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「……はい、確認できました。これなら、ドネットさん達が罪に問われることは無いと思います。お手数をおかけしました」
そう言って、リューちゃんが丁寧に頭を下げる。受付嬢に相応しい、ピンと背筋の伸びた素晴らしいお辞儀だ。
「それと……これはさっき言いそびれてしまった、個人的なことなのですが……お帰りなさい。ドネットさん。マリィさん。お二人が無事で、本当に良かったです」
「うん。ありがとうリューちゃん。美人に心配されたおかげで、この通りかすり傷ひとつないぜ」
「ありがとうリュー。あと、この馬鹿に傷が無いのは、私が頑張ったおかげね」
「いや、100%そうだから何も言えないけど、カッコくらいつけさせてよマリィちゃん……ひょっとしてリューちゃんに妬いちゃった?」
「あらあら、せっかく無傷で帰ったのに、傷だらけになりたい人がいるのかしら? いいわよ。潰してあげる。優しく丁寧に……グチャッて」
マリィちゃんの視線が下に向き、開いていた手がギュッと握りこまれる。
そして、それに連動するように、俺のアレもキュッと閉まる。
そして、そんな変わらない俺たちを見て、リューちゃんが思わず笑みをこぼす。
「ふふっ……お二人は、本当に仲が良いですよね」
「あ、リューちゃんにもそう見える? 照れちゃうなぁ」
「まったく、リューにまでそんな風に見られるなんて、心外だわ」
くだらないことを言って、じゃれ合いながら笑い合う。この瞬間が、たまらなく愛おしい。こういう時間があるからこそ、俺はあの時を超えられた。こういう瞬間があるからこそ、俺は今、こうしてここにいられる。
「さて、あんまりここで話してたらリューちゃんの邪魔になるし、そろそろ行こっか」
「そうね。じゃあ、またね。リュー」
「はい。お二人ともまた明日」
リューちゃんに暫しの別れを告げて、俺たちは再度協会の外に出る。流石にもう、よほどのことが無い限り今日は協会には戻りたくない。いくら何でも3回はきつい。
「さて、じゃあどうしようか?」
「そうね。じゃ、まずは私の部屋に来なさい」
「それって……そうか、そうだね」
いつもの軽口を返そうとして、マリィちゃんの表情が真剣なのに気づいて、話すって決めた自分を思い出して……俺たちは無言で宿屋へと戻り、そのままマリィちゃんの部屋に入る。
「まずは、はい。これどうぞ」
そう言って差し出されたのは、据え付けのカップに注がれたワイン。何だかんだで気遣い上手のマリィちゃんが差し出す、いつもと違う酒に、俺の心が少し揺れる。
「マリィちゃん。俺は……」
「いいから。ここは私の部屋で、それは私のお酒。だから貴方の好みなんて関係ないし、貴方の緊張も関係ない。
……いつもと違う顔を見せるなら、いつもと違うお酒を飲むのもいいものよ」
そう言って、マリィちゃんはカップからワインを一口。「やっぱりグラスじゃないと、色や香りを楽しめないわね」なんて言いながら、ちびちびとワインを飲み続けている。
俺は……そんなマリィちゃんを見て、いつもと違う色の酒に口をつける。渋みと深み。鼻に抜けるブドウの香り。慣れないけど……でも、これも悪くない。
「……サンテナ・マキーニの親父さん……ダレルは、俺がまだD級だった頃に、知り合った人だったんだ」
口から、自然と言葉がこぼれる。あの時と違う酒だからこそ、きっと俺の中の壁をすり抜けて、言葉が漏れていく。
「当時の俺は、今よりずっと馬鹿でさ。無茶やって粋がって、本当に……本当に馬鹿だったんだ。身の程を知らない。怖い物を知らない。だから何でもできたし、何だって言えた。何にでもなれる可能性があったし……だからこそ、何にもなれなかった」
蘇ってくる、過ぎ去りし日々。忘れたいほどもどかしくて、忘れられないほど輝いていた、少年の日々。
「新人が調子に乗って痛い目見るなんて、ありがち過ぎて話題にものぼらない。
新人が無茶やって怪我することなんて、日常茶飯事だ。
新人が失敗して、死んじまうことだって……珍しいわけじゃない。
だから俺も、あの日調子に乗って、無茶やって、失敗して……そして、死んだ。俺はあの日、確かに死んでたんだ……」
蘇ってくる、死の恐怖。忘れたいほど苦しくて、忘れられないほど辛かった、真っ暗な恐怖。
「なあ、マリィちゃん」
声をかけて、うつむいていた顔をあげる。マリィちゃんは、こっちを見ていない。見ないようにしてくれている。だからこそ、言葉が続けられる。
「俺が一回死んでから生き返ったって言ったら……信じる?」