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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第九章 永劫へ至る道
118/138

007

「ふぅ。やっと階段か……」


 人で満たされた通路を奥まで進みきり、扉を開けて階段を発見したところで、俺たちはやっと一息ついて一端足を止めた。


「にしても、結構距離があったのに奥の奥まで魅了が通ってたとか、何気に凄いなパレオ」


「そうね。あのへっぽこ夜魔族サキュバス、ちょっと見直したわ」


「パレオ……大丈夫かな……?」


 既に閉められた扉を前に、タカシが心配そうな声をあげる。


「大丈夫だろ。普通の戦闘ってことならまだしも、ソッチの勝負で夜魔族サキュバスが負けるとは思えないんだが」


「まあ、それはそうなんですけどね。それでも、やっぱり心配っていうか……」


「なるほど。タカシはパレオに『惚れている』のですね?」


 ミリィちゃんの発言に、しかしタカシは複雑な表情をする。


「どうなんだろう? オレってパレオが初めての相手だったから、これが性欲なのか愛情なのか、そういうの良くわかんないんだ。実際、今もパレオが大量の男や女とそういうことしてるってわかってるのに、嫉妬とかそういうのを感じてるってわけでもないし……」


「……ま、難しいところだが、そういうのは帰ってからゆっくり考えればいいさ。そのうち丁度いい答えが見つかるだろ。まだ若いんだ。焦らず行けばいいさ」


「そうだな。ありがとうアニキ。ちょっと気持ちが軽くなったよ」


「おぅ。それじゃ行くぜ?」


 軽くタカシの背を叩き、俺たちは前進を再開した。折り返しになっている階段を数分登り、行き止まりにあった扉を開く。


「おっ、これはまた……」


「まさにダンジョンね」


 周囲の景色が、がらっと変わった。壁の質感は煉瓦のような茶色いものになり、そこに緑色の蔦のようなものが這い回っている。空気はやや湿度が高く、蒸し暑ささえ感じるほどだ。


「こりゃ、今度こそちゃんとした迷宮って感じかな? 全員、油断せずに行こう」


 注意を促し、一歩を踏み出す。何処にも照明は見当たらないのに、何故か通路は光に満たされ通常の視界が通る。理由は不明だが、魔力も道具も消費することなく見えるのならばこっちにとっては有り難い。


「おっと、お客さんかな? 戦闘準備」


 通路の角の向こう側から、足音と気配が伝わってくる。全員が武器を構えるなか、姿を現したのは緑色の肌の人型生物。俺に取っては初見の相手だ。


「誰かあれのこと知ってるか?」


 視線をはずすこと無く声をかけるが、返ってくるのは否定の台詞のみ。となればよほど珍しい存在か、あるいはジェイが作ったここのオリジナルか……


「よし。俺が一発撃ち込むから、反応を見てタカシとミリィちゃんで近接戦。ジェシカは念のため後方を警戒しててくれ。じゃ、いくぜ……っ!」


 銃を構えて、1発発射。ゆっくりとこっちに歩いてくるだけだった緑の人型は、特に回避行動を取ることもなくその眉間に銃弾を喰らう。それで一瞬体をのけぞらせるも、すぐに何事も無かったかのようにこちらに顔を向け、次の瞬間、その目が大きく見開かれる。


「グオォォォォォォォ!」


「行きます!」


 人型の叫び声に先に反応したのはミリィちゃん。獲物が大鎌だけにタカシが横にいると戦いづらいからだろう。一足飛びに距離を詰めると、鎌を振るって首を薙ぐ。それは狙い違わず緑の人型の首を跳ねるが……人型の動きは止まらない。


「キャア!?」


 首無しの人型が拳を振るい、それを受けたミリィちゃんの体が吹っ飛ぶ。だが、そこに入れ替わるように踏み込んだタカシが手にした剣で人型に切りつける。


「何だコイツ!? 切ってるのに死なねぇ!?」


 タカシの剣が人型の体に無数の切り傷を付けるが、それでも奴の動きは止まらない。といっても、傷が治る様子は無い。ならば攻撃し続ければ戦闘不能にはできるはずだ。


「ひるむな! 切り続けろ!」


 俺は倒れたミリィちゃんを抱き起こしながら、人型の足に向かって3発。全弾奴の左足に命中し、その動きが格段に悪くなる。


「うぉぉぉぉ!」


 タカシの剣が斬り、突き、抉り、緑の人型が徐々に緑の肉塊へと変わっていく。そうして体の半分ほどが大きな負傷をしたところで、不意に人型の体がグズグズの肉へと崩れていった。


「うぉ!? 何だ!? キタネェ!」


 煙を噴く緑色の肉塊に思わずタカシが飛び退くと、そのまま半液状くらいまで崩れた後、それは床に染み込むようにして跡形も無く消失した。


「何なんだアイツ。やたらタフだったけど……うぇ、剣がデロデロだ……」


「武器は平気? 体液で武器を腐食させるような魔物だったら、この先大変よ?」


「ん? んー……大丈夫みたいだ。特に刃こぼれとかもしてない。サンキュージェシカ」


「さんきゅー? まあ感謝してるならいいわ」


 そんなタカシとジェシカのやりとりを聞きながら、俺は頭を巡らせる。


「なるほど。今のが防衛戦力か……最初は『人を殺せるか』で、次は『やたら死にづらい奴を殺しきれるか』ってところか? なら警戒は必要だが、このまま進んでも大丈夫だろう。ということで、今から前衛はタカシだ。俺たちもフォローするけど、基本的にはトドメは必ずタカシが刺せ。それでいいんだよな?」


「ああ。単純に戦うだけでも経験値は稼げるけど、トドメを刺した方が何倍も稼げるからね。っても、あのタフさじゃオレ一人だと厳しいから、出来ればトドメだけの方がいいかも」


「そうか? じゃ、基本の前衛はミリィちゃんの方にして、トドメだけタカシに刺させるか。ミリィちゃん、負担かけるうえに美味しいところ持ってかれちゃって悪いけど……」


「問題ありません。それが重要な作戦だと解っているのに文句を言うほど私は非合理的ではありませんから」


「そっか。良かった……」


「ただ、全てが終わったあとで再びサンテナとの添い寝を要求します」


「……ま、まあ善処するよ……」


 無表情なのにムフーッと鼻を鳴らすミリィちゃんに一抹の不安を感じるが、ここは手持ちの張り所だ。サンティには帰りにお土産を調達することにしよう。


 話が決まれば、あとは前進あるのみだ。迷宮と言っても、迷わせるというよりは回り道をさせることを念頭に設計されているらしく、分かれ道の先が行き止まりだったりすることが数度あってげんなりはしたものの、時間の経過のみで着実に前進している手応えはある。


 そして、その道程での何十回目かの戦闘の後。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ! 覚えた! 覚えたぜアニキ!」


「マジか!?」


 遂にタカシが待望の『オーバーフロー』のスキルを習得。物は試しと、早速次に出会った緑の人型に使ってみることになった。


「行くぜぇ! 喰らえっ、『オーバーフロー』!」


 タカシの剣が青白く輝き、その刃が振り下ろされると、緑の人型の体にもまた青白い光が宿り、それが少しずつ広がって……広がって……?


「……何か、光が広がらなくない? これ効いてるの?」


「あれぇ? おっかしいなぁ……あ、ひょっとして、この緑野郎って死にづらいだけで再生とかしてるわけじゃないからなのか?」


「ああ、そう言えばその技って、相手の無限の再生能力を逆手にとって倒すみたいな技だっけ? それじゃ確かに、こいつには効かないかもなぁ」


「なんだよつまんねーな……って、うわっ!? リキャストタイム長っ!」


「りきゃ……何だって?」


 とりあえず緑の人型が動かないように、それでいて死なないようにミリィちゃんが淡々と手足を落としている間に、俺はタカシの聞き慣れない単語の確認を取る。


「えっと、この技って1回使うと一定時間経過するまで使えないんだよ。しかも1日3回までしか使えないってなってる」


「何ともまた、変な縛りだな……まあ、それならそれでいいさ。要は無駄打ちしなきゃいいって事だろ? どうせまだしばらくは迷宮を歩くんだろうし……っ!?」


 技の性質をよく確認するために俺が緑の人型に近づいて、その光る傷口に触れた瞬間。光が一気に広がって、緑の人型がそれまで通りに溶けて消えて……突然、迷宮の中を満たしていた光が消えた。


「アニキ! 今明かりの魔法を……」


「いや、その必要は無さそうだぞ」


 焦ったタカシが詠唱を始めるその前に、再び迷宮に光が戻る。だがその様相は一変しており、奥には細く長く続く通路が、そして俺たちの正面には、両開きのでかい扉がある。


「ジェイが知らないはずのタカシの技がきっかけってのは考えづらいから、一定数の敵を倒したらってところか? どっちにしろこれは……」


「ボスへの扉、だよなぁ……」


 タカシの呟きに合わせるように、待ったをかける間すらなく、目の前の扉が音を立てて開いていった。

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