004
「イテテテ……ったく、最近の餓鬼は年長者を労るってことを知らねぇのかよ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。アンタが簡単に第1の巨人を手放したりしたからこんな厄介なことになってるんじゃねぇか!」
「簡単ってわけじゃねぇぜ? ただまあ、サンティのことを考えるなら、使えもしないガラクタより有用な物をって判断しただけだ」
ダレルの言うことは正しい。強固に引き渡しを断ればジェイが実力行使に出た可能性が高い以上、結果論としては賞賛してもいいくらいではある。が、それはそれだ。俺たちの間柄はこんな感じが丁度いいし、それは俺もダレルも解ってる。
まあ、要はじゃれあってるだけだ。実際ダレルの顔は笑ってやがるし、サンティも気にしていない。唯一ミリィちゃんだけはやや戸惑っているようだが、マリィちゃんもすぐ慣れたし、ミリィちゃんも大丈夫だろう。
「ハァ。ホンットに男って馬鹿ばっかりなのねぇ」
家の奥から出てきたジェシカが、そんな俺たちを呆れた目で見ている。だがそこに少しだけ羨望の色が見えるのを俺は見逃さない。
「なんだ、ジェシカもやるか? ダレルならいくらでも殴って平気だぞ?」
「ふざけんなクソ餓鬼! おい嬢ちゃん、殴るならコイツにしとけ。何かあれだろ? すぐ治るんだろ? だったら殴っとかなきゃ損ってもんだ」
「損はしねぇよ!? てかいくら直るって言っても殴られれば痛いんだから、むしろ俺が一方的に損だろ!?」
「ハッ! いい男を名乗っておいて、こんな可愛い嬢ちゃんの期待にも応えられないとはな……情けねぇ餓鬼だ。よし嬢ちゃん! 俺なら全て受け入れてやる! ドンと来やがれ!」
「そう言われたら俺だって……なんて乗せられたりしないぜ? よしジェシカ、フルボッコにしてやれ」
「あ、きたねぇ! テメェよりにもよってナイスダンディな俺を売りやがるとは……」
「もーっ! 二人ともいい加減にしなさい!」
サンティに怒られ、俺とダレルは瞬時にその場を飛び退き正座する。あまりにピッタリと揃ったその動きに、ジェシカが思わず口を押さえて吹きだした。
「ぷふっ……まったくアンタたちは……」
「なんだ、何なら嬢ちゃんも俺の娘になるか? 可愛い娘が増えるのは大歓迎だぞ?」
「お生憎様。アタシはちゃんとお母様を目覚めさせて、そこでまた家族を始めるわ。部下たちも使用人に戻して、今度こそちゃんと……」
「ふっ。ならジェシカのお母さんが目覚めた時にガッカリされないように、ちゃんと世界を救わないとな」
ニヤリと笑って言う俺に、ジェシカもまた笑顔を返す。
「そうね……まあ、小さな女の子に怒られて正座してる男が言っても、あんまり説得力がないけど」
「それはまあ……今後の活躍に期待、みたいな?」
「ええ、是非とも期待させて貰うわよ、ドネット?」
「…………感情の情報処理が高度すぎて話題についていけません……」
会話に混じれなくてションボリした気配を出しているミリィちゃんに、サンティが近寄って慰め始める。それを気に俺とダレルも立ち上がり、俺はせっかくだからジェシカのお母さんの様子でも見てこようかとしたところで――
「こんにちはー! えーっと、だ、だれる・まきーに? さんのお宅はこちらでしょうか?」
聞き覚えのある声が家の外から聞こえる。予想よりも早いご到着だが、どうやら待ち人の登場のようだ。俺は早速家を出て――
「おう、タカシ早かった……は!?」
「やっほー! お久しぶりですドネット!」
「ど、どうもです。アニキ……」
タカシの腕に、見覚えのある女がぶら下がっていた。亜麻色の長い髪に、薄く青みがかった大きな目。やたら扇情的な服を着たその女は、まるで甘えるようにタカシにその身をすり寄せている。
「パレオ!? え、何でここに!?」
「何でと言われたら、ダーリンが呼ばれたから一緒に来ただけですぅ!」
「だ、ダーリン!? タカシ、お前!?」
驚愕の表情を浮かべる俺に、タカシは何とも微妙な表情を浮かべて頭を掻いている。
「あー、えっと、少し前に町中で声をかけられて、話してたらアニキの知り合いだってことで意気投合しちゃって、気づいたらこうなってたって言うか……」
「タカシ……お前大人の階段を登っちゃったんだな……」
「そうですね。登ったっていうか、登らされたっていうか……いや、むしろ捕食されたとか?」
「ふっふっふ。ダーリンのはどこぞのヘニャチン野郎と違って、精気の吸収効率がモノスゲー高いんです。あまりにも美味しくて、連日連夜タップタプになるまで吸い尽くしちゃうほどなのです!」
「あー、そうなんだ……」
普通ならこんな可愛い女の子に毎日積極的に迫られていると聞かされれば羨望か嫉妬のどちらかを抱くところだろうが、そんな気持ちは微塵も湧いてこない。むしろ少しだけ頬がこけて見えるタカシに、優しくしてやりたい気持ちで一杯だ。
「ま、まああれだ。とりあえず入れ。そして休め。な?」
「すいません。気を遣って貰っちゃって……」
「はーい! ほら行くですダーリン。アオカンもいいですけど、やっぱりベッドの上が一番……」
「ちょ、子供もいるからやめろよ!? マジやめろよ!?」
心配しつつも二人を招き入れれば、揃った全員で改めて自己紹介だ。とはいえ想定外に濃いメンツになってしまい、その場にいる全員が微妙な空気に包まれる。
「うわ、勇者って本当にいたのね……」
「ねえお父さん、夜魔族って……」
「いいかサンティ。世の中には知らない方がいいことも……」
「A級賞金首のライトニング・ジェーン!? マジで!?」
「はぅぅ、お姉様にそっくりなのにお姉様じゃないとか、私は今晩誰に可愛がって貰えば……あ、ダーリンのとは別腹ですよ?」
「……情報過多です。いくらなんでも変人が集まりすぎです。ドネットとお姉様の交友関係はどうなっているんですか……?」
「あー…………まああれだ。想定よりだいぶ早く全員……予定してなかった人員も含めて集まったし、とりあえず戦闘に向けた準備も含めて、数日はここで交流を深めてみるってことでどうだ?」
「そうね。その方がいいと思うわ。即席パーティで切り抜けられるほど甘い敵じゃないでしょうし」
「オレも問題無いです。というか、是非そっちの方向でお願いします。少し休みたいんで……」
「私もいいですよ。基本一人旅でしたから、こう見えて意外と強いですし」
「私も問題ありません」
「よし、じゃそんな感じで」
全員の同意が得られたので、俺はパンと手を打ち鳴らして決定の意を表明した。ちなみにダンゲル・ダンディを喪失してるダレルは当然最初から戦力外だ。そしてパレオに関しては完全な計算外だったが、自分で戦えると言うなら問題無いだろう。予定してない分が増えたところで困ることは無い。もっとも、魔術の影響を色濃く受ける種族である夜魔族は、ジェイの野望が達成されれば真っ先に死に絶える存在だ。下手をしたら傍観している方が死ぬ確率が高いとなれば、戦わない理由も無いんだろう。
「それじゃ、ここは親睦を深める意味でも乱こ……いえ、何でも無いですぅ……」
俺とダレルとジェシカの視線を受けて、パレオがしおしおとその場で小さくなり、タカシがホッと胸を撫で下ろす。このどうしようも無いやりとりが何だかとても大切な物に感じられて、俺はそっと鞄に手を触れるのだった。