ハロウィン記念SS-1
「ハーロイーン? 何だそりゃ?」
タカシの口からでた聞き覚えの無い単語に、俺は思わず首を傾げる。
「そんな最強の魔法使いの必殺魔法みたいな名前じゃないですよ! ハロウィンですよハロウィン!」
「で? そのヘイローウィーン? とか言うのが何なの?」
「いや、だからそんなマスターチーフが宇宙戦争するみたいな名前でもなくて……いや、もういいです。とにかくハロウィンってお祭りがあるんですよ」
マリィちゃんの言葉にガックリとうなだれつつ、それでもタカシが粘り強く主張する。ここはダレルの家。たまたま立ち寄った際にタカシと鉢合わせした俺たちは、いつものテーブルで茶を飲みながら、タカシの主張する祭りの話に耳を傾けていた。
「祭りねぇ。要はそれをこっちでも祝いたいってことか?」
「そうですそうです! こっちの世界と日本の日付がリンクしてるかどうかはわからないですけど、時期的にそろそろかなって感じなんで、せっかくなら騒ぎたいかなって」
「いいんじゃないですか? 最近は派手な事件とかも起こらないですし……でも、具体的にはどんなことをするですか?」
タカシの横に座るパレオが、クルクルと指先で髪を弄りながら問う。そうそう世界の危機みたいなのがあったらたまったものじゃないが、確かに一時期の濃密な日々に比べれば、ここ最近は平穏な日々と言える。タカシ達がどんな旅をしているのかは知らないが、日々の糧を得る仕事で退屈も同時に紛らわせというのは些か酷だろう。
「えっと……代表的なのは、カボチャの中身をくりぬいて顔を作ってランタンにするって奴ですね。ジャックランタンって言うんです」
「水分があるから燃えづらいとはいえ、わざわざ可燃性の物質で外装を作って、中に火を入れるのですか? 何故そのような非効率なことを?」
「何故!? えぇ……た、楽しいから?」
ミリィちゃんの容赦の無いツッコミにうろたえるタカシ。その理由は間違いなく間違ってると思うが……まあ追求したところで特に意味も無い。ならここは年長者として、軽く助けてやるべきだろう。
「まぁその辺の細かい事はいいだろ。で、そのカボチャのランタンを作る以外には、何かしないのか?」
「あっ、はい! しますします! みんなで仮装とかするんですよ!」
「へぇ。仮装パーティなんて素敵じゃない」
「みんなで仮装パーティするの!? アタシお姫様のドレスとか着てみたい!」
地下へと続く部屋のある方から、ジェシカとサンティがやってきて話に加わってくる。手を繋いだ二人の姿は、外見こそまるで違うのに、姉妹のように仲睦まじい。
「あれ、ジェシカもいたのか?」
「お母様の様子を見に来てたの。そしたら上が騒がしいから何かと思ったら……そのパーティには、勿論アタシとサンティも招待してくれるのよね?」
「勿論! というか、ハロウィンの主役は子供みたいなものだし。トリックオアトリートを言うのは小さい子供ばっかりだったもんな」
「誰が小さい子供よ!? というか、欺瞞か歓待? 何となく物騒な響きね」
「そんなことないって。意味は『お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ』って感じで、仮装した子供がそう言って近所の家を回って、お菓子を貰うんだよ」
「犯してくれなきゃ悪戯しちゃう? 何ですかそれ、楽園ですか!?」
身を乗り出して目を輝かせるパレオの頭に、とりあえず手刀を一発入れておく。
「いや、明らかに違うだろ……まあパレオは放っておくとして、実際かなり剣呑じゃないか? 押しかけ強盗か?」
「アニキまでそんな……何でそんなイメージに?」
「いやだって、菓子って結構高いだろ?」
菓子というのは、嗜好品だ。食べれば無くなってしまううえに、特に必須というわけでもないそれに金を出せるのはそれなりに裕福な家だけであり、必然的に菓子の値段も相応にする。
勿論、ごく普通の菓子は一般人に手が出ないなんて値段じゃない。簡単な焼き菓子くらいなら軽い食事と同額程度で手に入るのだから、親が子供にたまに買ってやる程度ならその辺にある日常だ。とは言えそれが見ず知らずの不特定多数の子供を対象とするとなれば、かなりの出費を覚悟しなければならない。
「あー、その辺の感覚が日本とは違うのか……日本だと、子供の小遣い程度で買えるお菓子が大量にあるんですよ。でもそっか。そうするとお菓子を用意するのは難しいですかね?」
「うーん。俺たちはそれなりに稼いでるから、よっぽど大人数でもないなら特に問題は無いと思うが……というか、そのパーティはどんなメンツでやるんだ? ここにいる全員くらいか?」
「それでもいいんですけど、もうちょっと人数が欲しいですね。これだといつも騒いでるのと変わらないですし」
確かに祭りとなれば、何となく特別な感じを出したいというのは理解できる。かといって何の縁も無い子供やらを集めても仕方ないだろうし……
「それなら、イアンのところにいる子供達を誘うのはどうでしょうか? というか、いっそイアンの地下帝国でパーティをしてしまうのは?」
「それはいいわね。あの子たちも毎日地下暮らしじゃ退屈してるでしょうし、気晴らしには丁度良さそうね。流石私の妹だわ」
「お褒めに与り光栄です、お姉様」
マリィちゃんに褒められて、ミリィちゃんが嬉しそうに笑う。正直表情はほとんど変わってないんだが、最近やっと少しだけ解るようになってきたのだ。ふっ、いい男はレディの笑顔を見逃さしたりしないのさ。
「そういうことなら、ウメーノを連れて行くわ! お菓子の材料は飛行船で運べばいいし、向こうには調理場も整えてあるからできたての奴をご馳走するわよ! ソバーノ、準備なさい!」
「畏まりましたお嬢様。直ちに」
二つ名に恥じない電光石火ぶりで指示を出すジェシカに、ソバーノ氏が恭しく頭を下げて即座に仕事に取りかかろうとする。が、流石にこれは早すぎだ。
「待て待て待て! いくら何でも今すぐは早すぎるだろ! もうちょっと準備期間というか……」
「そんなのいらないわよ! アタシの部下を派遣すればパーティ会場の設置なんてあっという間だし、料理もお菓子もすぐ出来るわよ?」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
「ジェシカ。きっとドネットはこう言いたいのです。会場の準備や自分がする仮装の作成などにも子供達を関わらせたいと。一見雑用である行動そのものが、いずれ大事な思い出になるのだと」
「……そうなの? 確かにお母様と一緒に食事の準備とかをするのは楽しかった気がするわね。流石ドネット。ちゃんと考えてるのね」
「そうですね。さすドネです」
「いやぁ、まあ、な。ハハハ……」
本当は単に今からパーティなんてやってもすぐに夜になってしまうだろう程度だったんだが……ま、まあいいだろ。いい男は流れを見逃さないものさ。
「はぁ。まあそういうことにしておきましょ。実際その手の準備をさせるのは悪い話じゃないと思うわ」
「アタシも! アタシも準備したい! 料理だって出来るんだから!」
マリィちゃんの呆れた視線は明らかに色々と見抜いてる感じだが、それでも顔は優しく笑っている。はしゃぐサンティの姿も合わせれば、ハロウィンパーティの開催そのものは決定で間違いないだろうな。