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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第九章 永劫へ至る道
112/138

001

「んっ…………っ!?」


 意識が戻った瞬間、仰向けだった体を横回転させる。どうやらベッドに寝ていたようで下に落ちそうになるが、そのままの勢いで放り出された足を地に着け、低く腰を落とした姿勢で周囲を見回す。手は無意識に腰に伸びているが、そこに相棒セカンド・シルバーは無く指先が空を切る。こう言うとき予備武器が無いのは痛い。が、魔導銃ならともかく火薬式の実銃なんて事実上骨董品でしかお目にかからないようなものなので、実戦に耐えうる予備を用意する予算は無かったのだから仕方が無い。


「…………部屋?」


 小さく呟けば、ちゃんと自分の声が聞こえる。つまり声帯を潰されたり、音を出せないような術式が組まれていたりはしないということだ。外部に音が伝えられるかは別だが、少なくともこの部屋の中では声は普通に出せるようだ。


「どうなってんだこりゃ?」


 体勢を立て直し、普通に立ち上がると、改めて部屋の中を見回す。てっきり牢屋にでも入れられていると思ったが、綺麗なベッドや白いクロスのかけられたテーブル、飾り気のある椅子や大きな鏡のついた化粧代まであるとくれば、むしろ高級な宿泊施設に分類される部屋だろう。つまるところ、おそらくは……


「……教団の客を泊める場所ってところか」


 であれば、おそらく危険はないだろう。そもそも俺を害する意思があるなら、意識を奪われた時点で死んでいないのがおかしい。ならばこれは時間稼ぎか、あるいは何らかの懐柔策か……ジェイの意図が読み切れないが、その答えは、こうしていればおそらく向こうから持ってきてくれることだろう。


 なら、慌てることはない。俺は腰の鞄の中に大事な弾丸が入っていることだけは確認し、後は椅子に座って待つことにした。部屋に据え付けられた保管庫を開ければ、ナッツなどの軽いつまみの他にご丁寧に酒まで入っている。流石に酔っ払うわけにはいかないので、テーブルの上にナッツを置き、ポリポリとそれを摘まみながら水を飲んで待つ。程なくして、そっと部屋の入り口の扉が開かれて……


「…………アンタ、よくこの状況でナッツなんて食べてるわね……」


「おりょ? ジェシカ?」


 意外なことに、ジェシカの方が先に来た。


「食べる? 意外と美味いよ?」


「食べないわよ! てか、何で落ち着いて食べてるのよ!? この状況なら、普通真っ先に入り口の扉が開くか調べて、もし開いたら逃げるでしょ!?」


「いやいや、そんなことないって。だって意識を落とされた時点で、俺たちはもう死んでるんだぜ?」


「っ……それは……」


「ま、落ち着けって。とりあえずこちらの席へどうぞ、お嬢さん」


 苦虫を噛みつぶしたような顔をしているジェシカの手を取り、手前の椅子に座らせる。俺自身は奥の椅子に座り直し、更に盛られたナッツをそっとジェシカの方へと押し出す。


「…………美味しいわね」


「だろ? 流石永劫教団。金持ってるところはこういう小さいことにも妥協しないよね」


 しばし二人とも無言でナッツを頬張る。絶妙な塩加減がどうにも後を引く感じで、気づけば山盛りあったはずのナッツが、皿の底を見せる程度にまで減っている。


「って、違うわよ!? だから何でアタシ達はこんなところで落ち着いてナッツを食べてるのよ!?」


「そりゃ勿論、待ってるからさ。っと、どうやら今度こそお出ましかな?」


 部屋の外で、人の気配が動いている。それを特に隠すでも無く、気配は徐々に近づいてきて……


「お待たせ致しました」


「マリィ!?」


 入ってきた見覚えのある姿に、ジェシカが思わず立ち上がって声をあげる。だが、俺は間違えない。間違えようがない。いや、声を出さない条件でシャッフルゲームとかやられたらあっさり間違える可能性はあるので断言はしないが、少なくとも今の状況では間違えるはずがない。何せその対象は、俺の鞄の中にいる・・のだから。


「やぁ、ミリィちゃん。久しぶり」


「お久しぶりですドネット……私の人格データが再度プロテクトをかけられているとは思わなかったのですか?」


「いや? ここに来るのが受付のお姉さんとかだったら別だけど、ミリィちゃんが来たならその可能性は皆無でしょ。だって、そう・・なんでしょ?」


「はい。私がご一緒することになっております」


「ちょ、ちょっと!? ちょっと待って! 何、何なの!?まずこの子よ、マリィじゃないの?」


 訳知り顔で話す俺たちに、混乱した様子のジェシカが割って入ってくる。


「ん? ああ、この子はミリィちゃん。マリィちゃんの妹だよ」


「初めまして。ミリィ・マクミランです。宜しくお願いしますジェシカ」


「え、ええ。宜しく……? え、妹? マリィに妹なんていたの? 双子? でもマリィは……あれ?」


「落ち着いて下さいジェシカ。私はお姉様と同じ存在・・・・です」


「それって…………そう、なのね……」


 言われて、ジェイの話を思い出したんだろう。その顔に一瞬浮かびかける哀れみを、ジェシカは自らの頬を両手でパチンと叩くことで打ち払う。


「ごめんなさい。つまらない事を考えかけたわ。アタシはジェシカ・スカッドレイ。アンタの姉のマリィの友達よ。宜しくね」


 にこっと笑って差し出された手を、無表情のままミリィちゃんが握る。その横顔にマリィちゃんの笑顔が重なって見えたのは、俺の気のせいか、はたまた願望か。


「さて、それじゃ女同士の美しい友情が構築されたところで、どうしようか? ミリィちゃん、何か知ってる?」


「あ、はい。主からこれを預かっております」


 そう言って差し出されたのは、掃除人なら誰もが知っている便利道具の記録水晶(ログ)だ。部屋に据え付けてあった再生用の台座にセットしボタンを押せば、流れてくるのはジェイの声。


『やぁドネット。いきなり不躾な方法で意識を奪ったことをまずは詫びよう。私自身は不老不死とはいえ戦闘力は無いからね。ああでもしないと何をされるかわからなかったから、そこは赦して欲しい。

 っと、ひょっとしてスカッドレイ嬢も一緒に聞いているかね? であれば貴方にもお詫びしよう。不老不死は所詮死なないだけ。無力化する方法など幾つもあることは私にも十分解っている。箱詰めにされて海に沈められるような無様な真似は避けたかったのでね。若干紳士的でない扱いになってしまったことは私にとっても不本意であったとは言わせていただこう。


 さて、今後の事だが、私は宣言通りこの世界から魔術(マギ)を駆逐すべく、教団本部の最上階にて着々と準備を進めている。と言っても、私がすることはもうそれほど無くて、実際にはこんなものを録音しながら待っているだけなのだがね。


 ああ、そういえば部屋に置いておいた酒とつまみは堪能してくれたかね? 賓客用の物を用意しておいたから、是非味わって食べてくれ。ナッツ1粒で家が建つほどの高級品だから、そのつもりで。


 あとは……ああ、銃のデータは取り終わったから、呼べば君たちの手元に戻るだろう。必要ならば適時回収して欲しい。その力を持って、可能であれば是非とも私を殺してくれ。


 では、君たちの挑戦を待っているよ』


 そこでプツッと音が途切れ、記録水晶(ログ)がきらりと光を取り戻す。内容を再生し終わった証だ。台座からはずして一応鞄にしまうと、俺は椅子に座って大きく息を吐く。


「ふぅ……このナッツそんな高かったのか……」


「そこぉ!?」


 小気味よいジェシカのツッコミを受けながら、俺は頭の中で未来へ繋がる可能性を必死に模索していた。

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