004
「穿て! 『The Exploder』!」
まずは先制。俺の撃った爆裂弾は、魔術食いの口内でそれなりの規模の爆発を起こす。
「武装具現化・孤華裂夜!」
一応痛覚が存在しているのか、魔術食いがその身をよじったところに突っ込んだのはミリィちゃんだ。手にした大鎌で、奴の体に無数の切り傷を刻んでいく。黒い血をしぶかせ奴が再びひるむが、巨体に対して与えた傷は浅く、また目に見えるほどの速度で傷口が塞がっていくのがわかる。
「退きなさい!」
一端離れるミリィちゃんと入れ替わりに飛び込むのは、全身に稲妻を纏ったジェシカ。
「ジェシカ! 私の付けた傷跡に! 裂き誇れ、孤華裂夜!」
ミリィちゃんの言葉と共に、ほぼ塞がりかけて見えた傷跡が、ただ切りつけた時よりも更に深く大きく開く。マリィちゃんの爆裂恐斧と同じで、これが孤華裂夜の能力なんだろう。
「喰らえぇぇ!!!」
当然、それを見逃すジェシカじゃない。開いた傷口に向かって、青白い光を放つ拳を叩き込む。それは電撃と熱を持って魔術食いの傷跡を焼き、一際大きな悲鳴を上げさせることに成功する。
が、それによりよじった体がジェシカを跳ね飛ばし、2度ほど地面で弾みながらジェシカがこちらに転がってきた。
「ジェシカ! 大丈夫か!?」
「大丈夫……でも、ヤバイわね。ドネットも解ってるでしょ?」
肩に手をやり立ち上がるジェシカに、神妙に頷き返す。
紅血弾の威力が、いつもより弱い。おそらくは俺たちの体内にあるナノマシンから、魔術の影響が無くなってきているせいだ。俺は銃で撃つだけだからまだマシだが、身体能力に変換しているジェシカの方の影響はより深刻だろう。
「二人とも、来ます!」
痛みにもだえていた魔術食いがその体勢を戻すと、顔を上にあげその口を開く。するとそこに巨大な黒い玉が生まれ、それが回転することで、黒い粒が散弾の如く俺たちに向かって降り注ぐ。
「ドネット!」
「ミリィちゃん!?」
俺にはこの手の攻撃を防御、回避する手段は無い。せめてもとその場で伏せたが、そんな俺の目の前に、素早くミリィちゃんが立ちはだかった。だが、マリィちゃんと違ってミリィちゃんの武器は大鎌だ。表面積が圧倒的に小さく、盾にはなり得ない。
「ミリィちゃん! 辞めろ! 大丈夫だから!」
ミリィちゃんの体に、無数の傷が生まれていく。当然小柄なその体では俺の全身をかばうことはできず、俺にも小さなかすり傷が幾つもついているが、そんなことはどうでもいい。
「ミリィちゃん! ミリィちゃん!」
彼女の肩を掴んで引き倒すとか、俺が彼女の前に飛び出して体を張ることはできただろう。でもそんな事をしたら、ミリィちゃんがしてくれたことを全部無駄にしてしまう。だから叫ぶ。叫ぶことしかできない。ただ彼女が傷つき、血を流し、その身をボロボロにしていく様を見ていることしか……本当に見ていることしかできないのか?
「魂魄同調 接続臨界――」
「駄目です」
ミリィちゃんの言葉が、俺の「命令」を止める。
「何故止めた、ミリィちゃん? これを使えば……」
「確かにそれでドネットの血を分けて貰えば、私は幾らか直るのでしょう。でも、それを使って人を辞めたら……ドネットはその後どうするつもりなのですか? 主と同じように、望まぬ不老不死で永劫を生きるのですか?」
「それは……」
その言葉に、俺は答えを持たない。今この場所は、ジェイが死ぬために作り上げようとしていた世界そのものだ。ここでなら人を辞めても死ねるだろうが、逆に言えばここを出れば死ねないということになる。この部屋をそのまま維持すればという考えも無くは無いが、人が出入りすれば僅かな時間だろうと魔術に満ちた外の世界と繋がりができる。それでいつまで「俺が死ねる濃度」の魔術を維持できるかわからないし、そもそもこの部屋をそのままにできる保証すらない。
つまり、俺の選択肢は――
「今ここで死ぬか、それとも死ねずに永劫を過ごす存在となるか……そんな2択を貴方にさせるつもりはありません」
いつの間にか、黒い雨はやんでいた。俺はその場に立ち上がる。
「それに、私の傷は放っておけば直ります。知っているでしょう?」
「ああ、知ってるさ。この場所で死んだら直らないってことはね」
ジェイすら死ねるというのなら、ミリィちゃんの体が再生出来るとは思えない。マリィちゃんの様に銃弾として形が残るのかどうかもわからないし、仮に残るのだとしても、今と同じ、完全な状態のミリィちゃんが復活するかもわからない。そんな不確定要素だらけのことに預けられるほど、俺に取ってミリィちゃんの存在は軽くない。いつの間にか、そうなっていた。
「……知っていたのですか」
「いや、状況から考えての予想だったけどね。当たってたんなら……嬉しくないなぁ」
苦笑いを浮かべ、俺は周囲を見回す。ジェシカは全身に稲妻を纏うことで何とか耐えきったらしい。血を流してはいるが、それでも両の足で立っている。とは言え、戦闘が継続出来るかと言えばかなり微妙に見える。
「うぅ、ダーリン、ありがとうですぅ……」
「気にすんな。オレは勇者だからな……」
少し離れたところでは、タカシがその身を盾にしてパレオを守り切ったようだ。身体能力が落ちたとしても、元々装備している防具の防御力が落ちたりしたわけじゃないのが幸いだったんだろう。全身から血を流し膝をついてはいるものの、二人とも命に関わる怪我をしているようには見えない。
「撤退しよう。一端戻って戦力を立て直せば……」
「駄目です。今我々が部屋の外に出れば、奴はこの部屋の壁を自力で破壊し、外と繋げてしまうでしょう。そうなればこの世界から魔術の消失を止める手段が本当に無くなってしまいます。この部屋の壁が閉じられている間に、奴を押し返す以外の方法は選べません」
「でも……っ」
壁が壊れて外と繋がれば、もう奴を倒そうと倒すまいと関係無く、あの穴はこの世界から魔術を駆逐するまで塞がらない。だがここで奴を止めるには、あまりにも手札がなさ過ぎる。
引くだけの余裕は無く、立ち向かっても勝ち目が無い……どっちも最悪だと言うなら、選ぶ選択肢は生き残る可能性の高い方だ。未来全部を賭けてでも今という一瞬を掴まなければ、そもそも未来に辿り着くことすらできないのだから。
「やっぱり撤退――」
「ドネット!」
叫び、振り返ったミリィちゃんの手によって、俺はその場で突き飛ばされる。尻餅をついた俺の目の前には、胸から黒い触手を生やしたミリィちゃんの姿。
「ミリィちゃん!? 何で!?」
叫ぶ俺に、ミリィちゃんが微笑む。
「決まってるでしょう? 私はミリィ・マクミラン。お姉様と元を同じくする存在。貴方がそう呼んでくれたその時から、私にとっても……貴方は運命の人だったのですから……」
胸から触手が引き抜かれ、ミリィちゃんがその場に倒れる。
「ミリィちゃん!」
その体を抱き留めるため、俺は一瞬意識の全てを彼女に向けた。警戒も何もかも忘れて、彼女にだけ集中してしまった。だから彼女の体を腕に抱き留めた時……俺の目の前には、ミリィちゃんの血で濡れた黒い触手が迫っていた。