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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第九章 永劫へ至る道
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008

 目の前には、大きな扉。その奥には、深い闇。そしてその入り口で……俺たちは座り込んでお茶を飲んでいた。


「いいのかなぁ。こんなことしてて……」


「そんな事言ったって、タカシがその技をもう1回使えるようになる前に進むのは悪手だろ。扉が自動で開いたからって、別に入らなきゃいけないわけじゃないしな」


「そうね。追っ手が来てるとかならともかく、戻る方の一本道の通路からは敵が来る様子が無いし、休めるなら今のうちに一休みしておくのはアリだと思うわよ」


 何となく腑に落ちなそうな顔をしているタカシをよそに、俺とジェシカは平然と茶を啜っている。掃除人の勘とか以前に、これで先に何も無いなんてあり得ない。ならば準備は万全に、体調も完璧に整えるのが当然だ。蒸し暑い中でそれなりに汗もかいているし、しっかりした水分補給は間違いなくプラスになる。


「にしても、このダンジョンって改めて凄いよな。一応聞くけど、これ元々教団本部にこんな場所があったわけじゃないんだろ?」


「そうですね。私の知る限りでは、このような通路や魔物がいた記憶はありません。おそらく今回のためだけに用意されたものではないかと」


 俺の問いかけに、小さなカップを両手で包むようにして持っているミリィちゃんが答えてくれる。


「これ、どうやってるのかしらね? 下の教団員の群れはどうとでもなるでしょうけど、こっちの魔物とか迷路とか、単純にお金をかけたらどうにかなるってものでも無さそうなのに」


「魔物はやっぱり、召喚とか?」


「いやぁ、どうだろう? 召喚ってなれば何処かからか呼んでるわけだろ? でも俺あの緑の奴なんて初めて見たぜ?」


「あの魔物は、主の研究成果の副産物である可能性が高いですね。自らの不死性を何とかするために、あえて他者にその特性を付与することで対処法を検討していたのではないかと」


「あー、まあそうなんだろうなぁ。ジェイの奴、そういうこと平気でやってそうだし」


「そうね。こんな銃を作って今という時に向けて準備していたくらいだもの。そのくらいはやりそうよね」


「へぇ。オレは直接会ったことないけど、そういう人……ん?」


 警戒はしつつもまったりと雑談を繰り広げる俺たちの耳に、不意にドドドドという何かが押し寄せるような音が聞こえる。それはすぐに振動すら伴って感じられ、細い通路のはるか奥から、散々倒しまくった緑の人型のなれの果て……グズグズになった肉の波が押し寄せてくるのが見える。


「ヤバイ、ヤバイぞ。アレに巻き込まれるとか冗談じゃない! 全員今すぐ部屋に入れ!」


「うわ!? ちょ、待ってくれよアニキ!」


「ほらミリィ、さっさと立ちなさい! 行くわよ!」


「了解ですジェシカ。30秒で支度をします」


「遅いわよ!? カップを鞄に入れたら後ろの扉に入るだけなんだから、2秒でやりなさいよ!」


 湯沸かしの道具やポットの類いはその場に放置し、俺たちは素早くボス部屋の扉の中に入る。幸いにして扉は内開きだったから、全員が入ると同時に内側から力一杯扉を押して扉を閉める努力をする。


「押せ押せ! デロデロにされるぞ!」


「くっそ、何でこんなことに!?」


「無駄口よりも力を込めなさいタカシ。か弱いレディを守るのです」


「そうね。間に合わなかったら前衛のタカシが体で受け止めるべきよね!」


「うぉぉ! デロデロは嫌だ! 閉まれぇぇぇぇ!」


 幸いにして、それが部屋に押し寄せるよりやや早く扉は閉まった。ピッタリと閉じた隙間からもそれが入ってくる様子は無いが、逆に言えば俺たちの退路もまた完全に絶たれたことになる。


「ふぅ。とりあえずの危機は去ったわけだが……」


「まあ、そう上手くはいかないわよね」


 扉が閉まったその瞬間に、天井から例の緑の腐肉がボトボトと落ちてくる。中に入って解ったことだが、この部屋は相当広い。これなら流石にこの肉で埋もれさせて殺されるという手段を取られるとは思えないが……果たして。


「な、なあアニキ? オレの目がおかしくなってないなら、アレなんか動いてないか?」


「あー、タカシにもそう見えるか?」


 天井からこぼれ落ちて小山を作るような量になった肉が、ピクピクと蠢いている。やがてそれは床に沿って薄く広がっていくのをやめ、少しずつ丸く大きくなっていく。


「これは……悪趣味ね……」


「主のセンスに、流石の私もどん引きです」


 そうやってできあがったのは、肉スライムとでも言えばいいだろうか? グズグズの肉が絡まりまとまり、その体表は謎の体液にてテラテラと濡れ光っている。表面に見える筋肉の筋が時折ピクピクと蠢いているのがさらに不気味さを醸しだし、極めつけには周囲に強烈な臭気を放っている。いくら俺がいい男でも、これとお近づきになるのは全力で遠慮したい。


「っ!? 来るぞ!」


 肉スライムの至る所に緑色の太い触手が生え、その1つが勢いを付けて振り下ろされる。見上げるほどの大きさだけに一見それほど早く無さそうに見えるが、鞭のようにしなる大質量の振り下ろし攻撃は早く、鋭く、そして重い。


 俺たちを二分するように放たれた一撃。俺とミリィちゃんは右側に飛び、タカシとジェシカは左側。その中央に横たわる触手は、床の部分からジュワジュワと音をさせている。


「溶解系! いいから距離を取れ!」


 ジェシカ達と合流はしたいが、いつ上に振り上げられるか解らない触手を跨ぐ気にはなれない。であれば一端引いてと思うが、それ以外の無数の触手が俺たちが合流出来ないように振り回される。完全な盾役が物理的に押さえるか、何らかの魔術(マギ)によって行動制限できるならやりようがあるが、そのどちらもいない俺たちにとってはこいつは相性が悪すぎる。


「くっ! このっ!」


 ミリィちゃんが孤華裂夜コノハナサクヤで触手を受けるが、爆裂恐斧と違って大鎌では受けには向かなすぎる。細めの触手なら切り飛ばせるが、飛ばした残骸が地面に残り、触れたらアウトな地雷となって行動を制限してくるからたちが悪い。


 しかも、斬ったそばから触手が再生している。斬り飛ばした破片を完全消去できるような攻撃方法でなければ、あっという間に追い詰められそうだが……かといって俺の銃……通常弾ではどう見ても効果が無い。巨体なうえに本体そのものは移動していないから目を瞑っていたって当てられるが、当たった箇所からぶしゅぶしゅと音がして煙があがると、小さな穴などすぐにふさがってしまうのだ。


接続(コネクト)! 起動せよ(ウェイクアップ)第5の先導者フィフス・ヴァンガード』!」


「ジェシカ!?」


 触手を挟んだ向こう側から「命令オーダー」が聞こえ、次の瞬間にはジェシカの体が眩いばかりの稲妻の光に包まれる。


「アタシならコイツを焼き尽くしながら戦える! だからドネットは行って!」


「…………わかった」


 ここで「大丈夫なのか?」「いいから行きなさい!」みたいなやり取りをするのは、お互いを信頼していない証拠だ。俺はジェシカの力を信じてるし、ジェシカも俺がジェイとの決着をつけることを疑ったりしていない。


「だが、タカシは置いていく。おそらくジェシカが全力を出し切っても、コイツの再生能力のほうが上のはずだ」


「…………わかったわ」


 そしてまた、ジェシカも俺の選択に異を唱えたりしない。人の能力には必ず限界があり、それを指摘することは侮りでも嘲りでもない。意地で誇りも大事ではあるが、確実な勝利は大抵の場合それより優先されるのが当然だ。


「でもいいの? タカシはジェラルドに対する切り札なんでしょ?」


「ああ。その辺は俺に考えがあるから大丈夫。タカシ、やれるな?」


「勿論! スキルを使えるようになったらすぐにこんな奴倒して合流するから、アニキたちは先に行っててくれ!」


「わかった。それじゃミリィちゃん、行くよ?」


「了解しましたドネット。タカシ、ジェシカ、ご武運を」


 俺とミリィちゃんはジェシカたちとも肉スライムとも距離を取るように動き、完全にその攻撃範囲から離れたのを確認してから、背後に開いていた通路から上り階段へと駆け込んでいった。

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