004
土下座をする俺の視界の端に、ふと見覚えのあるような気がする顔が映る。勿論、俺が気づくくらいだから、リューちゃんも気づくわけで、何故だか顔を歪めた少女を招き寄せ、俺たちに紹介してくれようとしたのだが……
「サンティ!? サンティか! うわ、でっかくなったなぁ!」
誰の声を聞くまでもなく、俺は飛び出して、その少女の脇に手を入れ、天高く持ち上げる。
「うわっ!? ちょ、え!?」
「ど、ドネットさん!?」
戸惑いの声を上げる少女とリューちゃんを無視して、俺ははしゃぎながら彼女をクルクルと振り回す。前に会ってからもう5年以上立つのに、この意志の強そうな榛色の目だけは、変わることが無い。大きくなってくれていたことの嬉しさと、変わっていなかったことの懐かしさに、ひとしきり一人ではしゃぎ続けて……
「いい加減にしなさい」
「ぐふっ!?」
マリィちゃんからの容赦の無いツッコミに、俺はギリギリ少女を軟着陸させると、その場で頭を押さえてうずくまる。
「えっと、ドネットさん。ご存じのようですけど、そちらが例のサンテナ・マキーニちゃんです。マキーニちゃん、こちらが、貴方がお探しのドネット・ダスクさんです」
一応仕事……でもないのだが、まあそんな感じの一環として、俺とサンティにそれぞれを紹介してくれるリューちゃん。だが、当の本人達はと言えば……
「うぅぅ……まだグルグル回ってる……」
「うぅぅ……頭が……」
「……何て言うか、この光景だけみたら、確かに親子って感じに見えるわね」
ふらふらのサンティと、頭を押さえている俺を見て、さもありなんという表情で頷くマリィちゃん。だが、当然サンティは俺の娘じゃない。未遂にすら至らず暴発を繰り返すだけの俺に、娘が出来る要素は欠片も無い。
「ふぅ……で、サンティ。何故俺が君の父親だと? ダレルはどうしたんだ? そもそもどうやってここに? 一人で来たのか?」
「あ、あの、アタシ……」
「ちょっとDD。いきなりそんなに質問攻めにしても、困らせるだけよ」
軽く暴走しかけていた俺を、マリィちゃんがたしなめてくれる。
「ハイ、サンティ。私はマリィ。この馬鹿の相棒よ。宜しくね」
「あ、はい。アタシはサンテナ、です。宜しくお願いします。マリィさん」
優しく言葉をかけるマリィちゃんに、サンティも若干緊張しながらも、きちんとした返答を返す。
「それじゃ、こんなところで立ち話も何だし、どこかでお茶でもしながら話しましょうか。勿論、貴方の『お父さん』の奢りだから、食べたいものがあったら何でも言っていいのよ?」
「え? でも……」
「おぅ、任せとけ! いい男はいつでも余裕があるものだからな。遠慮なんかしなくていいから、好きな物を言っていいぞ」
マリィちゃんに目配せされるまでもなく、俺は自慢のナイスなフェイスを浮かべ、親指を立てて歯を見せる。美人や美少女に食事を奢るのに、否やなどあろうはずも無い。
「あの、でも……」
「サンティ」
未だに緊張の抜けない顔のサンティに、俺は跪いて目線の高さを合わせ、その頭にそっと手を載せ、撫でる。
「君やダレルに何があったのか、俺はまだ知らない。君がどんな苦労をしてここにたどり着いて、どんな気持ちで俺に会ったのかも、聞いてない。君が俺を覚えていないだろうことも、俺は察してる。だから、安心しろとか信頼しろとか、そんなことは今は言わない。でも……
大丈夫。君はちゃんとここにたどり着いて、俺の手の届くところに来てくれた。ダレルの言葉を信じて頑張ったから、ここでこうして俺たちは出会えた。だからもう少しだけ、ダレルの……君の『お父さん』の言葉を、信じてやってくれ。君のお父さんの友人は、決して君を邪険に扱ったりしない」
「ドネットさん……」
「DDでいいよ。さん付けされるほど、大した男じゃない。まあ、いい男ではあるけどな」
ここぞとばかりに、会心の笑み。ずっと不安が消えなかったサンティの表情に、ちょっとだけ明るさが戻る。
「それじゃ、行くかサンティ! 何か食べたいものとかあるのか?」
「あー、じゃあ、甘い物とか……」
「いいわね甘い物。それじゃ私の行きつけのお店にしましょうか。おすすめは、ビッグデリシャスゴージャスパフェよ」
「パフェ! ビッグデリシャス!?」
マリィちゃんのおすすめメニューに、俺のトークを聞かせた時の、数倍の輝きを放つ笑みを浮かべるサンティ。いや、まあ、それ自体は別にいいんだけど……
「ね、ねえマリィちゃん? それ、名前からしてもの凄く高そうなんだけど……」
「そうね。美味しいらしいけど、値段も相応よ。奢りじゃなかったら、絶対に頼まないわね」
「らしいって、自分で食べたこと無いのにおすすめなの!?」
「だって、そんな高い物を食べるとか、勿体ないじゃない。DDがご馳走してくれるっていうから、初トライするのよ。サンティも楽しみよね?」
「うん。楽しみ!」
「あっれぇ、俺旗色悪い? てか、何でマリィちゃんとは一瞬で打ち解けて仲良くなってるの?」
「甘い物は偉大なのよ」
「甘い物は凄いよね」
二人の女が顔を見合わせ微笑み会う。歳も境遇も、甘い物の前には何の垣根も生み出さないらしい。まるで姉妹のように、仲良く手を繋いで歩く二人の背中を見ながら、サンティ曰く「父親」の俺は、財布の中身を思い出して戦々恐々としていた。