013
「ふぅ……ふぅ……これか……これが死の感覚か……」
腹を押さえ座り込んだジェイの息が段々と荒くなる。流れでる血は止まること無く、ジェイの命が確実に終焉へと近づいていく。
「一応聞くが……助けてくれ、何て言わないよな?」
今の段階ならば、手当をすれば十分に助かる。『オーバーフロー』はあくまでジェイの中のナントカというのを破壊しただけだから、ジェイの命には関係していない。最低でも止血さえすれば生き延びることができ、その後はごく普通の人間として人生を送ることが出来るだろう。
「はは、まさか……言わないさ。随分と意地悪だなドネット。意趣返しのつもりかい?」
「これだけ手間をかけさせたんだ。このくらいはいいだろ?」
白い顔で薄く笑うジェイに、俺もニヤリと笑い返してやる。わかりきったことをあえて聞いたのは、正しくただの嫌がらせだ。
「そうか。そうだな……死は私が望んだことだ。今更否定なんてしないさ……それに……」
「それに?」
「……思ったよりも、死は怖いな。命が抜けていくのを実感するのは、予想よりだいぶ恐ろしい。もし今助けられたりしたら、今度は再び不老不死を得るために努力してしまいそうだ……勿論その時の研究対象は、君だよ? ドネット」
「おぉぅ、そりゃ怖い。ならまあ、思い残すこと無く……とは言えないが、とりあえずおとなしく死んでくれ。最後くらいは看取ってやる」
俺とジェイの違いなんて、過ごした時間の違いくらいしかない。ジェイが俺くらいに歳の時はこんな大それた事を考えたりはしなかっただろうし、俺がこのまま周囲から置き去りにされて生き続けたならジェイのようになりふり構わず死を求めることだってあるかも知れない。なら、そのくらいはしてやってもいい。
「ふふっ……それは、感謝すべきなのかな……? はぁ……はぁ……」
荒かったジェイの呼吸が、今度は少しずつ静かになっていく。つまり、荒く息をする力すら無くなってきたということだ。もうそろそろ、終焉は近い。
「な、なあ、ドネット……話をしてくれないか? 何か、私の恐怖が紛れるような……そうだな、何故あの時コレは6番目を呼び出せたんだ?」
「ああ、そのことか? 簡単さ。俺たちの銃は同時使用できない。1つを使ってる時は、他の銃は管理下から離れるんだよ。勿論全く無関係の相手が使ったりはできないだろうが、ミリィちゃんはマリィちゃんと同じで、第6の仮面の使用者登録されてたんだろ?」
「そう……そうなのか……これはとんだ間抜けだな……私たちが作った物なのに、その程度の事すら想定、検証していなかった……それとも、私が知らなかった、あるいは忘れていたのか……?」
「さあな。どっちにしろ、よっぽど信頼した相手じゃなかったら所有権の共有なんてしないし、解らなくても無理は無いだろうな。俺だってジェイと戦うことがなかったら調べようとすらしなかっただろうし」
そもそも、複数の銃を一人が管理するという状況事態が想定されていないのだ。1人1丁、一心同体の相棒を他人と共有するなんてするわけない。だからこれは、あくまで今回だけの裏技みたいなものだ。
「なら……次だ……召喚魔法……あれは? そもそもどうやって仲間達と連絡を取っていたんだ……?」
「『雑多なる召喚の書』は、大本はパレオの知識だよ。夜魔族は昔は『悪魔』として召喚されることがあったから、その手の魔術に詳しかったんだ。それに元の世界への帰還術式が魂に刻まれているタカシとか、参考資料はいくつかあった。第6の仮面が手元に無かったから実際に使えるかどうかは賭だったけどな。
連絡の方は、もっとずっと簡単さ。えっと……ほら、これだ」
俺は地面に落ちていた青い魔石の欠片を拾い上げ、ジェイに見せる。
「こいつは『連なり石』って言ってな。同一の波長を記録させておくと、1つ壊すと全部が一緒に壊れるって魔法道具だ。まあ有効範囲が町1つ分くらいしかないから、精々ダンジョンで迷ったときに生存報告をするとか、そのくらいしか使い道が無いマイナーな道具なんだが……ミリィちゃんが第6の仮面を手にするのに成功してアンタが驚いた隙に、腰のホルスターの裏に仕込んでおいたこれを相棒で叩いて潰した。ただそれだけのことさ。あのタイミングで動きを止められることも予想通りだったからな」
「なる……ほど…………つまり……私の……情報収集が……甘かったということ……か……」
「甘いって程じゃないと思うがな。これを一番使ってるであろう俺たち掃除人だって、言われたら『そういやそんな物もあったな』と思い出す程度だし」
「そう……か…………」
ジェイの息はもはやか細く、まぶたも半分ほど落ちている。
「…………最後に、何か言い残すことはあるか?」
「…………無いな……何も無い。私は十分…………永く生きた…………エレン……エド……スネイル……ファルコ……もうすぐ、私も…………」
腹を押さえていたジェイの手が、ゆっくりとあがっていく。まるでそこに見えない何かがあるように、その指先が僅かに開いて閉じるのを繰り返して――
「ミライ……フジコ…………愛しているよ、クラ、ラ……………………」
パタリと、ジェイの手が落ちた。命の光は既に無く、そこにあるのはただの肉の塊だ。1000年を超えて生き、永劫の時を恨み、多大な犠牲を出して己が望みを達成した男は、もうこの世界の住人ではない。
「ふぅ…………ったく、満足そうな顔して死にやがって。まあ長年の望みが叶ったんだから当然か? 俺たちはまだ後始末があるってのに、いいご身分だな」
「主……安らかにお眠り下さい」
「私は今が初対面なんで、正直何のコメントも無いですぅ」
「うわ、ぶっちゃけたな……でも、オレもまあそうなんだよなぁ」
「そうね。アタシも仕事としてしか付き合ってないから、そんなには……ね」
それぞれがそれぞれの態度で、ジェイを見送る。そう、このくらいで丁度いい。生きた時間も見た景色も、俺たちとジェイでは違いすぎる。理解なんて出来るわけが無い相手なら、理解した気になるより理解を放棄する方が誠実だ。
「うっし。それじゃ行くか! この部屋の奥から上に登れる場所があって、そこをあがれば魔術を無くす儀式? をしてる場所らしいしな」
「そうね。そんな物騒な物さっさと止めた方がいいわよ」
「そういうのって、普通自分が死んだら止まるように設定とかしないのですか? 死んだ後まで尻拭いさせるとか、とんだお漏らし野郎です」
「うーん。後はイベントを消化してエンディング? でもこの流れって、真のラスボスとかいそうだよなぁ」
「では、皆さん行きましょう。私が先導致します」
そう言うと、ミリィちゃんが先頭を切って歩き出す。それに追従するようにジェシカが、タカシが、パレオが後をついていく。最後に残った俺もまた、当然のように歩みを進める。取り残されるのはコイツだけだ。
「じゃあなジェイ。あの世とやらがあるんだったら……知り合いの神様に、アンタの幸せを祈っておくくらいはしてやるよ」
ジェイのために流す涙は一滴も無い。だから言葉だけを残して、俺は振り返ること無くそのまま前へと歩いて行った。