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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第九章 永劫へ至る道
122/138

011

今回はジェシカ視点です

「燃え尽きなさい!」


 アタシの指先から放たれた十条の稲妻が、臭くてキモい緑の触手を次々と打ち落としていく。破片まで残さず消し炭にしないといけないから力の消費は重いけど、今はそんな事は言ってられない。こんな奴にまとわりつかれて溶かされ死ぬとか、アタシが悪事を働いてきたにしても最悪すぎる死に方だ。


「チッ。埒があかないわね……タカシ、まだなの!?」


「悪い、もうちょっと」


「まったく、使えない男ね」


 背後から聞こえた返事に悪態をつきつつ、アタシは再び稲妻を放つ。実際タカシはここに残ってからほとんど何もしていない。精々アタシが迎撃しそこねた触手を剣ではじくくらいで、後はただ突っ立ってるだけだ。


 でも、それでいい。下手に剣で斬り飛ばされれば踏んだらアウトの破片が出るし、準備も出来てないのに緑のゲルゲルに近づいて戦闘なんてされたら目も当てられない。自分に残された力と目の前のゲルゲルの再生能力を考えれば、アタシに出来ることは時間稼ぎでしかないことはアタシ自身が一番解っているのだから。


「あーもう! 肉体同調フィジカルハーモナイズ 接続臨界(リミットマックス) 50%テンダーファイブ!」


 少しずつ苛烈になっていくゲルゲルの触手攻撃に、アタシは少しだけ体のギアをあげる。負荷は大きくなるけど、その代わりやや押され気味になっていた攻防を拮抗状態まで押し上げることができた。


「それにしても、つまらない戦いね」


 半ば反射的に触手を迎撃しながら、アタシは思わずそう漏らす。裏の意図どころかフェイントすらなくただ振り回されるだけの触手を打ち落とし続けるなんて、鴨撃ち猟と変わらない。技巧や知略ではなく反射神経だけを問われるような、それは戦闘と言うより作業といった方がいいものだ。


 それに比べると、ドネットとの戦いは面白かった。3対2という有利な状況のなか、手を変え品を変え攻めてきたドネットにアタシは撃ち負けた。まさか足を滑らされるなんて方法で一撃食らったなんて、今思い出しても顔が赤くなる。


 それに、あの魔導列車での夜のことだ。アタシを利用しようとする奴は幾らでもいたけど、あんな風に口説かれたのは初めてだった。後で聞いたら「別に口説くつもりの台詞じゃなかった」ってことらしいけど、だからこそアタシの胸に残った。だってそれは、純粋にアタシを喜ばせようとしてくれたってことじゃない? 下心がある程度で何とも思ったりしないけど、そういう打算無しで夜空に薔薇を咲かせてくれたことが、今思い出しても嬉しい。


「痛っ!?」


「ジェシカ!?」


「大丈夫よ。ったく、人がせっかくいい思い出に浸ってるのに、無粋な奴ね……」


 少し意識がそれていたとは言え、アタシの稲妻をかいくぐって触手が命中してくるなら、これはもう通常状態では迎撃しきれなそうだ。


超加速弾ブーストバレット 充電開始チャージアップ!」


「オーダー、アクセプト。ブーストバレット、チャージアップ……2、1、フルチャージ」


「我が身を貫け! 『Charge The Lightning』!」


 切り札を切る。アタシの体は稲妻に包まれ、力も速度も飛躍的に上昇する。


 一閃。空を切り裂き迫り来る触手を拳で殴り飛ばす。太い触手に真っ黒な風穴が空き、動きが止まる。それと同時に、今までより間合いを詰めたアタシの体に無数の触手が巻き付こうとする。でもその全てはアタシの体に触れることすらできず、白銀の稲妻に焼き尽くされて炭化していく。


 駆ける。翔る。この状態はそれほど長く意地できるものじゃない。だからこそ今のうちに、削れるだけ削っておかなければならない。守りから攻めへ。襲い来る触手を迎撃するのではなく、襲ってきそうな触手を片っ端から殴り飛ばしていく。

 当然そうなれば後方に隙ができるけど、そんなことは最初から織り込み済みだ。背後には出力を増した稲妻を放ち続け、タカシには触手一本触れさせない。


「はぁ……はぁ……タカシ、まだ……?」


 荒く息をつくアタシの前では、緑のゲルゲルの3割ほどが黒い炭に変わっている。でもそれも今だけだ。その身をブルンと震わせれば、焦げた表皮がこそげ落ち、その下からは無傷のゲルゲルが出現してくる。


「…………来たっ! 行けるぜジェシカ!」


「OK! ならアタシが隙を……」


 望んだ答えは、ほんの少し遅かった。ゲルゲルは既に完全回復し、更に数を増した触手が渦を巻いてこちらに迫ってきている。アタシ一人ならまだギリギリなんとかなりそうだけど、ここをタカシが進めるとは思えない。


「…………アタシが隙を作るわ。だからアンタは、迷わず進みなさい」


「だ、大丈夫なのか?」


 聞き返してきたタカシに、アタシは思わず大きなため息。


「はぁ……それを聞き返しちゃうからアンタはまだまだなのよ。ドネットなら一言『流石ジェシカ。頼りにしてるぜ?』で済ませるところよ?」


「いや、それだと二言なんじゃ……」


「うっさい! そう言う細かいところも駄目! だからアンタはモテないのよ!」


「うぐっ!? い、いや、オレにはパレオがいるし……」


「あの子の態度を見て本当にモテてるって思ってるなら、もう何も言わないわ。さあ、行くわよ!」


 掛け声と共に、気合いを入れ直す。背後でタカシが走り出す準備をしたのを確認して、アタシは最後の『命令オーダー』を下す。


肉体同調フィジカルハーモナイズ 接続臨界(リミットマックス) 100%ラブミーテンダー!」


 全身から、許容量をはるかに超えた稲妻が迸る。もはや体と稲妻の境界すら曖昧で、自分が今人なのか稲妻なのか、それすらも良くわからない。


「ぐぅぅ……こなくそぉ!」


 歯を食いしばる。血は出ない。流れた側から稲妻の熱で蒸発してしまうからだ。目の血管が切れたのか、視界が赤く染まっていく。手足にももう感覚が無い。それでも、アタシは最後の力を振り絞って稲妻を放つ。


「ライトニング・ディザスター!」


 極太の稲妻が、目の前の全てを薙ぎ払う。その大気さえも焼き焦がした道を、タカシが走る。


「喰らえ! 『オーバーフロー』!」


 稲妻の如く青く輝く剣閃が、緑のゲルゲルの体を切り裂く。その光はあっという間に広がっていき、粘液状だったその体がボロボロとこぼれ落ちていく。


「効いた!? やったぜジェシカ……ジェシカ!?」


 それを見届け、アタシはその場に倒れ込んだ。稲妻の光を失った体は、もうほとんど動かない。それでも何とか顔を上げて――


「……え?」


 アタシに駆け寄ろうとしていたタカシの体から、ゲルゲルの触手が生えていた。最後の力を振り絞ったであろうその一撃はタカシの胸を正確に貫き、触手がボロリと崩れ落ちたところで、支えるものを失ったタカシの体もその場に倒れる。


「な……うっ…………」


 タカシの体が光に包まれ消えていく。残ったのは、その胸からこぼれた僅かな血の跡のみ。


 そして、アタシは何もできない。それを最後にアタシの視力は失われ、呼吸すらもままならない。ギリギリ動く右腕で最後の悪あがきと薬を取り出すが、それを口まで運ぶ力すらない。その過程で腕から力が抜け、せっかくの薬を叩き潰してしまう。


「やることは……やったわ…………後はお願いね、ドネット…………」


 蚊の鳴くような小さな声でそれだけ呟くと、アタシはそのまま眠るように意識を手放した。

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