012
「……いや、どや顔でそんなこと言われても、『大変遷』前の技術なんてわかんないぜ?」
「チッ、しょうがねぇなぁ。いいか、太陽光発電機ってのは、太陽の光を、直接電力に変換する技術だ。つまり、コイツがあれば馬鹿みたいな金で魔石を買わなくても、地下の施設を直接稼働できるんだよ」
「マジか!? そりゃ凄いな。てか、そんな貴重品良く今まで誰にも持っていかれなかったな」
「まあ、あの遺跡の元の形を知らなきゃ、あそこにコイツが着いてる可能性には思い至らないだろうし、そもそも太陽光発電機自体は、貴重品ではあっても金銭的な価値はそれほどじゃないからな」
「そうなのか? 太陽の光だけでエネルギーを無尽蔵に生み出せるなら、ダレルの持ってる変換装置とかで魔力に変換してやれば、大金持ちになれそうだけど?」
俺の疑問に、ダレルは苦笑いで答える。
「前提が違うんだよ。魔力と電力の変換は、変換効率がクソみたいに悪い。こいつの稼ぎなんて、成り立てのC級掃除人にすら届かないくらいだ。電力以外で動かせない技術を動かすって目的がなきゃ、実用にはほど遠い骨董品ってところだな」
「ふーん。つまり、それがあれば電力を直接生み出せるから、効率の悪い魔力を使う必要が無くなって……今回の問題は、解決ってことでいいの?」
なら良かったと安心するマリィちゃんにも、ダレルはやっぱり苦笑いで答える。
「完全解決ってわけじゃねぇけどな。状態はかなりいいが、それでも経年劣化は当然してる。手持ちの魔石を全部突っ込んで地下を動かして、こいつを整備して取り付けてやれば、2~3年は大丈夫なはずだ。まあ、上手くいっても5年くらいが限界だろうが」
その言葉に、俺の中には安堵が広がった。大金を稼ぐための猶予期間が、数ヶ月から数年に延びた。しかも延びた分だけ必要な金が減って、それを稼ぐ途中で「電力を直接生み出せる技術」を調達できれば、更に劇的に必要な金額が下がる。
絶望的だった未来が、一気に現実的なところまで落ちてきたことに、俺は運命と言われるものを感じずにはいられない。俺がここにいることも含めて、世界はいつだってちょっとした奇跡で回っている。
「ねぇ、さっきから全然話がわからないんだけど、うちって地下とかあるの?」
不意に聞こえたその声に、俺は思わず声の主に視線を向け、次いでダレルに顔を向ける。
「……あ-、そうだな。サンティにもそろそろ色々教えておくか。じゃあ、おいドネット。俺はサンティに色々説明しておくから、お前はお嬢さんに、お前の事を説明してやれ。どうせまだ話してねぇんだろ?」
ニヤリと笑うダレルに、視線だけで興味を示してくるマリィちゃん。こうなったら、もう逃げられない。いや、別に逃げていたわけじゃない。積極的には話したく無かったってだけだ。馬鹿だった子供の頃の話なんて、したいわけがない。
「ふぅ……じゃ、マリィちゃん、俺の部屋に来て貰ってもいい?」
「仕方ないわね。DDからのお誘いを受けるなんて、今回だけよ?」
笑って答えるマリィちゃんと連れだって、俺は自分の部屋に戻った。お客さんであるマリィちゃんに椅子を勧めたけど、何故かベッドの方に座られちゃったので、やむなく俺が椅子に座って、マリィちゃんと向き合うと、グラスを渡して酒を注ぐ。喉の渇きを覚えないほど、短く終わる話じゃないだろう。
「うーん。じゃ、どこから話したもんかなぁ……」
「最初からよ。貴方が話していいと思う、自分の一番最初から教えて頂戴」
迷う俺に、笑顔で「あるだけ全部話せ」と要求してくるマリィちゃん。相変わらず容赦が無いなぁと笑って、俺は自分のことを語り始めた。
******
俺の生まれは、何処にでもある普通の田舎町だった。ごく普通の両親の元に生まれて、ごく普通に愛されて、ごく普通に成長して……そして、ごく普通に両親が死んだ。二人揃って移動中の馬車が、たまたま近くに沸いた強めの魔物に襲われたって、それだけの話だ。俺は当時6歳だったから、一緒に行かずに家で留守番していて……両親が死んだのは、俺の面倒を良く見てくれていた近所のおばちゃんから聞かされた。ほんの1週間程度の留守番だったはずが、いきなり孤児になった。
これがもっと大事件なら、世間から同情されたかも知れないけど、正直ありふれた事故だ。だから、借家住まいだった俺はすぐにとは言われずとも数ヶ月以内には出て行かなくちゃいけなかったし、蓄えだって、その程度の生活で尽きる。
6歳の子供がいきなり住み込みで働けるようなコネなんて無いし、あとはもう孤児院にでも入るか、路上で生活するか……そういう乏しい選択肢のなかで、俺は問題掃除人になることを選んだ。
本来、問題掃除人には14歳まで登録できない。でも、例外として俺みたいに、今すぐ自力で金を稼ぐ必要がある奴だけは、6歳から登録できる。俺はそのギリギリに引っかかって、自力で金を稼ぐ術を手に入れることが出来た。
勿論、掃除人に登録できることと、仕事をこなして金を稼げることは同じじゃない。子供の体じゃ肉体労働系の依頼すら受けられないから、ひたすら薬草採取みたいなのを繰り返すか、あるいは死んだらそれまでと開き直るくらいの覚悟で、ゴブリンみたいな雑魚を狩るか。
薬草を採ってるだけじゃ、本当に最低限の生活しかできない。徐々にすり減る生活費に心まで弱って、仮に大人になれたとしても、戦えないヒョロガリになる未来しか見えない。だから俺は、蓄えの全てをつぎ込んで、子供用の革の鎧と剣を購入し、命の取り合いをする方を選んだ。
才能があったのか、運が良かったのか、俺は生き残った。順調にゴブリンを屠り、少しずつ金も貯められた。1年経ち、2年経ち……少しずつ体は大きくなり、少しずつ力が強くなり、稼いだ金で、少しずつ装備も良くなって……少しずつ、俺は調子に乗るようになってきた。
わかってなかった。俺をからかっている奴らは、善意ばかりでは無いにせよ、俺を心配してくれていた。俺をしかった奴らは、他人のやり方に口を出す嫌な奴じゃなく、俺が生きるための道を教えてくれる先輩だった。俺を止めた奴は、俺の実力や才能に嫉妬したんじゃなく、俺の無謀さを指摘してくれた先達者だった。
そして何よりわかってなかったのは、そういう人達の親切は、俺が子供だったからだ。年を経て、それなりの実力と「自己責任」を背負うようになれば、それ以上は誰も何も言わなくなるんだ。守るべき子供じゃなく、一人の掃除人になったなら、そいつが馬鹿やって死んだって、そいつ自身の問題なんだから。
それに気づかないまま、俺は10歳になった。実年齢はともかく、4年の実戦経験を積んだ俺を、周囲はもう子供としては扱わなかった。うるさく口を出してくる奴らがいなくなったことで、俺は周囲に実力を認められたんだと勘違いして、依頼票にあったC級の魔物を倒しに、一人で出かけた。14になるまでランクは上がらないから、D級の俺には受けられない依頼。でも、魔物を倒してしまいさえすれば、どうにかなると思い込んでいた。最悪依頼達成として処理されなくても、魔物の素材を売れば十分黒字になるだろなんて、自分が負けることを一切考えてなかった。
そうして一人で突っ走って、強い魔物に自分から突っ込んでいって……そして、俺はあっさりと、その命を散らせた。




