009
『まあでも実際さ、俺が居なかったらどうにもならなかったと思うよ? 君のナノマシンが他の人より遙かに早く魔術の影響を受けるようになったのもそうだし、それどころか魂魄同調なんてクソチートが使えるのも僕のおかげだからね。銃弾どころか死体の情報すら解析してそっくりそのまま造り直せるとか、普通なら絶対あり得ない。
それをこなせるのは、僕という魂が君の演算装置として莫大な情報を処理できるからさ。生体脳を持ってない分、人の限界なんて鼻で笑っちゃえるんだぜ?』
「チッ。それはまあ……そうなのか?」
正直、その辺の細かい事情は良くわからない。そもそもが降って湧いた力なのだから、それがどんな些細なことであっても実行出来るのは凄いことだし、逆にどれほど凄いことであってもそれが逸脱しているかどうかはわからない。町を丸ごと砂に変えてエネルギーに変換するとか、元になった人間とそっくりの存在を生み出すとか、あまつさえ違う世界への穴を開けるようなことができるのに対して、俺の力が逸脱しているのかどうかという判断を下せる前提知識が俺には無いのだから。
ただまあ、自分の振るっている力が恐ろしく巨大なものであるというだけの自覚ならある。実際最初に今の力が発動した時……魔物狩りのはずがターゲットが魔物の皮をかぶせられて擬態させられた普通の人間で、しかも俺を殺人犯に仕立て上げるために近くに潜んでいた6人組に襲いかかられた……は、俺が頭を打ち抜いた相手を蘇生させ、かつ襲いかかってきた全員を跡形も無く消し飛ばした。今の俺が発揮している力とは比べるべくもないくらい小さな力しか発揮せずにそれだけのことを成してしまったことに、当時俺は戦慄した。だからこそ……使えば使うだけ人から離れるというリスクもあったし……俺はこの札を最後の最後まで切らなかったし、場合によってはそれで死んでもいいとすら思っていた。
『ま、要はあれだよ。俺が居なければ、君がここに辿り着くことはなかった。でも君がいなければ、俺もまたここにはいなかった。だからそう、俺たちは一心同体の相棒で……君には感謝してるってことさ。ここで俺の魂を投げ出してもいいと思えるくらいにはね』
「…………アンタはそれでいいのか?」
『いいさ。そもそも俺の人生はとっくに終わってたものだ。最後にこんな楽しいオマケがついて、しかも世界を救ってエンドロールなんて、この上ない最後だろ? こんな美味しい役譲れないって! だからさ、英雄は俺が持っていってやる。お前は……そのまま普通に、人として生きりゃいいよ』
「そうか……感謝する。ありがとう相棒」
『ふっ。気にすんな相棒』
閃光のような一瞬で長い永い自問自答を終え、俺の世界に時間が戻る。目の前では丁度マリィちゃんにぶっ飛ばされた魔術食いが、体勢を立て直したところだ。表情なんてあるはずのないのっぺりとしたその顔に明確な怒りを感じるのは、きっと気のせいじゃない。
「さて、それじゃ今度こそ、名残惜しくは全く無いが……感動のフィナーレだ」
油断でも無く慢心でも無く、意識を銃にのみ集中する。
「魂魄弾 物質完全再現生成 内容物指定 『世界の全て』!」
最後の「命令」を持って、その銃弾は完全なる完成を迎える。俺の……そして相棒の体から、魂が抜けていくのを感じる。それによって、冷たい金属の塊に過ぎなかった弾丸が熱を持ち、他者の光を反射するだけだったその体から、恒星の如きまばゆい光を放ち出す。
「これで終わりだ! 穿て! 『The Fantasia』!」
引き金が引かれ、撃鉄が降りる。火薬の爆発によって撃ち出された虹色の弾丸は、七つに分かれる光を尾に引き、優しい暗黒に満ちた世界を切り裂くように飛んで行く。硝煙の香りを纏い、夢を、理想を、未来を、相棒の魂すらも込められた幻の世界を内包して飛ぶ弾丸。それはただこのためだけに作られた、まさに硝煙の幻想郷。
虹の光が、魔術食いを貫く。いかに奴の体がでかくて分厚かろうが、世界を相手に立ちはだかれるはずが無い。分厚い肉を貫いて、それでも些かの速度の衰えも無く空間の穴へと吸い込まれ、荒廃した異界の空に輝く虹の橋を架ける。
「ォォォォォォォォォ……ォォォォォォオオオ! ウオオオォォォォォ!!!!!!」
はじけ飛んだ体を食い終えた魔術食いが、世界を震わせる程の雄叫びをあげてその身を翻す。自らの肉を貫いた味に、自らの世界に飛んで行ったエネルギーに、全身全霊を持って反応を返す。
後は、ただ見守るだけだ。俺に奴は倒せないし、俺の体ももう動かない。
別に死ぬわけじゃない。俺に宿っていた過剰な力が、全部持っていかれただけだ。言ってしまえば、魔術が無くなった時のタカシの状態をもう少し悪くしたくらいの感じなんだろう。確かにこれはきつい。
てか、タカシに奴よくこれでパレオを守れたな……まああの焼き餅焼きの女神が黙ってるくらいなんだから、意外と相性がいいのか? アイツも苦労するな……
程なくして、魔術食いの巨体が向こうの世界へ戻りきる。するとすぐにピシピシという音と共に、空間の穴が小さくなっていく。予想通りこの部屋の魔術はとっくに吸い尽くされていたってことだ。まあ今更どうでもいいことだが、聞かされていた通り穴が塞がってくれるのは僥倖だ。こいつが全部閉じれば、後は後ろの壁を壊して……
…………この壁、どうやって壊せばいいんだ?
今になって、それに気づいた。俺が無理矢理造った壁だから、当然開閉機能や扉なんかがついてるわけがない。となれば物理的な破壊しか方法が無さそうだが、そんなに簡単に壊せるような強度の素材で出来ているとは思えない。かといってもう俺にあの力は発揮できない。今まで通りに精神同調はできるが、紅血弾でこの壁を壊せるかと言われたら……正直分が悪い気がする。
うわ、マジか。本当の最後の敵は自分で造った壁とか、しょっぱい結末にも程があるだろ……
急速に肩から力が抜ける。それと同時に、ほんの小さな音を立てて空間の穴が綺麗に塞がった。元が空間だけあって、塞がってしまえば当然何の痕跡も残らない。魔術食いの体も奴が全部喰っていたし、壁を造ってからは俺自身も物理的なダメージは喰らってないから、戦闘の痕跡は精々床に軽く入ったヒビくらいだ。
あー、まあ何とかなるだろ。向こうにはみんないるんだし……いや、なるのか? こっちの戦闘が終わって穴が塞がったって伝えなかったら、この壁を壊そうとかしないんじゃないか? あれ? これ本気で詰んでる?
ちょっとだけ焦りが生まれた。今日だけで何度も死を覚悟したが、事ここに至って死ぬ気なんて更々ない。というかここで死んだら全部台無しだ。水も保存食もあるから1日や2日放置されたところで死なないはずだが、1週間とか放っておかれたら本気でヤバイ。
何とか、何とか伝えないと……うわ、でも何か凄い眠い…………
いわゆる死を予感した眠りとかじゃなく、単純に疲れて眠い。限界以上に体を酷使したのだから、当然の欲求だ。
眠気で頭が回らない。正直ちょっとくらいなら寝ちゃった方が返って頭がスッキリしていいんじゃないかという気さえしてくる。うぉぉ、頭がフラフラする。てか世界が揺れる……揺れる?
「どっせぇぇぇぇぇぇぇい!!!」
冗談みたいな轟音と掛け声に併せて、俺の側の足下……つまりは床に大穴が開いた。