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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第九章 永劫へ至る道
117/138

006

「それではお嬢様、ご武運を」


 町の外。目立たない森の端の方で飛行船を降りると、トブーノ氏の見送りを受けて俺たちは町の中へと入っていった。ごく普通に門で手続きをし、ごく普通に人が歩いている通りを進み、特に何かに阻まれるということもなく永劫教団の本部へと辿り着く。


「ほぇー。高層ビル? てか、ここが……?」


「ああ、永劫教団の本部だ」


 振り返り、全員の顔を見てから、俺は先陣を切って自動ドアを潜る。すると中には――


「…………あれ?」


 前回来た時と同じように、普通に教団の人が仕事をしていた。ちょっと前にここから出てきた時には誰もいなかったんだが……人を戻したのか?


「変ね? いえ、変じゃないけど、変じゃないことが変ね……ややこしいわ……」


「で、これはどうしたらいいです? 普通に受付のおねーちゃんに声でもかければいいですか?」


「あー……そう、かな?」


 少なくとも、武器を抜いて進軍するって感じではない。とりあえず周囲への警戒はしつつも、俺は前に見たナイスバディの受付嬢のところまで歩いて行く。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「えっと、ジェイ……ジェイナス・エバーノーツ氏に呼ばれて来たんだけど。あ、俺はドネット・ダストね」


「承りました。確認致しますので、少々お待ち下さい」


 至極普通に受け答えをされ、何やら確認を取ったのち、すぐに受付嬢が口を開く。


「誠に申し訳ありませんが、アポイントメントの方が確認できませんでした。教主への面会は、再度正式な手続きに則ってお申し込みください」


「え? あれ? いや、でも、俺は呼ばれて……」


「申し訳ありません」


「……いいわ、ドネット。ちょっと代わって」


 梃子でも動きそうに無い受付嬢の態度に、ジェシカが俺を押しのけて前に出る。


「私はジェシカ・スカッドレイよ。ジェイナス氏に緊急の用事があるの。至急取り次いで貰えるかしら?」


「失礼ですが、アポイントメントはございますでしょうか?」


「だから、緊急だって言ってるでしょ!? いいからさっさと取り次ぎなさいよ!」


「申し訳ありませんが……」


「ジェシカよ!? ジェシカ・スカッドレイよ!? というか貴方何日か前に顔合わせてるじゃない! あの時と対応が違いすぎるでしょ!?」


「申し訳ありませんが……」


「むきーっ! 何なのよアンタ! こうなったら……」


「ちょ、ちょっとジェシカ!? 待て、一端落ち着こう、な?」


 スカートの裾に手を入れて銃を引き抜きそうになったジェシカを必死に止めて、俺たちは一端隅の方へと移動する。


「何よこれ! ふざけるのも大概にしなさいよ!」


「まぁまぁ、落ち着けってジェシカ……にしても、これはどうしたもんかな」


「戦闘員って感じじゃないから、力押しはできると思うけど……この人達を押しのけて進むのは……」


 俺の言葉に、タカシが苦い顔をする。広い玄関ホールをせわしなく動き回っているのは、どう考えても一般の教団員だ。力押しでエレベーターまで進んで無理矢理乗るのは簡単そうだが、それをやると俺たちは不法侵入者丸出しになり、仮に世界を救えても逮捕待ったなしとなる。


「そのジェイだかジョイだかの悪事をばらしてやったらどうです?」


「『永劫教団の教主は本当に不老不死で、死ぬために世界から魔術(マギ)を消そうとしてる』なんて、誰が信じる? 仮に信じて貰えたとして、それが事実かどうかの裏付けを取ってる時間で手遅れになるのが目に見えてるだろ」


「そうね。一般教団員は3階くらいまでしか上がらないらしいから、その上で何か細工をしているんだったら誰に聞いてもわからないでしょうし、そもそもあからさまに何かやってたとしても、普通教主のやることに口なんて出さないでしょうしね」


「ではどうしますか? 裏口でも使いますか?」


 当然のように口にしたミリィちゃんの言葉に、俺たちの視線が彼女に集中する。


「……裏口とかあるの?」


「はい。私は表向き教団とは関わりが無い存在ですから、常に裏口を通ってましたので」


「それ先に言ってよ…………」


 一気に脱力してしまったが、俺たちは一端教団本部を出ると、改めてその裏手に回る。目立たない小さな扉をミリィちゃんの持っていた鍵で開け、細い通路を通って小さなエレベーターに乗り込む。一応横には階段もあったが、流石に数十階分を歩いて登る気にはなれなかった。警戒のためジェシカの所持していた貴重な簡易結界を張れる魔法道具を1つ消費してしまったが、時間と体力の消費を考えれば悪くない判断だろう。


 狭い密室で、静かな時が流れる。先日ここに来たときとは違う、戦闘前の張り詰めた空気が場を満たし、やがて静かな音を立てて小部屋の動きが止まると、目の前の扉がゆっくりと開いていく。


「うわぁ……」


「これは……」


 そこにあったのは、通路だった。壁も床も何の変哲も無い素材であり、真っ直ぐに道が延びている辺り迷路になっているという感じでもない。人がゆっくり3人並べる程度の広さの通路が、ただひたすら続いているのが見える。


 故に、問題は建物ではない。そこに配置されている障害の方だ。

 人だ。人が詰まっている。イアンのいる遺跡を潜っていた時のように、大量の人が通路を埋め尽くしている。おそらく20代から40代くらいまでで、男性が7割ほどを占める人の壁。とてもじゃないが、避けて進める密度じゃない。


 だが、何より問題なのは、その人達が一切武装をしていないことだ。全員がおそろいの教団服に身を包み、その手には何も持っていない。それどころか、握り拳すら作ること無くただ隣の奴と手を繋いで通路を塞いでいる。


「えっと……」


「ここから先には誰も通すなと命じられています。申し訳ありませんが、お引き取り下さい!」


 丁度目の前にいた男が、強い口調でそう口にする。その目にはちゃんと意思の光があり、操られているというわけでもなさそうだ。


「これはちょっと予想外だな……」


「あの、アニキ? まさかこれ、この人達を倒して……殺して進むんですか?」


 タカシの顔色が目に見えて悪い。非武装かつ無抵抗な人の波を殺し尽くして進むとなれば、それはまっとうな人間の精神で耐えられるようなことじゃない。そう考えれば、なるほど確かに、これは最強の防衛戦力と言えなくも無いが……


「どうしたもんかな……」


「ふふーん! 早速私の出番ですね!」


 困り果てた俺の前に、得意げに胸を反らせたパレオが一歩踏み出してくる。


「パレオ? いや、流石に彼らを殺すのは……」


「馬鹿言うなです! そんな勿体ないことを私がするわけ無いでしょう!? ここは黙って私に任せるのです!」


 そう言ってパレオが目の前の人垣に正面から相対すると、その瞳の色が変わる。同時に周囲の空気が何とも甘ったるく粘つくように変わって……


「ふんぬぅ!」


 色気も何も無い掛け声と共に、目の前にいた教団員達の目がとろんと蕩けた。男も女も、その視線はパレオだけを捕らえている。


「どうです! これぞふらりと実家に帰った時に、ケツデカオババに泣くほど尻を叩かれながら仕込まれた夜魔族サキュバス必殺の技! 魅了テンプテーションですぅ!」


 こっちに振り向きどや顔で威張るパレオ。その一挙手一投足にすら視線がついて回る辺り、かなり強力に魅了されているらしい。確かにこれならこいつらの間をかき分けて進むことはできそうだ。


「ということで、こいつらは私が全部絞っとくので、みんなは先に進むといいのです!」


「えっ、一緒に来ないのか? 放置しても別に大丈夫そうだけど……」


「そんな勿体ないことはしないのです! 魅了にもそれなりに力を使ってますし、そもそもこんな人数をよりどりみどり食べ放題なオイシイ状況を……いや、あれです。私がここを食い止めておくので、さっさと進むのです!」


「そ、そうか。それじゃまあ……行く?」


「そうね。ここに残るともの凄く不快な目に遭いそうだし。アタシは行くわよ」


「当然私も行きます。タカシはどうするのですか?」


「オレ? オレもまあ……行くよ。待ってるわけにも行かないし、流石に参加したいとも思えないから……」


「そうか。じゃあ、まあ、あれだ。頑張れパレオ。ほどほどにな」


「はーいですぅ! おらお前ら、さっさと服を脱いで一列に並ぶです! 先頭は回数に自身にある奴からですよ!?」


 パレオが列を仕切り始め、眼前に肌色の景色が急速に広がり始めたことをうけ、俺たちは早足にて通路の奥へと進んでいった。

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