ハロウィン記念SS-3
「あのね、ミリィ。こういうことを言うのは無粋だとわかってるんだけど……貴方、本当にその方向性で良かったの?」
「ガーガー。ナンノコトデスカ、オネエサマ?」
「あの……その……いえ、いいわ。ただ何か悩み事があるならいつでも言ってね。貴方の姉として、精一杯力になるから」
「ガーガー。アリガトウゴザイマス、オネエサマ」
筒の中に隠れているので、ミリィちゃんの表情は見えない。仮に見えたとしても基本無表情のミリィちゃんの顔から感情を読み取るのは非常に困難だ。ミリィちゃんの表情検定が二級にあがった俺でも、今の彼女の真の気持ちはわからない可能性が高い。
「うぉぉー! 何だこれ、機械人か!?」
「ヤベー! 超光ってるし超長いじゃん! 超カッケー!」
と、そんなミリィちゃんの元に、小さな男の子が幾人か集まってきた。普通の人間の他にも、猫人族や犬人族の子供……珍しいところでは蛇人族なんかも混じってるが、その子供達が揃いも揃ってミリィちゃんの輝く頭をキラキラした目で見つめている。
「ガーガー。コンニチハコドモタチ。ワタシハみりぃデス」
「喋った! ミリィだって! 俺トーマス!」
「僕はファンダル!」
「僕はパロです! わふぅ!」
「シュー……オレ、ガザ……」
子供達にまとわりつかれ、ミリィちゃんがワタワタと対応していく。頑なに間接の固さをアピールしているせいで実にギクシャクした感じだが、当人達が楽しそうだからきっと問題ないんだろう。
「何よ。心配して損しちゃったわ」
そんな妹の姿を見て呟くマリィちゃんの顔には、満面の笑みと……ほんの少しの寂しさが見える。
「どしたのマリィちゃん?」
「ん……別にどうってわけじゃないわ。強いて言うなら……子供もいいものかもって思っただけ」
「……そっか」
俺はマリィちゃんの横に立ち、静かにミリィちゃんと戯れる子供達を見つめる。
俺の体は、ちゃんと死ねるようにはなった。だが普通に子供が出来るのかと言われたらそれはわからない。やってみたら何の問題も無く作れる可能性もあるし、どれだけ頑張っても無理だと言われてもそれはそれだと思える。
そう言う意味では、ダレルやジェシカの母親も俺と同じ再生人間ということになるので、その辺がどうなってるのかはわからないが……ただどちらも今更子供を増やそうとは思わないだろうから、おそらく大きな問題にはならないだろう。少なくともダレルに聞いたなら「餓鬼なんざお前らだけで十分だ! ああ、でもサンティみたいな可愛い娘ならもう100人いたっていいけどな」と笑うだろう。
そして、マリィちゃん達はもっと複雑だ。生理は普通にあるようだからそう言う意味では子供を産めてもおかしくないが、何せ元が元だ。例えば妊娠中にエネルギーが切れて人型を保てなくなったらどうなるのかとか、生まれる子供はそもそもまっとうな人間なのかどうかとか、わからない点が多すぎる。きっと全てを解決しない限り、マリィちゃん達が子供を産むことは無いだろう。
「ねぇマリィちゃん。家族ってさ……別に血の繋がりが全てってわけじゃないと思わない?」
「何よ突然?」
俺の言葉に、マリィちゃんの視線がこっちを向くのを感じた。だが俺は前を向いたまま言葉を続ける。
「いやほら、俺ってさ。血の繋がった両親とはガキの頃に死に別れてるんだけど……その二人を蔑ろに思ったことは一度も無い。正直今じゃ顔も朧気になってるけど、それでも両親のことは大事に思ってるし、時々は墓参りも行ってる。
でもさ、俺にとって親って言ったら、やっぱりダレルが一番に浮かぶんだ。家族って言われたら、俺とダレルとサンティと……その姿が浮かぶんだよ」
血の繋がりの強さを、否定するつもりなんて毛頭無い。己の血肉を分けて生まれた子供との関係が薄いわけが無いからだ。だが、それが唯一絶対だなんて思いたくはない。生まれる前に決められた絆が、生まれた後に自分の力で必死に繋いだ縁に劣るとはどうしても思えない。
「それにそもそも、父親と母親は血の繋がらない赤の他人じゃん? そう言う意味でも、血縁が無くたって家族にはなれるさ。互いが望んで必死に手を伸ばすなら、その繋がりはきっと本物だよ」
「……ねえDD? ひょっとして、私のこと慰めてくれてるの? その格好で?」
「おや、この姿はお気に召しませんかお嬢様?」
俺の頭には、赤と白の螺旋模様が入った三角帽子が乗っている。鼻の頭には丸くて真っ赤な付け鼻が乗ってるし、首の所には蝶ネクタイすらある。もっとも帽子は作りが酷くてグッタリと垂れ下がっているし、蝶ネクタイなんて作り方すらわからなかったからそれっぽい形に切り抜いたのをピンで留めているだけだ。
それは、遠くへ旅立った相棒の姿だ。お調子者の道化野郎には、こんな格好がお似合いだろう。何処に行ったってヘラヘラ笑って、どんな困難だって笑い飛ばす。俺と同じ顔をした、もう一人の俺。アイツが今も何処かで笑っていることを、俺は決して疑わない。
「フフッ……そういうしまらないところが、DDらしくて好きよ」
「おっと、どしたのマリィちゃん? ひょっとして惚れちゃった?」
「惚れないわよ。その格好の貴方に惚れるわけないじゃない」
柔らかく笑うマリィちゃんの目に映るのは、仮装した俺か素の俺か。どっちだって関係ない。どちらも俺で、相棒で相棒だ。
「さ。そろそろ私達も行きましょうか。これ以上放っておいたら妹が大ピンチよ」
「うぉ、ホントだ!?」
子供達と遊んで……弄ばれているミリィちゃんの腕の関節が、そろそろヤバい方向に曲がり始めている。もう普通に動けばいいだろうに、変なところで意地っ張りなのが姉にそっくりだ。
「ほら、貴方達いい加減にしなさい! これ以上私の妹を虐めるなら、私がこわーいお仕置きをしてあげるわよ?」
「誰だお前? 猫人族?」
「違うよ。匂いが違うし……あれ? でもこっちの機械人と同じ匂い?」
「シュー……こっちの方が古い……?」
「誰が古いよ!? 貴方えっと……ガザだっけ? 私みたいないい女を捕まえてそんなことを言うなんて、一生後悔させるわよ!」
「わー、古姉ちゃんが怒った! 逃げろー!」
「あったまきた! 貴方達全員捕まえてお仕置きしてあげるわ!」
猛烈に尻尾を振りながら子供達を追いかけだしたマリィちゃんの背中を見送り、俺はそっと腰に手をやり、相棒を引き抜く。
「接続。起動せよ『第2の銀』」
「イエス、マスター。リンケージ、オールグリーン」
「精神同調 接続臨界 30%」
「オーダー、アクセプト。マインドハーモナイズ、リンケージスタート」
「紅血弾 生成開始 登録情報指定 001」
「オーダー、アクセプト。ブラッドバレット、クラフタライズ……コンプリート」
俺の体から血が抜ける。もはや慣れ親しんだその感覚は、今も昔も変わらない。俺はそのまま銃口を天井に向け……
「穿て! 『The Artister』!」
瞬間。銃口から音を立てて飛び出した赤い閃光が、「ハロウィンは夜」というタカシの主張によって暗めに調光された天井近くで派手な爆発音を立てて炸裂し、光り輝く炎の華を咲かせる。実戦ではほぼ使い道の無い、相棒からの置き土産だ。
「ちょ!? いくら天井が高いからって、室内で花火とか!? 馬鹿なのドネット!」
突然の爆音と光のショーに大人も子供も視線を釘付けにするなか、イアンだけが驚愕の様相を浮かべて俺の方にすっ飛んできた。
「いやいや。戦闘を想定した部屋なんだから、このくらい何てこと無いだろ? 今も余裕だし」
いくら何でも何の目処も立てずにこんなことをしたりはしない。現に広くて暗い、いっそ寒々しいとすら感じられるほどの深い闇を見せていた天井には、大輪の華が咲き誇って尚かなりの余裕が感じられる。というか、本気でどれだけ広いんだ?
「そりゃそうだけど、常識ってものが……あぁ、まあいいや。それまだ撃てる?」
「おう、まだまだ余裕だぜ」
普通の紅血弾とは構成がまるで違うので、俺の消耗は大したこと無い。三桁も撃てば別だが、10や20なら楽勝だ。
次々上がる相棒からの咆哮に、参加者からの歓声は止むことが無い。
聞いてるか相棒。俺の方は、今日もこんなに賑やかだぜ……
一瞬で咲き一瞬で散っていく花火の光を次々生み出し眺めながら、俺は今日も精一杯に、楽しくてやかましい日々を満喫するのだった。