012
目の前の板に映し出されたのは、ごく僅かな時間の仲間達の姿だった。全裸の集団に踏みつけられ、小さく身を縮めているパレオ。肉スライムの触手に胸を貫かれ、光になって消えるタカシ。そして全身を真っ黒焦げにして倒れるジェシカ。どれもこれも絶望的で、そこに一遍の救いすらない。
「はっはっ。これはなかなか刺激的だね。このまま写し続けてもいいが、虫が潰れるのを見る趣味はないし、スカッドレイ嬢の遺体を晒し続けるのも無粋が過ぎる。これはこのくらいにしておこう」
再び机の方へ戻ったジェイの操作によって、仲間の姿を映していた板が天井へと戻っていく。それを見届けてから俺たちの前に戻ってきたジェイの顔には、実に穏やかで満足そうな笑みが浮かんでいる。
「さてさて、ではどうするねドネット? 君の希望は仲間が……とりわけあの勇者の少年が助けに来てくれることだったのだろう? 確かに彼ならこの銃の効果は受けないし、私を殺す技も持っていたようだ。だが彼は死んだ……遺体が消えて無くなるというのは予想外だったが、心臓を貫かれたのだから即死だろう。スカッドレイ嬢もお亡くなりになっているだろうし、羽虫に至っては潰される寸前だ。
さあ、どうするドネット? ここからどうやって逆転してみせてくれるのかね?」
「おいおい、これだけ徹底的に心を折っておいて、まだ先を期待するのか?」
魂魄同調 接続臨界 5%
頭の中で『命令』を使えばほんの僅かに手が動き、届いていなかった相棒の引き金に、俺の指先がギリギリ届く。
やはり、こっちなら動く。使う度に人から離れる最悪の切り札だが、その効果は抜群だ。
「それはそうだろう? だってドネット、君はまだ諦めた顔をしてないじゃないか」
紅血弾 生成開始 内容物指定 ナノブラッド
「そうかい? それじゃ、お言葉に甘えてみようか」
紅血弾の生成を確認し、俺はそのまま引き金を引く。腰に差したままの銃から射出された弾丸は、違うこと無くミリィちゃんの足を撃ち抜く。
「何!?」
「ぐっ……再接続 『第6の仮面』!」
苦痛に呻きながらも呟かれた『命令』に、ミリィちゃんの手に銃が戻る。
「何故だ!? 何故動ける!?」
驚愕するジェイ。だがタネは簡単。精神では無く魂を同調させることで、不可逆の浸食と引き換えに活性化した俺の血……ジェイと同じ青い血液を撃ち込んだだけだ。奴が『命令』を上書きすればすぐに効果を失うだろうが、それでもこの一瞬があれば十分。
「チッ。上位命令――」
「させねぇよ!」
全ての抵抗力を右腕だけに集中し、ゆっくりとだが確実に狙いを定めた俺の相棒から発射された弾丸は、狙い通りにジェイの手の第7の王冠を弾き飛ばす。一瞬の後には奴の手に戻っているだろうが、時間は十分に稼げた。
「武装具現化・雑多なる召喚の書」
ミリィちゃんの手に現れたのは、人の生皮を剥いで作ったとされる魔導書。表紙のギョロつく目玉がいかにも呪われてるっぽい感じだが、当然偽物に所有者を呪う力などあるはずもない。それは中身に関しても同じだが……同じ建物の中にいる相手を同意を持って招き寄せる程度の能力は有している……はずだ。
「『召喚』!」
本が自動で開かれると、ページが3枚ヒラヒラと宙に舞い、床に3つの魔法陣を生み出す。そこから現れるのは、当然あの3人だ。
「喰らえぇぇ!」
「くっ!? 上位命令 『完全停止』!」
稲妻を纏わせた拳で殴りかかってきたジェシカを、ジェイは辛うじて間に合った第7の王冠の力で止める。これで対応が3秒遅れた。
「喰らうですヘニャチン!」
「ぬぅっ!」
着る暇が無かったのか、小脇に服を抱えたまま飛び出してきたパレオの手から放たれた闇の塊……おそらく闇の攻撃系魔術だろう……を、ジェイは左手をかざして防ぐ。直撃した手はボロボロになって血を吹き出すが、どうせすぐに回復する傷だ。致命傷にはほど遠く……これでさらに3秒稼げた。
「喰らえ! 『オーバーフロー』!」
「武装具現化・永劫の円盾!」
青白い光を放つタカシの剣を、具現化した円盾で受け止める。剣の光は盾に吸い込まれ、それを砕くもジェイの体には届かない。おそらくは奴の切り札を切らせたが、こちらの切り札も打ち止めだ。だがそれでも……4秒稼げた。
「コピーバレッド、イニシャライズコンプリート」
「どうだドネット! 全て防いで……」
全ての攻撃を防いだジェイ。だがその勝ち誇った笑みが凍り付く。俺が奴に向けているのは第6の仮面。その弾倉に込めてあるのは、タカシの『オーバーフロー』の力を模倣した弾丸。全ての手札を切りきったジェイに、俺のこの手は防げない。
「チェックメイトだジェイ。穿て! 『The Breaker』!」
撃ち出された弾丸は違うこと無くジェイの腹に突き刺さり、その傷口から溢れる血が、少しずつ赤くなっていく。
「は、はは……これは……してやられたかな……?」
腹の傷を押さえながら、ジェイがその場に座り込む。致命傷というわけではないが、この状態で俺たち全員を相手に勝つのは流石に無理だろう。そこまでの札を伏せていたなら、そもそもさっきの攻撃を食らったりはしないはずだ。
「いつからだ? 一体いつから……?」
「決まってるだろ。最初からさ」
青白い顔で俺を見上げるジェイに、肩をすくめて答えてやる。
1000年生きた敵の本拠地。そんなところの情報なんて、見られて、聞かれて当然だ。だからこそ全てがフェイク。見られることも、聞かれることも承知の上の行動。俺たちの踊る様を観客席で眺めていたが故に、舞台裏の真実に気づかなかった、それがジェイの敗因だ。
「無心で踏みつけられるのは色んな意味で怖かったですけど、倒していいってなればあんなの楽勝です!」
パレオの闇魔法の能力は決して低くなかった。「殺せない」ことを盾にするような相手を蹴散らすくらいは訳ないだろう。多少の犠牲は出てるかも知れないが、先にあれだけのことをさせていれば言い訳はどうとでもなるだろう。
「知ってるか? 勇者ってのは、死んでも所持金半分で復活できるんだぜ?」
勇者は死ぬと、「続ける」と「諦める」の選択肢が出るらしい。そこで諦めて初めて元の世界へ帰還することになるので、逆に言えば諦めない限り何度でも復活できるんだとか。今まで聞いた中で一番のイカサマだが、まあ元々不死の魔王と単独で戦わせようなんて考えていたならそういうこともあるんだろう。これについては深く言及しない。あの女神の気まぐれを計り知るのは、人の身では無理だろう。
「アタシは、普通に回復薬を使っただけよ? 特別製の青いカプセルだけどね」
ここに来る前に活性化状態の俺の血で作った回復薬は、飲み込まずとも傷口から体内に取り込むだけ……要は自分の血に混ぜれば効果を発揮する。俺以外ではジェシカにしか効果が無いし、そのせいで俺の永続同調率が4割を超えてしまったが、まだギリギリ人間だ。ジェシカの命と引き換えなら安いものだろう。
「そうか。踊らされていたのは私の方か……滑稽だな」
自嘲の笑みを浮かべるジェイ。だがその言葉は何処か満足げでもある。
「認めよう。ドネット……君の、君たちの勝ちだ」