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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
終章 硝煙の幻想郷
134/138

010

「いや、床って……」


「迎えに来たわよドネット! このアタシが出向いてあげたんだから、光栄に思いなさいよね!」


 あっけにとられる俺の目の前に、全身をバチバチ言わせたジェシカが文字通り下から飛び出してくる。


「ふむ。見た感じ怪我は無さそうね。じゃ、行くわよ!」


「え? あれ、ちょっと待って、うわっ!?」


 理解が追いつかないままに、ジェシカに引き摺られて穴に落とされる。


「痛ぇっ!?」


 ドスンと音をさせて落ちてみれば、下は普通に固い床だった。手を引くときに稲妻を消してくれる優しさがあるのなら、もう一歩踏み出して床に柔らかい何かを敷いてくれるいたわりも欲しかった。


「こ、腰が……くぉぉ……」


「何してるのドネット? そのくらいすぐ治るでしょ?」


「いや、もう直らないっていうか、普通には治るけど、前みたいに直ったりはしないというか……」


「あら、不便になったのね? ま、いいわ。それじゃ行きましょ」


「人の話を聞けよ! いつつ……」


 俺の目の前に軽々と着地したジェシカが通常状態に戻ると、俺を先導するようにさっさと先を歩いて行く。幸か不幸か腰を打った痛みで眠気はバッチリ覚めたため、俺もそのまま立ち上がり、腰をさすりつつその後をついていった。


「みんな、ドネット連れてきたわよ!」


「あ、お帰りなさいアニキ! オレはワンペア」


「お帰りですドネット。フンッ! ラブリーキューティーなプリティー夜魔族サキュバスパレオちゃんはフルハウスですぅ!」


「お帰りなさいドネット。では、私はロイヤルストレートフラッシュということで」


「またですか!? 1回でもおかしいのに5回連続はありえねーですよ!?」


 猛抗議するパレオに、すまし顔……と言うかいつもの無表情なミリィちゃんは「不正は確認されておりません」と淡々と答えている。


 丸いテーブル。椅子は4つ。それぞれの前にはお茶が並び、中央には山盛りのお菓子。そして各自の手元にはカード……


「えぇぇぇぇ……いや、別に心配して欲しかったとかじゃないけど、もうちょっとこう緊張感っていうかさ……あるじゃん?」


「問題ありません。空間の穴が無事に塞がったのは元主の例の技術(テクニカ)をいじったことで確認できていました。ドネットの造った壁の破壊は極めて困難だと判断し、実現可能な床の破壊をジェシカに依頼、それも達成されています」


「いや、そうだけどさ……」


 ミリィちゃんの言葉が、何だかいつもより冷たく感じる。何だろう、さっきまで凄く近く感じていたのに、今はちょっと距離がある気がする。


「まったく、ドネットは何が不満なのですか? みーんな無事だったのに文句を言うとか、とんだヘニャチン野郎です」


「不満ってわけじゃないけどさ……」


 パレオの言うことは、勿論間違いじゃない。全員が無事だったのだから、それは喜ぶことであって嘆くことでも怒ることでもない。でも、それはそれとしてもうちょっとくらいは気にかけて欲しかったというか……


「アニキ、わかりませんか? 全員・・無事だったんですよ?」


 ニヤリと笑うタカシの視線が、俺の背後を指し示す。だが、そこに居るのはジェシカ……あれ? ジェシカがテーブルの席に座ってる? じゃ、後ろに居るのは……!?


「ハイ、DD。ご無沙汰ね」


「…………マリィちゃん?」


 そこに立っていたのは、マリィちゃんだった。見間違えるはずも無い。一心同体だった相棒の魂が旅立った今、たった一人の俺の相棒(パートナー)


「マリィちゃん……」


 俺は彼女を抱きしめた。その温もりに、その感触に。そこに生きて彼女がいるという事実そのものに、例えようも無いほどの幸福を感じる。


「ハイハイ。泣かないの。いい男が台無しよ?」


 まるで赤子をあやすように、マリィちゃんが俺の背をポンポンと叩く。小柄な彼女に覆い被さるようになっているというのに、見た目と立場はまるで逆だ。


「ズッ……ははっ、いいだろ? 少しくらい弱さを見せるのも、いい男の秘訣だぜ?」


「馬鹿ね。私のために泣くことを、弱いだなんて思うわけないじゃない」


「なら……ズッ、尚更問題無いさ。今の俺は、完全無欠のいい男だろ?」


「ええ、そうね。貴方はいい男よ、DD」


 体を離して、涙を拭う。後は襟元をちょいと正せば、いつも通りの俺たちの立ち位置だ。


「へへっ。どうしたのマリィちゃん? 何かやけに優しいけど……ひょっとして惚れちゃった?」


「はいはい。惚れないわよ。貴方に惚れるなんて、出来るわけないじゃない」


「いや、出来るわけないって……それは流石に厳しくない?」


「ふふっ。これ以上は秘密よ。いい女は、秘密を纏って綺麗になるんだから」


 そう言って楽しそうに笑うマリィちゃんの顔は、今まで見たどんな女性よりも最高に綺麗で魅力的だった。それが秘密のおかげというなら、なるほどそれを暴くのは無粋ってものだ。


「ふぅ……で、何でマリィちゃんがここに? てかどうやって?」


「それは簡単です。あの空間に穴を開ける技術(テクニカ)に使われるはずだった残りのエネルギーをお姉様の復活に回しただけですから。本来なら専用の器具が必要な作業ですが、それも第3の蛇サード・ウロボロスを経由させれば問題無かったので」


「あ、そうなんだ。じゃ、ひょっとして俺が壁を造った後、割とすぐ復活させちゃったとか?」


「いえ、それは本当についさっきよ。ドネットに映像を送ったのは覚えてる? というか、あれちゃんと届いてたの?」


「あ、ああ。届いてたよ。バッチリさ」


 映像の最後の方に不穏な流れが存在していたが、そこはあえてスルーする。逃げることは悪じゃない。いい男は勇気と蛮勇をはき違えたりしないのだ。


「あれの後、一応何とか手助け出来ないかとは考えてたんだけど、あの壁を壊すわけにはいかなかったし、仮にアタシ達が踏み込めたとしても結果が分かりきってたから、別の方法でドネットの役に立とうって話になったの」


「で、アニキの勝利を信じるなら、アニキが戻ってきた時に何をしたら一番喜ぶかなって考えて、マリィさんを復活させたんです」


「どうですドネット? この完璧なサプライズは!?」


「ああ、ありがとうみんな。最高の贈り物だったよ」


 感極まって、俺は全員をそれぞれ抱きしめた。ミリィちゃんは無表情ながらも少しだけ頬を染め、タカシは苦笑い、ジェシカは目に見えて狼狽して、パレオは最後までどや顔だった。ちょっとむかついたのでキスをしてやったら、とんでもない強さで吸い付き返されたので顔面を両手で押さえて全力で引き剥がした。やはり夜魔族サキュバスは侮れない。


「さて、それじゃやることやったし、帰るか」


「そうね。これ以上ここにいても厄介事に巻き込まれる未来しか見えないわ。永劫教団との繋がりが無くなったのは残念と言えば残念だけど、お母様の復活が確定している今ならそれほど大した問題でもないしね」


「はーい! それじゃ帰るです!」


「だな。行こうか」


 全員の同意を得て、それぞれが前に歩き出す。俺もまた先に進もうとして……ふと立ち止まり、背後に手を伸ばす。


「行こっか。マリィちゃん」


「ええ、行きましょうDD」


 手を繋いで、俺たちは歩き出す。その先に待っているのは、今までと変わらないまっさらな明日。死力を尽くして日常を取り戻した俺たちだけが味わうことのできる、至高の平凡。平穏でないのは「オヤクソク」だ。


 まだまだ波乱はあるだろう。そもそもこのビルから出るところから波乱が待っている。来た道を戻るなら体液まみれの全裸の人間の群れを抜けなければならないわけで、その壁はジェイ謹製の世界の壁より厚くて高い。


 その後だって色々ある。ジェシカの母親の復活を見守ったり、タカシの勇者活動を応援するのも悪くない。イアンの国に行ってこっそり子供と遊んでくるのもありだし、ダレルのところに顔を出してサンティとのんびり過ごすのもいい。


「ヤバイね。この後の人生も予定目白押しだ」


「あら、その楽しそうな予定には当然私も混ざってるのよね?」


 言わずとも伝わっている。俺の喜びに沸き立つ顔を見ただけで察したように、マリィちゃんが当然の権利とばかりに主張してくる。


「勿論。俺たちは相棒(パートナー)だからね」


「そう。あ、でも、ミリィをくわえるなら相棒(パートナー)じゃなくて仲間パーティになるのかしら?」


「あー、その辺はミリィちゃん次第かな? ま、ゆっくりと本人の希望を聞けば言いさ。時間はタップリあるんだから」


「そうね。さしあたってはリューに挨拶してから、次はサンティのところに顔を出すべきかしら?」


「あら、ダレルさんのところに行くの? ならアタシの飛行船でみんなで一緒に行きましょうか」


 いつの間にか追いついていた俺たちの会話に、ジェシカが言葉を挟んでくる。


「あ、飛行船! いいよなあれ! オレももう1回くらい乗りたいなぁ」


「私も乗りたいです! 来るときはできなかったですけど、今度こそ空の上で一発キメるという野望を……」


「ちょっ、辞めてよ!? その手のことをすると臭いが凄く残るんだから! 空でケスーノの認識阻害を妨害するようなことしたらドラゴンに落とされるわよ?」


「うぅ、流石の私もドラゴンにハメられるのはサイズ的に無理です……」


「そういうことじゃないわよ!?」


「私も久しぶりにサンテナとお風呂に入りたいです」


「え、ミリィ、まさか貴方も……!?」


 愉快で楽しい仲間達との旅は、まだまだ終わりそうも無い。ならば精一杯楽しめばいい。あの世とやらに行った時に、向こうで待ってる相棒にしこたま話して「こんなことなら譲るんじゃ無かった」と歯ぎしりさせて悔しがらせるために。そして何より、俺自身のために。


「ほら、行くわよ?」


 いつの間にか遅れていた俺に、今度はマリィちゃんが手を差し伸べる。その向こう側には、仲間達の楽しげな笑顔がある。


「ああ、行こう!」


 魂は抜けたとしても、相棒セカンド・シルバーはこの手にある。そう遠くないうちに、またこいつから銃弾を撃つことになるだろう。その時俺はどんな気分になるか……それすらも今は楽しみにしておこう。


 アイツの残した硝煙の香りを置き去りにして、俺はいつもと変わらぬ一歩を踏み出した。





 煙の立ち上る銃口の先には、異形たる魔物の姿。理想に溺れ、夢想にもがき、現実に打ちひしがれ……だが、それでも立ち上がり、その過程を楽しむ。そこはそんなろくでなし共の夢と浪漫が詰まりまくった、未知で未明な幻想郷。真面目に生きるにはちと窮屈だが、遊び回るには丁度いい。


 他の世界からやってきて虹になったとうそぶく男に、そいつの語る見知らぬ世界の、世にも奇妙な与太話。目を輝かせた少年に世界の名を問われ、男の頭には優男の顔が浮かんだ。ひょろっとして頼りなさげな、世界一のいい男。思わぬ自画自賛に浸ったならば、浮かぶ名前は1つしかない。


 故に男はこう答えた。相棒(アイツ)のいたあの世界。その名は「硝煙の幻想郷(ファンタジア)

これにて完結となります。読んでくださってありがとうございました。

もし宜しければ感想などお聞かせ願えるととても嬉しいです。

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