011
「あら、受けるの? まあ、あの手のは下手に逃げたりしたら、ねちねちねちねち追いかけてきそうだしね」
「そういうこと。まあそれでも無視し続けるって手もあるけど、普通にウザいし、あんなのに経歴傷つけられるのも嫌だしね」
あくまでも平然としたマリィちゃんと、肩をすくめる俺。だが、リューちゃんは心配そうに俺を見る。
「あの、ドネットさん。やっぱり……」
「おっと、ストップだリューちゃん。嬉しいけど、その先は言わないでくれ。いい男は、レディーに無理はさせないんだぜ?」
リューちゃんは良い子だ。だから、本当にヤバイ時は、服務規程を無視してでも俺を助けてくれるかも知れない。でも、だからこそそんなことをさせるわけにはいかない。それこそまさに男が廃る。
「まあ、武器の力でやっとB級にあがれるような相手なんて、どうとでもなるでしょ。警戒は当然するけど、尻尾を巻いて逃げ出すには、ちょっと物足りない相手よね」
「そうだね。まあ、凄い人数で待ち伏せしたりされたら、多少は危ないかも知れないけど……あのハゲマッチョにそんな人望はないだろうし」
あ、これフラグかな? と思わなくもないけど、実際ところ戦いに行く前に結婚を約束しても、普通に生還して結婚する奴の方が多い。ジンクスってのは、悪いことの方がイメージが強いから発生するだけで、現実的な確率は関係ない。
そして、いい男は幸運すらも引き寄せるので、何の問題も無い。
「じゃあ、準備して行こうかマリィちゃん」
「そうね。一応、普通より少し多めに消耗品の調達をしておこうかしら」
俺の言葉に、当然のようにそう返してくれるマリィちゃん。「一緒に来てくれるのか?」なんて聞かないし、ごめんと謝ったりもしない。相棒にそんなこといったら、呆れられてしまうだろう。
信頼と甘えは違う。だが、今ここにあるのは信頼の方だ。
「あの……気をつけて、行ってきてください。お二人のお帰りを、お待ちしております」
受付嬢として示せる、最大限の誠意。リューちゃんの言葉に笑顔で別れを返し、俺たちはいくつかの店で回復薬やら何やらを追加調達してから、目的地へと向かっていった。
「……で、ここが指定の場所、かぁ」
目の前には、寂れた鉱山の入り口が、ぽっかりと口を開けていた。
「鉱山そのものは、もうずっと昔に閉鎖されてるわね。魔物の住処にならないように、全ての岐路は意図的な崩落により閉鎖済み。残ってるのはこの入り口と、ここから真っ直ぐにある、無数の岐路への道が繋がってた大広間だけみたいね」
「良く知ってるねマリィちゃん」
「……調べたのよ。というか、何故貴方は罠が待っていると解ってる場所の事を、何一つ調べてないの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「うっ……ほ、ほら、いい男は細かいことを気にしないっていうか……」
宙に視線を泳がす俺に、あきらめ顔のマリィちゃんがため息をつく。
「はぁ。まあ貴方がそうだってわかってたから調べてきたんだけど。まあとにかく、指定された場所はさっきも言った広間ね。まず間違いなく待ち伏せしてるでしょ」
「ここで入り口を崩しちゃって生き埋めにするのは……流石に無いよなぁ」
もし万が一、億が一、天文学的な数字に対しての一として、本当にハゲマッチョが改心していて、普通に依頼してきただけだった場合、そんなことをしたら俺たちの方が殺人者になってしまう。
依頼主を理由無く殺害とか、登録証の剥奪どころか速攻で賞金首である。
それを回避するためには、俺たちは所定の位置まで行って、ハゲマッチョの意思を確認するという過程が、絶対に必要になる。
灯火の魔法……ではなく、マリィちゃんが事前に用意したランタンに火をつけて、俺たちは坑道へと入っていく。魔法にしなかったのは、酸素の有無を確認するためだ。流石にほぼ地上であるこの場所にガスが溜まることはないだろう。
「良く来たな、一発屋とその相棒。待ってたぜぇ」
程なくして、予定の場所には、予想外に普通にハゲマッチョが立っていた。
素早く周囲を確認。半径50メートルほどの円形の空間。幾度か崩落を繰り返しているのか、天井から崩れたと思われる岩塊が、いい具合の遮蔽物としていくつもその辺に転がっているが、とりあえず人が隠れている気配は無い。
俺はいつでも動けるように軽く腰を落とし、目の前にいるハゲマッチョに声をかける。
「おいおい、こんな今にも崩れそうな場所に呼び出すとか、随分だな」
「けっ、くだらねぇ心配するな。確かにここの壁とか天井の魔術は大分劣化してるようだが、それでもそんな簡単に坑道が崩れるような崩落はしねぇよ」
そう言って、奴は手にした銃を一射。がらがらと言う音を立てて、俺たちが入ってきた坑道の一部が崩れ、道を塞ぐ。
勿論、完全に塞ぐとかではない。歩いて通るなら、普通に通れるだろう。だが、高速で駆け抜けることはできない、そんな感じの崩れ方だ。
「こうやって俺様が崩そうとしなけりゃな」
「……何のつもりか、聞いてもいいかしら?」
「はっ! わかってんだろ? お前ら二人とも、ここで終わりだ!」
そう言って、奴は両腕に装備したガトリング銃を俺たちに向け、次の瞬間、暴虐の嵐が辺り一面に吹き荒れた。