ハロウィン記念SS-2
『パーティ? いいね。勿論僕も大賛成だし、大歓迎だよ』
改良を重ね通話品質の上がった通信機から、明るいイアンの声が聞こえてくる。その背後にはガヤガヤと騒ぐ子供の声も聞こえるが、それでいてイアンの声がはっきり認識できるのだから凄いもんだ。
『ジェシカが紹介してくれた人たちのおかげで子供達の生活環境はかなり改善されたんだけど、それでもやっぱりストレスは溜まるからね。幸か不幸かこの時代の人は生まれた町や村から一歩も出ること無く一生を過ごすのも多いから、子供達にしてもこの周囲から出られないってことは何とも思わないみたいなんだけど、それでも日の光の当たる場所にいられる時間が限られるのはやっぱり辛いみたいでさ……』
「そりゃまあ、ずっと地下じゃ窮屈だろうなぁ」
例えどれほど開けた空間だろうと、壁と天井に囲まれているんじゃ息が詰まって当然だ。日の光を浴び風に吹かれ、大地の上に立たなければ人は人として生きられない。牢屋で暮らせば絶世の美女と最高の酒が死ぬまで寄り添ってくれると言われても、そんなのは御免だ。
その後はジェシカやソバーノ氏も交えて、具体的に何をするかの話を続ける。その結果として、机や椅子などの基本的な設営はジェシカの部下達が行い、その後ある程度年嵩の子供から希望者数名がウメーノ氏と共に料理を、年少組は手作りの飾りで会場を飾り付けることとなった。失敗出来ない上に数が必要な菓子類は菓子専門の料理人であるアメーノ氏が担当し、できたてを子供達に配るとのこと。
また、それに先立ちイアンの所に大量の被服素材を運び込み、子供達の面倒を見ているウバーノ婦人を筆頭としたSSメイド隊が子供達と一緒にそれぞれが希望する仮装を自作するということになっている。どれもこれも物質複製機を使えば一瞬だが、そんな無粋なことを言い出す奴は何処にもいない。手間を楽しみ、思い出を作る。それはともすればパーティ本番よりも尊いものだろう。
ちなみに、当然だが俺たちも何か仮装を自作しないといけないわけなんだが……
「あー、どうしたもんかねこりゃ……」
掃除人なんてやってる以上、軽い繕い物程度なら出来るが、本格的な衣装となればとてもじゃないが手が出ない。というか、そもそもどんな格好をすればいいかがわからない。だが、誰かに相談することもできない。各々どんな仮装をするかは秘密とし、会場で見せ合うということになっているからだ。
だが、悩む俺の手元にあるのは、布で出来たボロ布だ。新品の綺麗な布を材料としながら、汚したわけでも破いたわけでも無いのにボロ布が出来る辺りが俺の限界を如実に物語っている。
これはいっそ、リューちゃんにでも相談してみるか? いや、流石に本拠地まで行って帰ってくるのは…………
何となく、腰に手をやる。そこにはいつも通りに俺の相棒がある。
「接続。起動せよ『第2の銀』」
「イエス、マスター。リンケージ、オールグリーン」
いつもと変わらず、俺の相棒は命令に答えて返事をする。だが、その中にアイツはもういない。そこに一抹の寂しさを感じながら、アイツは今頃向こうの世界でどうやって生活しているんだろうかと思いを馳せる。付き合い自体は長かったが、きちんと意思疎通出来た期間は微々たるものだ。それでも解るくらいにお調子者だったアイツなら、きっとどんな世界でもうまくやっていくことだろう。
「……そういうのもいいか」
頭に浮かんだアイツの顔に、俺の手が自然と動き出す。そうして完成したのは――
「それじゃ、第一回ハロウィンパーティを始めるわよー!」
表が黒、裏が赤の高級感漂うマントを翻し、長い牙をきらりと光らせたジェシカの宣言に合わせて、会場にはわーわーという子供達の声が一斉に響き渡る。目の前で湯気を立てている料理にわっと集まると、色とりどりの仮装をした子供達が我先にと手を出していく。実に子供らしくて楽しい光景だが……
「なあ、何で子供達はみんな野菜を被ってるんだ?」
何故か子供達は、でかい野菜を被っていた。勿論本物では無く布やら何やらで作ったものだが、かぼちゃに茄子、キュウリにトマトと、野菜頭の集団が無数に蠢いているのはちょっと不気味に見えたりもする。
「いや、それがハロウィンはカボチャの頭が……って教えたら、何かそれが野菜に変わっちゃったみたいで。あ、でも、果物の子もいますよ。ほら、リンゴとか」
「そう言う問題じゃないと思うけど……」
ちなみにそう言うタカシは、本物のカボチャをくりぬいて作った頭を被っている。この祭りを伝えた人間として面目躍如と言えなくも無いが、むしろこの会場だと目立たない方なのが何とも不憫だ。
そんなタカシに哀れみの視線を向けるマリィちゃんの頭の上には、ピンと尖った三角の耳が乗っている。いつもと違ってヒラヒラしたスカートを履いており、その裾からにょろりと飛び出た尻尾がまるで生きているようにファサファサと動いていて、どういう仕組みなのかが猛烈に気になる。
「あら、みんななかなか様になってるじゃない……一部を除いてだけど。ぷふっ」
挨拶を終えてこっちにやってきたジェシカの姿は、言わずと知れた吸血鬼だ。本物を見たことは無いので似てるのかどうかはわからないが、とりあえず似合っていることは間違いない。
ちなみに、子供達の方に行っているサンティの格好は本人の希望通り豪奢なドレスだ。流石にこれは手作りじゃなくジェシカが貸したらしいが……野菜だらけの中に一人だけお姫様というのは浮くんじゃないだろうかと心配したのもつかの間、持ち前の面倒見の良さであっという間に野菜王国の女王に成り上がっていた。流石は俺の妹だ。いい女に年齢は関係ないらしい。
「そうですねー! 私ほどの美麗で完璧な仮装はありませんが、なかなかです!」
そう言って仁王立ちになるパレオの格好は……何というか、それは服なのかと突っ込みたくなるものだった。こう股のところが限りなく細くて、上に向かって鋭角に切り上げてくるような感じの……服というか、布がまとわりついてる感じ? あれは食い込みすぎて痛かったりしないんだろうか?
「ああ、確かにパレオの服は凄いな。俺の世界で多分一番有名な夜魔族も、そんな食い込みレオタードな格好してたし」
「うぇぇ? そ、そうなんですか? 宴会用の一発芸的な服なんですが……異世界の夜魔族に後れを取るわけにはいきません! 今後は私もこれを日常の服として着こなして――」
「辞めろ。マジで辞めろ。サンティが真似したら……いや、そんな馬鹿な格好はしないか……」
「馬鹿とは何ですか馬鹿とは! そもそもアレに比べたら私の方がずーっとマシですぅ!」
パレオの視線が、誰も触れなかった最後の一人の方へと向けられる。そこにあるのは……
「ガーガー。ワタシハみりぃ。サイセンタンノ機械人デス」
何故か頭に銀色の筒をすっぽり被って、やたらカクカクした動きと変な喋り方をするミリィちゃんの姿だった。