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「マリィちゃん、記録水晶は?」
素早く近くの岩塊に身を隠し、俺はマリィちゃんに問う。
「ばっちり。これなら応戦しても何の問題もないわ」
同じく身を隠したマリィちゃんの手には、赤い水晶球。まさに手のひらサイズのそれは、世界座標や時刻と共に、周囲の音を記録する、ただそれだけの道具だ。
単純故に改竄は極めて困難で、ちょっとした約束事や、こういう時の証拠として広く使われている。ちなみに、再生自体は何度でもできるけど、内容を消して新たに記録することはできないので、基本的に使い捨てだ。
「てか、あいつ何なの? あの見た目で魔法使いとか、違和感ありすぎだろ」
俺は腰から相棒を引き抜き、ハゲマッチョの様子をうかがう。
奴が両手に装備しているのは、ガトリング銃。だが、本来なら在るべき弾倉と呼べるものが無い。いや、無い方が普通なのだ。あんなものを実弾で撃つとか、浪漫とか以前の問題だし。
「属性付与が無いし、詠唱もしてない。てことは、無属性の衝撃弾ってところか。威力はしょっぱいけど、こう乱射されちゃな」
火や雷みたいな属性弾なら、見た目で赤かったり黄色かったりするし、そもそも燃えたりビリッときたりする。風系なら無色透明はありけるけど、ガトリング銃をガトリング銃として運用出来る連射力で、しかも2丁同時に撃ちまくるとか、消費魔力を考えたら流石にあり得ない。
いや、そもそもいかに極小しか魔力を消費しない最低レベルの弾とはいえ、それでもこの連射力は……
「ガッハッハ! どうした一発屋! 隠れてないでさっさと出てこい!」
「出てくわけないだろ。馬鹿か?」
「そりゃそうだな。ならこのまま岩塊ごと削り取ってやるぜ!」
俺とマリィちゃんの両方を撃っていた銃撃が、俺の方にだけ集中する。その隙を見逃すほど、マリィちゃんは甘くない。素早く岩塊の影から飛び出して……
「かかったな!」
目の前にちらついた影を、衝撃の嵐が襲う。だが、そこにあるのは真っ赤なハーフマント。掃除人ならずとも旅人なら大抵1つは持っている、雨風を避けるための基本的な旅装の1つであり、赤いのはマリィちゃんのお気に入りだ。なにしろ良く目立つ。それがむなしくヒラヒラしているのを見て、ハゲマッチョに驚愕の表情が浮かぶ。その隙に隙が重なった瞬間を見逃すほど、マリィちゃんは甘くない。
「武装具現化・爆裂恐斧」
詠唱と共に、マリィちゃんの手の中に、鋼の死神が生み出される。最初から具現化しておかなかったのは、こんなでかい物を持ってたら、陽動も糞もないからだ。
「てやぁぁぁ!」
掛け声と共に振るわれる爆裂恐斧を、しかしハゲマッチョは右腕のガトリング銃で受け止める。ガキィーンという甲高い音を立てて両者がぶつかり、マリィちゃんの斧が、銃の中程まで食い込む。
「へぇ。私の爆裂恐斧で切れないなんて、随分上等な魔導銃を使ってるのね。これなら貴方程度の掃除人がB級になれるのも頷けるわ」
「ほざけ糞アマぁ!」
がらくたになった、だがまだ鉄の塊ではある右腕のガトリング銃をなぎ払うように動かし、マリィちゃんを吹き飛ばすハゲマッチョ。爆裂恐斧で受けているが、重量が無い以上踏ん張りがきかないのは当然だ。
そして、距離が開いてしまえば、ガトリング銃の乱射が使える。ハゲマッチョは残った左腕のそれの銃口を、マリィちゃんへと向けて……
「がぁぁっ!?」
「そりゃ悪手だろ」
射線を外し、視界どころか意識からすら俺を消したら、攻撃しないわけが無い。連射は4発。命中も4発。2発ずつ当たった奴の右足と左腕は、これで使い物にならないだろう。
「おい、あー、ハゲマッチョ。これで終わりだ。投降しろ」
油断無く銃口を向けたまま、俺はそう呼びかける。別に人道主義者だからとかじゃない。さっきの記録水晶でも大丈夫だとは思うが、それでも「現段階では」こいつは一般人なので、殺すよりは生かしておいた方が、後々の処理が楽だからだ。
「うるせぇうるせぇ! 殺す! 殺す! コロスコロスゴロズゥゥゥゥゥゥ!」
「おいおい、こいつなんかヤバくね……?」
さっきまでと違って、明らかに理性が飛んでる。目は血走り、口からは泡を吹いて……てか、うわっ!? 人間の首はそっちに曲がったら駄目じゃないか!?
「魔力が暴走してる……!?」
「え? 人間の魔力って暴走とかするの!? そんなの初耳なんだけど!?」
「私も初めて見たけど、視える感じではそうとしか……」
そんな話をしている間にも、ハゲマッチョの体が何か膨らんできている。うわ、これ絶対爆発する感じだ。
「これ、放っておいたら爆発するよね? もうこのまま逃げた方が良くない?」
「そうね。それじゃ……きゃっ!?」
決して警戒を緩めたわけじゃないのに、マリィちゃんがギリギリ反応出来る程の速度で、ハゲマッチョが突っ込んでいく。爆裂恐斧を盾にはできても、マリィちゃんの腕力では、のしかかっているハゲマッチョをどかすことができない。
「チッ!」
舌打ちとともに、弾倉に残った2発を、ハゲマッチョの脳天に撃ち込む。奴がよろけた隙をついて、何とか下からマリィちゃんが這い出してきたが、奴の目は死んでいない。というか、普通に唸り続けてるので、間違いなく生きている。
「ゴロスゴロスゴロスゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
「ふぅ。これじゃ逃げることもできないわね。こうなったら、私が爆裂恐斧を使って……」
「いや、駄目だよマリィちゃん。あんな、見るからに爆発しそうな奴のとどめを、近接のマリィちゃんには任せられないでしょ」
そう言って、俺は手にした相棒の弾倉を振り出し、中に入っている使用済みの薬莢を排出すると、何も装填しないまま元に戻す。
「1分頼むよ。俺が片をつける」