だからこそ、今日はいつだってお宝だ。その目も眩む価値を、俺は今噛みしめている。長い時間を独りで生きてきたらしいダレルも、長い時間を独りで生きていかなければならないサンティも、きっとそれを噛みしめている。今回の件ではほぼ部外者であるマリィちゃんだけは、ちょっと違うと思うけど……でも、その目が、仕草が、今という時の価値を理解し、その身に染み込ませていることが、俺にはわかる。何せ相棒だからね。
泣きたくなるくらい楽しい時間はあっという間に終わり、全員が一息ついたところで、ダレルの案内で、俺たちは地下へと誘われる。倉庫の床に手を突いたダレルの『命令』で、どう見ても普通の木の床だったところがパタパタと動いて階段になるシーンに目を丸くするマリィちゃんとサンティに、「俺もそうだったな」なんて思いながら、目的地となる地下施設へ。普通に1階分の深さなのですぐに降りきり、目の前にあるいかにも技術な感じの自動ドアを抜けると、そこは完全な別世界だった。
「うわぁ……」
「これは……凄いわね……」
魔術が主流になり、その隙間を技術が埋めるような現代において、まず見ることの無い純技術の施設……様々な機器が壁際と部屋の中央にある、真っ白な壁と天井で覆われた部屋に、俺たちは目を奪われた。そう、俺もだ。2回目だけど、この光景は本当に凄い。天井の明かりは魔術と違って部屋全体を均一に照らし出し、壁にしろ床にしろ、このツルツルした質感のものが、何で出来ているのか見当も付かない。色とりどりのケーブルが数多の機器にくねり繋がり、魔術の幻影板の様なものや、やたらボタンの付いた板状の物なんかを繋いでいる。
研究者ならぬ掃除人の俺たちにとって、この手の物は知識として何となく知っている程度であって、実物を、ましてや稼働出来るような完全な状態の物を見ることなんて滅多に無い。魔術全盛の現代において、これらはおそらく非効率的な産物なんだろうけど、何故だか胸がワクワクする。これが男の浪漫って奴なんだろう。
「ほら、惚けてないでこっちに来い。前にドネットには軽く説明したが、全員にきちんと、コイツのことを説明しておかないとな」
そう言って、ダレルは部屋の左隅にある、でかいガラスの筒の着いた技術を指さす。俺が10年入っていた機械だが、前回と同じく、やっぱり懐かしさを感じたりはしない。まあ、中にいる間は意識なんてなかったんだから、当然と言えば当然だけど。
「じゃ、コイツの説明をしよう。つっても、本当に細かい理屈や仕組みなんてのは全然わかんねぇから、概要だけだが。何せ、『大変遷』の後に作られた技術だからな」
「ん? ここは『大変遷』の時に取り残されたんだろ? 何で『大変遷』の後で作られた技術があるんだ?」
「まあ、その辺もまとめて説明してやる。まずコイツの名前は『魂魄再誕機』。魂の中にある情報を利用して生命体を創造するなんていう、奇跡みたいな魔術を技術だけで再現しようとした研究者共の悪あがきだ」




