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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第二章 一杯の借り

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013

 自分の腹から牙が生えている。それが俺の覚えてる最後だった。次に目が覚めた時、俺は変な水の中に、ぷかぷか浮いてたんだ。


 焦った。そりゃ焦るよ。さっきと今が繋がらない。しかも水の中だ。瞬時に溺れると思ったけど、もがこうとしても体に力が入らないし、そもそも息を吸うことも吐くこともできなかった。それでも不思議と苦しくはなかったから、そのうち俺は落ち着いて、自分の周りを見回した。


 正面半分は、ガラスの筒だった。その向こうには、見たことも無い技術(テクニカ)が大量に並んでて、どんな金持ちの家なんだと想像した。でも、金持ちの家の割には人の姿が全然無い。誰も見ず、誰にも見られず、何日かが過ぎて……やっとやってきた初めての人間が、筋肉達磨の髭親父、ダレルだった。


 俺の目が開いている事にびっくりしたダレルが技術(テクニカ)を動かすと、俺の周りから水が引いていって、その時初めて猛烈に苦しくなって、思い切り咳き込んだ。たったそれだけで体力を使い果たしたみたいに意識が遠のいて、次に起きたときは、もう普通にベッドの上だった。


 体の動かない俺を、ダレルが面倒見てくれた。飯を食わせてくれて、体を動かす訓練をさせてくれて、最初のうちはクソの世話すらして貰った。情けなくて涙が出たけど、「餓鬼がちいせぇことを気にするな」と、ダレルは笑い飛ばした。

 久しぶりに子供扱いされて、俺はずっと張り詰めていた力が切れた気がした。自分が調子に乗ってただけの子供だったことを、素直に受け入れられた。俺は馬鹿だったって、その場で泣いた。


 泣いた俺の話を、ダレルは静かに聞いてくれた。全部聞いた後、その場からいなくなって……呆れられて捨てられるんじゃないかと不安だった俺のところに、いつものスープを持ってきてくれた。「腹が膨れりゃそんなことどうでも良くなる」と言って、そしてもう一度繰り返した。「餓鬼がちいせぇことを気にするな」ってさ。


 その後は、俺自身に何があったのかをダレルが教えてくれた。死ぬ寸前だった俺を見つけて、特別な方法・・・・・で助けてくれたこと。こうして俺が生き返るまでに、10年かかったこと。自分が一人でここに住んでて、魔物を狩ったり畑を耕したりして、気ままな生活を送ってること。


 話を聞いて、憧れた。俺もこういう男になりたいと思った。だから体が動くようになってからは、俺はダレルを手伝って、色んな事をやった。畑も耕したし、狩りにも着いてった。14になったら、正式に掃除人登録もやった。前の登録証(ライセンス)はとっくに死亡扱いで失効してたし、今回はダレルっていう大人の保証人もいたから、登録は簡単だった。


 掃除人になってからは、ダレルは前よりずっと色んな事を教えてくれるようになった。そこになって初めて、あのうるさかった大人達の言葉が、自分を案じる忠告だったことに気づけた。自分の恥知らずっぷりに思わず頭をかかえて、「餓鬼はそんなもんだ」とダレルに笑われるのを、甘んじて受け入れた。


 それから2年くらいして、ダレルが何処かから赤ん坊を連れてきた。「コイツは俺の太陽サンタナだ」とだけ言って、娘として育てだしたけど、別に俺は何とも思わなかった。俺を拾ったくらいだから、赤ちゃんを拾ってくることもあるだろうって、疑問に思うことすら無く納得した。でも、そこからは大変だった。なにせ赤ん坊だ。俺の時と違って、泣くし喚くし病気にもなる。二人で右往左往しながら、それでもサンティを育てて……俺たちは、間違いなく家族だった。


 サンティが4歳になった頃、俺はダレルに呼び出されて、初めてこの家の地下に招かれた。そこでダレル自身のことや、俺がどうやって助かったかなんかを説明されて、一丁の銃を渡された。「アレで治ったなら、使えるかも知れねぇ」と言われて手にし、教えられた『命令(オーダー)』を呟くと、第2の銀セカンド・シルバーは目覚めて、そして俺たちは相棒に、一心同体の存在になった。


 そして、その日を最後に、俺は家を出た。「酒を飲める年齢なら、もう十分大人だ」と言われて、自分でもそりゃそうだと思ったから、独り立ちすることに不満も心配も無かった。6歳の時とは違う。俺のなかには、クソ親父がくれた力と技がある。これでもなおのたれ死ぬなら、それはもう俺の自己責任だ。


 最後の夜、ダレルは秘蔵の酒を開けて、俺の前にあったグラスに注いだ。そして、黙ってそれを飲み干した俺に、こう言いやがった。「そいつは最高級の酒だ。とてもただで飲ませるようなもんじゃねぇ。だからこれは『貸し』だ。いつか必ず、生きて返しに来い」……俺の生涯で一番美味かった酒の、一番高い『貸し』は、こうして出来たってわけさ。




******


「で、その後2年くらいは普通に地道な掃除人活動をしてて、そこでマリィちゃんと出会って……そこから先は、説明する必要ないよね? それとも、俺とマリィちゃんの愛と欲情の日々を、改めて語った方がいい?」


「ふぅ……最後の最後にそういう捏造を入れると、それまでの話まで全部嘘くさく聞こえるから、辞めた方がいいわよ?」


「捏造って、相変わらずマリィちゃんはつれないなぁ。まあとにかく、そんなところだよ。何か質問とかある?」


 俺の言葉に、マリィちゃんはゆっくりと瞬きをしてから「別にないわ」と言って……それきり、沈黙が落ちる。

 静かな部屋の中で、ジジジッとろうそくの燃える音だけが、やけに大きく聞こえる。


「……ねえ、DD。私の過去を……知りたい……?」


 呟くように、絞り出すように、マリィちゃんが言葉を生み出す。きっと、俺の過去ばっかりを知ったのが、フェアじゃないと思ったんだろう。

 勿論、マリィちゃんの過去に興味が無いわけじゃない。でも、こんな風に対価を押しつけて・・・・・聞き出すのは、いい男のやることじゃない。


「マリィちゃんが話したいと思った時に、教えてくれたらいいさ。レディーの秘密を強引に詮索するほど、俺はせっかちな男じゃないぜ?」


「ふふっ、一発屋のくせに」


「うっわ、それは無いわ。それはグッサリ刺さるよマリィちゃん……」


 楽しそうに笑うマリィちゃんに、俺は傷ついたグラスハートをなだめるべく、手にしたグラスの酒をあおる。強い酒気が喉を焼き、その熱がガラスを溶かして溶接してくれる。うん、これでまだ10年は戦えるだろう。


「ねぇ、DD?」


「何? マリィちゃん」


「貴方、いい男よ」


「お、何だよマリィちゃん。改めてそこに気づくとか、ひょっとして惚れちゃった?」


「惚れはしないけど、ね」


 何を知っても知らなくても、俺たちのやりとりは変わらない。変わらないでいてくれたから、これからも俺は、マリィちゃんの相棒(パートナー)でいられるらしい。嬉しいことだ。幸せなことだ。あの日無くした何倍の物を得られたのか、もう自分でもわからない。


「それじゃ、そろそろお暇するわね」


「あれ? 部屋に帰っちゃうの?」


「ええ。だって貴方の相手をしちゃったら、朝食までの間がもの凄く面倒くさいもの。あれだけは、何をどうやっても擁護できないわ」


 そう言って、マリィちゃんはフッと鼻で笑ってから、自分の部屋へと帰っていった。あの悪癖だけは、確かに俺もどうすることもできない。


「しょうがない。俺も寝るか……」


 手早く身支度を済ませ、俺はマリィちゃんの温もりの残るベッドに、その身を横たえた。

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