005
「タカシ、ちょっといいか?」
「あ、はい。何ですかアニキ?」
パレオの提案は論外だが、互いを知るということは重要だ。戦闘時の連携を訓練するほど時間が取れるわけではないが、全く知らない相手に背中を任せるのは些か以上に問題がある。とりあえず今日は顔合わせという意見そのものは皆に指示され、全員でテーブルを囲み適当な雑談をしている最中。俺はタカシに今回の作戦において最も重要な要素を確認すべく声をかけた。
「お前さ、自分が召喚された理由って覚えてる?」
「そりゃ覚えてますよ。どうやっても倒せない魔王を倒してくれって奴です」
「そうそう。じゃあさ、その魔王を倒す技だか何だかをお前が覚える予定だったってのは?」
「あー、そう言えばそんなのありましたね。何だっけ? オーバーフロー?」
「多分そんな感じの奴。で、それって今使えるか? もしくは使えるようになりそうか?」
それこそが勝利の鍵。これで万が一「絶対無理」と答えられたら極めて厳しい状況になるが……流石にそれは無いと信じたい。
「うーん……今はまだ使えないです。『エンカウント』もあんまりうまく発動できないですし。あ、でも『強奪』は絶好調でしたよ? パレオの技をいい具合に学習できましたから」
「あ、そうなの? その情報は欲しくなかったなぁ。タカシの腰のキレを見る機会は一生無いと思うし」
俺の脳内で残像の残る速さで腰を振るタカシの姿が浮かんだが、当のタカシは慌ててそれを否定する。
「ち、違いますって! そっちじゃなくて、パレオって精神系とか闇系の魔法が使えるんですけど、それが結構強いっていうか……」
「ああ、そういやさっき『意外と強い』って自分で言ってたもんねぇ」
タカシが強いというのなら、パレオの戦闘力は意外と期待出来るのかも知れない。これは嬉しい誤算だが、今重要なのはそこじゃない。
「で、『今は』ってことは、使えるようになりそう? 説明聞いてると思うけど、ジェイって不老不死だからさ。それがあるとかなり有利なんだけど」
「そうですね……今の手応えだと、多分あと2つか3つレベルが上がればいけそうなんだけど、でもこの辺の雑魚を狩ってもなぁ。ラスダンに挑戦するなら、そこで稼ぐのが一番確実っぽいですね」
「らすだん……教団本部のことか? まあ確かに迷宮化したうえ防衛戦力を置くって言ってたから、敵を倒して強くなるってことならそこでやるのが一番だろうけど」
可能であれば「出来るかも知れない」ではなく「確実にできる」になってからジェイと対峙したいが、時間的な猶予の問題もある。どうせ内部で戦闘があるのなら、そこで稼ぐのは確かに効率的だ。敵が足りなかった場合は大きな問題になるが、それを言うなら外で戦い続けた結果時間切れでジェイに挑めなかった、となることだって考えられる。どっちも読めないリスクなら、確実にジェイに近づける教団本部での戦いに賭ける方がいくらか勝率が高そうに思える。
「そうだな。じゃ、教団本部で稼いで貰うことにするか。今回の勝負はタカシが切り札だから、気合いを入れてくれよ?」
「えぇ、オレが? うぅ、プレッシャーが……」
顔をしかめ、胃の辺りに手をやるタカシ。だが、俺はあえてその背を気楽にバシバシ叩く。
「おいおい、今からそれじゃしょうがないぜ? 世界を救ってくれよ勇者様?」
「おお? どうしたですダーリン? そんな前屈みになって……そこの壁際で軽くしゃぶっとくですか?」
「やめてくれ! 違うから、今はそう言うのじゃないから……」
「そうですか? でもこの前は宿の廊下でむぐっ」
「わーっ!」
パレオの口を慌ててタカシが両手で塞ぐ。つまりそれは根も葉もない嘘ではなく、実際にそういう経験をしたってことだ。
「タカシ……お前本当に汚れちまったんだな……」
「アニキ!? オレは……って、パレオも押さえてる指を舐めるなよ!?」
「いーいサンティ? ああいう馬鹿とは一線を引いて付き合わなきゃ駄目よ?」
「そうですね。あのような性的倒錯者を身内に置くのはお勧めしません。さしあたっては私とお風呂に退避するのを提案します」
「え? 待って、まさかミリィもそういう人なの……?」
「? 質問の意図が理解出来ません。女性同士で入浴することに何か問題があるのですか?」
「いえ、無いけど……そうなんだけど……」
俺たちの対面では、サンティを挟んでジェシカとミリィちゃんが何やらじゃれている。やや緊張気味だったミリィちゃんも、どうやらすっかり打ち解けたようだ。この様子なら、交流会は大成功と言っていいだろう。俺に対するジェシカの評価が駄々下がりしていることに若干の危惧を覚えなくも無いが、いい男はその程度のことは気にしない。
結局その日はそのまま話をするだけで終わり、俺たちはみんなで飯を食い、風呂に入り、夜には酒を飲んだりした。流石にこの人数全員に当てられるほど個室は無かったが、ミリィちゃんがサンティの部屋で寝て、パレオとタカシが客室。ジェシカはソバーノ氏と係留してある飛行船で休むことで解決した。俺はダレルとジェイのところでちょろまかしてきた酒を飲みそのまま眠ってしまったが、座ったまま寝ていたにもかかわらず体が痛くなったりはしなければ、二日酔いの頭痛に悩まされることも無い。こう言うときだけは人から離れた存在になったことを感謝したくなる。
そして次の日。
「もう行くのか? せめて軽い戦闘訓練くらいはした方がいいんじゃないか?」
「うーん。それはそれで魅力的だけど、ジェイがいつまで待ってくれるかわからないからさ」
ダレルを前に、俺はいつもの調子で苦笑いを浮かべている。タカシの能力習得にどれだけかかるかも解らないのだから、ここでのんびりしているわけにはいかない。遅すぎて手遅れになることはあっても、早すぎて困ることは無いはずだ。
ダレルの横にはサンティもいる。その顔は不安を隠すこと無く、ダレルの手を握って離さない。だから俺は可愛い妹の頭に手を乗せ、ちょっと乱暴に撫でてやる。
「そんな顔すんなって。次はマリィちゃんも一緒に来るから」
「そうよサンティ。私だってお母様を迎えに来なきゃだしね」
「ドネットに、ジェシカちゃん……うん。みんな気をつけてね?」
「当然です。主など軽く捻ってお姉様と帰宅することを約束しましょう」
すっかりサンティと仲良くなったミリィちゃんが、不安に揺れる小さな体をそっと抱きしめる。別れではなく、再開を約束する抱擁だ。
「そうだぜ? 勇者タカシがサクッと世界を救ってくるから、その時はまた美味しい食事を作ってくれよな?」
「そうです。私も帰ってきたら男をメロメロのカクカクにする夜魔族秘伝のテクニックを……」
「「「「それは辞めろ」」」」
ほぼ全員からの総ツッコミを喰らって、パレオが不満そうに口を尖らせる。そんな顔も可愛いが、だからといってウチの妹をそっちの沼に沈めるつもりは毛頭無い。
「ほら、それじゃ行くわよ? 全員船に乗って!」
「じゃ、行ってくるぜクソ親父」
「おう、行ってこいクソ餓鬼」
ジェシカに促され、俺はダレルと一言だけ交わして飛行船へと乗り込んだ。
「全員乗ったわね? じゃ、行くわよトブーノ! 目標、永劫教団本部! スカーレット・アルカディア号、発進!」
ジェシカの号令に合わせて、飛行船が浮上する。全員を乗せた船体が雲を切り裂き空を駆け抜け……その様子を堪能する間もそこそこに、俺たちは目的地へと到着した。