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「うーん。いないねぇ」
時折寄ってくる雑魚魔物を倒しながら、俺たちは森の中を散策する。隊列的には、ダレルを先頭にし、中央のサンティ。その左右後方を俺とマリィちゃんが抑える、三角形みたいな感じだ。森の脅威度的に怖いのはサンティへの不意打ちくらいで、それさえなければサンティ自身も魔法による攻撃が出来るので、ターゲットになるシュトラグルディアー以外は、大して問題にならない。
そして、シュトラグルディアーは音に反応して逃げるような小者ではないから、戦闘にも索敵にも、割と神経を裂く必要が無い。結果として適度な緊張感は維持しつつも、散策を楽しむくらいの気持ちで、俺たちはドンドン森を突き進む。
「ねえドネット。何でさっきから、いないいないって声に出して言ってるの?」
「ふっふっふ。いいところに気づいたなサンティ。これは「フラグ」と言って、こういうことを口にしておくと、大抵逆の事が起こるんだ」
「え、何それ面白い! もっと他にもあるの!?」
「そうだな。一番有名なのは、戦争とかに行った奴が『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』とか言うと、大抵死んで帰れなくなるとかかな」
「何それ可哀相……何でそんなことになるの?」
「何でって……それは、そういうものだから?」
「はいはい、馬鹿なこと言ってないの。それはね、これから戦おうって人が、戦闘ではなくその先に意識を向けちゃうせいで、注意力が下がって死亡率が上がるってことよ。要は、今のDDみたいに余計なことを話してると危ないってことね。
だから、サンティはDDの真似をしちゃ駄目よ?」
「はーい。マリィさん」
「お前らいい加減にしろ! 見つけたぞ!」
しみじみと自分の立場の弱さにむせび泣いていた俺だが、ダレルの声にサッと緊張を取り戻す。サンティは若干緊張気味だが、マリィちゃんは当然のように戦闘準備万端だ。
俺は腰から相棒を引き抜き、前方に意識を集中する。濃い緑の溢れる森の中で、場違いなほどに赤いソレが、悠然とした歩みでこっちに向かってくるのがわかる。太くてでかい2本の角に、真っ赤な魔力を漲らせた魔物。シュトラグルディアーに間違いない。
「逃げるわけでも突っ込んでくるわけでもなく、歩いてくるとはな……その自信が過信かどうか、いっちょ試してやるか! 武装具現化・ダンゲル・ダンディ」
いぶし銀の篭手を身につけ、ダレルが真っ正面から突っ込んでいく。シュトラグルディアーは首を振るよう動かし、角でダレルをなぎ払おうとするが、ダレルは姿勢を低くしてそれをかいくぐり、そのまま突っ込んでディアーの右足に拳打を叩き込む。
よろけはしても倒れはしないディアーが、足を振り上げダレルを踏みつぶそうとしたところで、俺の相棒が火を噴く。頭に2発、胸に2発を命中させるも、明らかに傷が浅い。とはいえダメージに一瞬ひるんだ隙を突いて、ダレルが一端こっちに戻ってきた。
「おいドネット。お前の銃、いくら何でも攻撃力が低すぎねぇか?」
「ああ。通常弾にしたって、ここまで弱いのはちょっとおかしい。シュトラグルディアーにしちゃ身体強度が高すぎる」
「なら、上位種か変異種ってところかしら? どっちにしろ、これじゃDDは戦力にならないから、サンティの護衛を交代した方がいいわね。武装具現化・爆裂恐斧」
森で使うには大きすぎると言うことで、それまで予備のハンドアックスを使っていたマリィちゃんが、それをしまって爆裂恐斧を具現化すると、ダレルと2人でシュトラグルディアーに向かって突っ込んでいく。俺と、勿論サンティもこの場所でお留守番だ。
マリィちゃんの爆裂恐斧が、ディアーの角と打ち合う。ギィィンという金属同士が擦れるような音が響いて、マリィちゃんが一歩後ずさったところで、ディアーの意識からはずれていたダレルが、横から突っ込んでボディに一発。ディアーがふらつき、その方向に合わせるようにマリィちゃんの斧が振るわれるが、それでもディアーは倒れること無くその場に留まり、やっぱりマリィちゃんの方が下がらされる。
「うーん。こりゃ不味いな」
「え? あの2人ピンチなの?」
戦いを見守る俺の呟きに、サンティが当然の、だが見当違いな反応をする。
「いや、勝つだけなら十分だよ。でも、このまま続けるとちょっと、ね。ま、ここはいい男の面目躍如といきますか。接続。起動せよ『第2の銀』」
俺は目的達成のため、相棒を目覚めさせる。
「イエス、マスター。リンケージ、オールグリーン」
「精神同調 接続臨界 30%」
「オーダー、アクセプト。マインドハーモナイズ、リンケージスタート」
相棒の放つ蒼光が、まるで血管を逆流するように浸透していく様に、サンティが目を丸くする。だが、今それは些細なことだ。
「紅血弾 生成開始 内容物指定 ケタミン。形状変化 貫通弾」
「オーダー、アクセプト。ブラッドバレット、クラフタライズ……コンプリート」
「ぐぅ……」
思ったよりも、体の負担が大きい。だが、あんまり軽い弾丸じゃ、奴には効果が届かない。
「ドネット!? ねえ、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だよ……ありがとうサンティ」
戦っている二人よりよほど辛そうに見えるらしい俺に、サンティが寄り添ってくれる。だが、ここが気合いの入れ所だ。真っ直ぐに銃を構えたまま、二人の動き、シュトラグルディアーの動き、全ての動きを見極める。
二人の方も、俺が切り札を構えたのに気づいたんだろう。自分の体勢が崩れるのを覚悟で、マリィちゃんが強く斧を振り下ろし、ダレルが拳を突き込む。怒りにまかせてシュトラグルディアーが体を振り、そのせいで二人共が吹っ飛んで……射線が通る。
「穿て! 『The Tranquilizer』!」
引き金と共に銃声が鳴り響き、細く糸を引く深紅の軌跡が、奴の体深くに入り込む。すぐに効果を現したそれにより、シュトラグルディアーがふらふらと巨体を揺らすが、それでも倒れ込みはしない。
「ちょっとDD!? 何で麻酔弾なの? 麻痺弾なら一発で片が付いたし、そもそもあのまま戦っていたって、私が勝ったのはわかってるでしょ?」
「いやだって、今回の目的は奴を『倒す』ことじゃなくて、『狩る』ことでしょ? マリィちゃんがあのまま斧を使ったら爆砕しちゃうし、麻痺弾だと筋肉が固くなっちゃって味が落ちるからね」
俺の言葉に、マリィちゃんがハッとした顔をする。ああ、これ、絶対主目的を忘れてたな。明らかに視線が泳いでいるマリィちゃんに比べて、ダレルの方はちゃんと覚えていたようで、うんうんと頷いている。
「まあ、結果が良ければそれでいいだろ。後はあのふらふらになった酔っ払いを追いかけて、倒れたところを仕留めればいい。角は高く売れるし、皮もなめせばいくらでも使い道がある。勿論肉も美味いしな!」
ダレルの言葉に全員の顔がニンマリとなり、俺たちはヨタヨタと歩くシュトラグルディアーの後をついて行く。だが、体が大きいうえに、元々の生命力も段違いに高いであろうディアーは、なかなか倒れない。このまま様子を見続けて、もし奴が倒れる前に麻酔の効果の方が切れたら事だと、多少のリスクは覚悟でそろそろ仕留めてしまおうかと思い始めた俺たちの前で、突然にして視界が開け、そこには、想像もしていなかった景色が広がっていた。




