001
「お嬢さん? どこかで知り合った女の子が、わざわざ訪ねてきてくれたとか? いやぁ、いい男は違うね」
「わざわざDDを訪ねてくるなんて、酔狂な女がいるものね」
ハゲマッチョの事件の後、詳細を報告するために協会に出向いた俺たちだったが、リューちゃんの言葉に俺は照れ、マリィちゃんは意外そうな声をあげる。
「ああ、いえ、そうではなく。お嬢さん……ドネットさんの娘だと言っていたんですが……心当たりは?」
「…………娘?」
完全に、動きが止まる。当たり前だが、娘がいる記憶は無い。抱いた女は無数にいるが、子供が出来るところまですすんだ相手は一人も……ああ、思うだけで悲しくなってくるな……
「DDに娘なんているわけ無いでしょ。間違いか詐欺か美人局か……どれがいい?」
「その三択なの? それならまだ間違いが……いや、そこは『貴方娘がいたの!?』とか驚くところじゃないの?」
「……ふっ」
「ですよねぇ……」
「えぇ……てか、マリィちゃんはともかく、リューちゃんまで最近きつくない? 俺のグラスハートが崩壊寸前なんだけど」
「あら、この程度受け流せないようじゃ、いい男とは言えないんじゃない?」
マリィちゃんからの回避不能な口撃に、一瞬俺は言葉に詰まる。
「ぐぅ……ま、まあそうだな。俺いい男だしな。
まあそれはそれとして、実際俺はどうすりゃいいの? てか、その子の名前とか年齢とか、そういうのは?」
「あ、はい。名前はサンテナ・マキーニちゃん。年齢は9歳だそうです」
「……マキーニ?」
その名に、俺は思わず聞き返す。蘇るのは、一杯の酒の味。ずっと前に霞んで消えた、苦くて甘い琥珀の思い出。
「……その子に会いたい。どうすればいい?」
「DD?」
俺の様子の変わりように、マリィちゃんが声をかけてくれるが、俺はそれを無視して、リューちゃんに再度問いかける。
「その子に会いたい。リューちゃん。俺はどうすればいい?」
「あ、はい。明日もまたここに来るそうなので、朝の9時くらいに来てくれればいいかと」
「9時か。わかった」
「ねえ、DD?」
俺はそのまま、協会を出る。まだ日は高く、今すぐに何をどうこうということはない。いや、こっちから探せばあるいは……
「ちょっとDD!」
大きな声と共に、肩を掴まれる。振り返った先にいたのは……ただ心配そうな顔のマリィちゃん。
ちっ、何やってるんだ俺は。これじゃ駄目だろ……
「ごめん。マリィちゃん。もう大丈夫」
軽く頭を振ってから、いつもの笑顔を作ったつもりだった俺の顔を、マリィちゃんが両手で挟み込む。
「ふぁ、ふぁりぃちゃん?」
「大丈夫って顔してないわよ? 言いたくないことを詮索するつもりはないけど、そんな顔をした相棒を黙って送り出すほど、私は甘くないわよ?」
じっと目を見つめられる。ルビーのように燃えさかるマリィちゃんの赤い瞳が、どうやら俺の心の氷山を、ゆっくり融解してくれたらしい。
落ち着いてきた思考と共に、俺はゆっくり息を吐く。
「わかった。説明するよ」
「そ。でも、その前にやることを済ませるわよ?」
「やることって……マリィちゃんったら、朝から大胆だなぁ。惚れちゃった?」
「はいはい、惚れてないから。この前のハゲ、げふん。ブランドルの事を報告しに来たのに、貴方何も説明しないで出てきちゃったのよ? まずはリューにしっかり報告しなさい」
「あー、確かにそうだ。悪いことしちゃったなぁ」
報告するって言っておいて、何も言わずに出てくるとか、あっけにとられる何てもんじゃ無いだろう。しかも、そこに今から戻っていくっていうんだから、ばつが悪いなんてもんじゃない。
「ほら、私も一緒に行ってあげるから。行くわよ?」
言って、マリィちゃんが俺の手を引いて歩き出す。
「ありがとうマリィちゃん……って、マリィちゃんも当事者なんだし、一緒に行くのは当たり前じゃない?」
俺の言葉に、ただ笑顔だけを返してくるマリィちゃん。引いてくれる手は、何故だかとても温かかった。