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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第九章 永劫へ至る道
113/138

002

「ふぅむ…………」


 顎に手をやり首を捻り、俺は必死に頭の中で作戦を立てる。だが、これといって有効な手段が思いつかない。そもそもの前提として、俺たちの意識を一瞬で奪った手品のタネがわからないことには対峙することそのものが悪手である可能性がある。


「あの、ナッツの件でしたら、流石に主の冗談だと思いますが……?」


「いや、それで悩んでる訳じゃ無いよ?」


「そうなのですか? てっきりドネットなら、このナッツを売り払うことで何人の娼婦を侍らせられるかを検討していると思ったのですが……」


「ちょっと待って、ミリィちゃんの中の俺って、どうなってるわけ?」


「どうと言われても、ドネットが町に立ち寄るごとに寝た女性の人数を正確にカウントしてますので、その客観的なデータから導き出した答えだとしか……」


「ふーん……ドネットってそうなんだ。ふーん…………」


 俺を見るジェシカの目から、急速に温度が消えていく。何故だ、何故この流れでいきなり俺がピンチになってるんだ!? ジェイか! ジェイの仕業なのか!?


「チッ、何て巧妙かつ悪辣なんだジェイ……」


「何だか不当に主が貶められている気がしますが、別に主のことは何とも思っていないのでいいでしょう。それより今後の事ですが……」


「ん? 何か追加で指示を受けてたりするの?」


「まずはこの部屋ですが、明日の昼までなら滞在許可が出ております。ただし昼を過ぎてもここにいた場合、命の保証は無いそうです」


「寛容なのか物騒なのか解らない対応ね……」


「命の保証が無いってのは? 部外者を排除する命令を出した教団員でも配置するのか、それともここに留まっているだけでやばくなるような何かをするのか……」


「その辺の細かいところまではわかりかねます。が、主がそう言うのですから、ここに規定時間後も留まるのはおすすめしません」


「まあそうだろうね。下手に寝過ごしたり何らかの理由で動けなくなったりしたら怖いから、ある程度今後の方向性が決まったら早速出る事にしよう。あ、備え付けのお酒は持っていって平気?」


「それは問題ありません」


「ドネット……アンタ凄いわね……」


 微妙に純粋では無い賞賛を受けつつ、俺は保管庫から何本か酒を見繕った。金額的には葡萄酒みたいなのの方が高いんだろうが、ここは好みを優先して蒸留酒だ。数本を腰の鞄にしまい込み、俺は再び席に着く。


「ふっ。いい男はいつだって余裕があるものなのさ……で、ミリィちゃん。ジェイからの言伝は他にもまだあるの?」


「あ、はい。まずドネットやジェシカを気絶させたは、少なくとも自分に直接対面するまでは使わないそうです。それと『オヤクソク』とやらに従って、教団本部を魔術(マギ)にて迷宮化し、防衛戦力を配置して守らせるそうです」


「何それ、意味わかんないんだけど……あ、でもそんなの、アタシの船で飛んで行っちゃえばいいんじゃない? ドラゴンだって誤魔化せるケスーノの認識阻害なら……」


 ジェシカの提案に、しかし俺は首を横に振るしか無い。


「いや、ジェイがジェシカの船のことを知らないとは思えない。ノーリスクなら試してみる価値はあるけど、俺たちが飛んで行って撃墜されたら全滅確定じゃないか?」


「あー、それはそうね。一応落下速度を落とせる魔術(マギ)や道具はあるけど、あくまで空中をゆっくり落ちていくだけだもの。そこを狙われたら避けることもできずに死亡確定ね。なら……そもそもの教団本部そのものを爆弾で吹っ飛ばすとか?」


「……いや、ここ町の中心近くだし、こんなところでそんな大規模な爆発起こしたら周囲の被害とんでもないから。あ、でも、1階の主要な柱だけを爆破して建物を倒壊させるならあるいは……」


「……お二人とも、真面目に迷宮を攻略する選択肢は無いんですね……」


 顔をつきあわせて真面目に不真面目な攻略法を模索する俺たちに、ミリィちゃんが無表情ながらも呆れた様子をにじませて口を挟む。


「そりゃそうでしょ。狭くて入り組んで強敵がわさわさいるっぽい場所なんて、回避するのが定石だし」


「そうよね。背負う必要の無いリスクなんて無視するのが当然だわ」


「……そうですか。いや、それが効率的なのは私にもわかりますが、おそらく主はそう言う全ての事象を想定しているのでは?」


「……それはあるな」


 ジェイが一番避けたいのは、中途半端な結果だ。結局ジェイを殺せなかった俺たちに封印のようなことをされて、自分が死ぬのを長いこと先送りにされることをこそ奴は恐れている。ならこの手の迂回策は時間と金を浪費するだけで終わる可能性が高い。ジェイが死ねるほどの破壊という概念をもたらすような爆弾でも用意出来れば別だが、通常の火薬や、ましてや魔術(マギ)では傷ひとつつかない可能性すらある。


「となると、戦力を集めて正面突破? であれば、目的は時間稼ぎと……自分の用意した敵と戦わせることで、自分を殺せる可能性を生み出すために戦闘経験を積ませるとかもあるのか?」


「何だか不毛ね。彼の自殺が世界を道連れなんかじゃなければ、とっくに放り出してるところだわ」


 肩をすくめて言うジェシカに、俺も苦笑いを返すしかない。実際俺だってジェイがただ死ぬだけだったなら、その最後を見送って終わりだっただろう。だが今は違う。俺の日々の生活を守り、何よりマリィちゃんを取り戻すためには、ジェイとの対決は避けられない。穏便に奴を殺す方法を見つけ出すか……ん?


「……………………」


「ドネット? どうしたの?」


 突然黙り込んだ俺にジェシカが声をかけてくるが、それを無視して俺は思考の海に潜る。どうも何かが引っかかるというか、忘れているというか……不老不死、要は殺せないものを殺せる力に、思い当たるものがある気がするというか……


「…………あっ!?」


「な、なにっ!?」


 突然声をあげた俺にジェシカがビクッと体を震わせるが、それどころじゃない。俺はミリィちゃんの肩を掴むと、その体をぐいっとこちらに引き寄せる。


「ジェイを殺せる人物に心当たりがあるんだが、ジェイと連絡はつけられるか?」


「えっ!? そんな人がいるんですか!? ちょ、ちょっと待っていただけますか?」


 完全に予想外であろう俺の発言にミリィちゃんがシパシパと目を瞬かせたり首を回したりしてみるが……


「……申し訳ありません。こちらからの呼びかけには一切反応しないようです」


「そうか。ってことは、結局会いに行くしかないのか。うわぁ、連絡手段ひとつ残しておいてくれれば解決だったんだがなぁ」


「…………あの、本当にそんな人がいるんでしょうか?」


 顔に手を当て天を仰ぐ俺に、ミリィちゃんが首を傾げて問うてくる。そりゃ1000年かけて見つけられなかった人材が、こんなにあっさり見つかるとは思わないだろう。だが、俺は知っている。というか、ついこの前に一緒に仕事をしたばかりだ。


「ああ、いる。女神によって魔王を倒すために呼ばれた、異世界の勇者……不死の魔王を殺せる技なら、ジェイだって死ぬだろ」


「えっと……ドネット? まだ時間はあるんだし、疲れてるならちょっとくらい休んだ方が……」


「そうですね。妄想と現実の区別がつかないほどの疲労度なら、短時間でも休憩することをおすすめします」


「いや、いるんだってマジで!」


 可哀相な人を見る目で俺を慰めてくる二人を説得出来たのは、それから小一時間ほどたってからだった。

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